(六)油座の打壊し

ある日、庄五郎が行商から戻ってくると、何やら店の様子がおかしい。

「如何した」

迎えに出た店の者に尋ねたところ、

「大山崎の神人じにんが大勢押し寄せて、店を打ち壊していったのでございます」

店は荒らされ、いくつものかめが割られている。

当時、商売の許可権は主に社寺が所有しており、油の座元は大山崎の離宮八幡宮、

石清水八幡の元宮と言われている神社である。座とは、ざっくり言えば同業組合の

ようなもので、組合員の権益を保護する仕組みを構築していた。

神人とは神社に雇われている者たち、寺で言えば僧兵のようなものである。大山崎

の神人は油座から取締りの役目を任されており、気に入らない店があれば打ち壊す

など、やりたい放題で恐れられていた。


奥に入ると、又兵衛と千代が悄然としてへたり込んでいる。

「店など、また修復すれば良いではないか」

「それが、・・・」

勢い余った神人の一人が鑑札を火にくべてしまったとのこと。

「鑑札がなければ商売が出来ませぬ」

「むぅ、・・・」

   ・・・・・ 儂が調子に乗ってやり過ぎたせいか

奈良屋の評判が高くなり、売上の落ちた店から多くの苦情が油座に寄せられていた。言い方を変えれば、出る杭が打たれたのである。しかし、今さら後悔してみたところで元には戻らない。

「心配致すな。鑑札など、すぐに取り戻して参る」

庄五郎は馬を手配すると、暗くなり始めた道を土を蹴立てて駆け出した。


離宮八幡の鳥居の外に馬を繫ぐと、神官の門を叩いた。

「京の奈良屋にございまする。火急の用件があり、お願いに参上いたしました」

「もう夜ふけであれば、明日出直して参られよ」

迷惑そうに門番が応対に出てきた。

「一刻を争いますので、何とぞ」

砂金の入った袋を二つ渡す。

「一つは禰宜ねぎ様に、あと一つは貴方様がお納めくだされ」

思わぬ大金を手にして門番の顔が綻ぶ。

   ・・・・・ 金を渡すだけなら怒られる事はあるまい

ずっしりとした袋を一つは懐に入れて、いそいそと奥へと入っていった。


「やはり、明日お会いするとの仰せにござる」

「さようか。ところで砂金はお受取り頂けましたか」

門番が首を縦に振る。

「ほぅ。金だけ受け取っておいて明日にせよとは、それがし愚弄ぐろうするつもりか」

武士の口調に変異すると、庄五郎は怒りをあらわに刀に手を掛けた。

「お待ちを。もう一度、お願いしてまいります」

その剣幕に、門番の腰が引ける。

「それには及ばぬ。案内せい」

後ろから首根っこを掴むようにして庄五郎は門の中に入った。


神官の部屋の前に回ると、

「奈良屋庄五郎にござる。ご無礼仕る」

大声で名乗りを上げた。

「しばし待て。支度する」

禰宜・津田大炊の慌てた声がする。中から若い女が浴衣の裾を合わせるようにして

飛び出してきた。どうやらお楽しみの最中であったようだ。

「無礼であろう」

入れ替わりに部屋に上がると、津田大炊が不機嫌な顔で睨んでいる。

「金だけ受け取って追い返そうとは、その方がよほど無礼というものでござろう」

ここでひるむわけにはいかない。先手必勝とばかり高飛車に出た。女を呼び込んでいた手前、津田大炊には返す言葉が見つからない。


「火急の用件とは何か」

「神人らに店を打ち壊され、あろうことか鑑札まで火にくべられてしまいましてな」

「ならば、何か理由があるのであろう」

津田大炊は真面まともに取り上げるつもりはないようだ。早く追い返したいという気持ちがありありと表われている。

「ほぅ、理由を知らぬと? 理由も確かめずに打ち壊しを認めたとでも申されるか」

表情を殺して庄五郎が問う。

   ・・・・・ この男、目が据わっている。怖い

腕の立つ侍が奈良屋の婿に入ったという噂は、当然のこと神官の耳にも入っている。それ故、打ち壊しは庄五郎が行商に出ている隙を狙って行われた。

津田大炊の背筋に冷たい汗が滲んだ。

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