(二)油問屋の用心棒

奈良屋に着くと、すぐに奥の座敷に通された。

「失礼いたします」

しばらくして、主らしき年配の男が昨日の娘を伴って部屋に入ってきた。

「私は奈良屋の主・又兵衛でございます。これなるは娘のお千代、昨日は危ない

ところをお助けいただき有り難うございました」

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。それがしは松波庄五郎と申しまする」

庄五郎も軽く頭を下げた。

娘の方に目を遣ると、庄五郎の顔を穴の開くほど見つめている。

「おや、某の顔に何か付いてござるか」

「あっ、いえ、失礼を致しました。昨日とは随分と装いが変わられており、見違え

ましてございます」

娘は恥ずかしそうに、頬を赤く染めて顔を伏せた。


「あはは、あれは作業着のようなものでな、荒寺の修理でもしようかと裏山に入って

木を伐り出しておったのだ」

「もし貴方様が寺におられなかったと思うと身の毛がよだちまする。ところで、

お武家様が何故に寺の修理など・・・」

「某は浪人者でな、仕官を求めてのぼって来たのだ。一夜の宿を借りようと御堂に入ったのだが穴だらけでな。仏様も風邪を引いては気の毒であろう」

聞けば松波家は先祖代々、御所に仕える『北面の武士』であったという。しかし応仁の乱のあおりを受けて、父は武士を捨て大山崎辺りに移り住んだ。やがて口減らしのため京の妙覚寺に預けられ、喝食かっしきとして修行に励んでいたそうだ。

仏様が風邪を引かぬようにとは、武士でありながら仏に仕えた者ならではの物言いである。ざっくばらんな庄五郎に、又兵衛もお千代も次第に打ち解けてきた。


しばらく世間話で盛り上がった後、

「では、某はそろそろ失礼致しまする」

庄五郎が席を立とうとした。

些少さしょうではございますが、これは昨日のお礼でございます」

又兵衛が金を包んだ風呂敷を庄五郎の前に差し出す。

「いや、某は当たり前のことをしたまで。このようなお気遣いは無用に願いまする」

庄五郎は手を出す素振りも見せない。

「では、お礼はいずれ考えさせて頂くとして、今夜はどちらのお宿に逗留とうりゅうされましょうか」

又兵衛としては、庄五郎の居所だけは掴んでおきたい。

「ははは、浪人者に宿などござらぬよ。昨日の御堂に泊めていただくつもりじゃ」

「何と。それでは、このままお返ししては私どもに神罰が下りまする。どうか今宵

は当家にお泊まり下さいませ」

「いやしかし、そのようなご迷惑をお掛けするわけには・・・」

「迷惑などと、とんでもないこと。幸い、離れが使われずに空いております。そこ

ならばお気兼ねなく寛いでいただけましょう」


やがて夕餉ゆうげの時間となった。久し振りのご馳走を前に庄五郎の食は進んだ。その

豪快な食べっぷりに又兵衛や千代の顔も自然とほころぶ。

庄五郎は二十歳の前後、背が高く痩せてはいるが骨太の体格である。鼻筋が通り、

切れ長の目は如何にも正義感が強く誠実な人柄が表われている。

「いやぁ、十分に馳走になり申した」

庄五郎が腹をさする。食事も一段落したところで、

「時に、庄五郎様は囲碁など打たれませぬのか」

「寺で修行をしていた頃、少しかじったことはありますが」

「では一局、お手合わせ願えませんでしょうか」

「某にお相手が務まりますかどうか」

二人は碁盤を挟んで向かい合った。普段なら碁を打つ父に興味など示さない千代も、この日ばかりはぴったりと又兵衛に寄り添っている。自然、又兵衛に力が入る。


碁は一進一退、僅かに又兵衛が上回った。

「参りました」

庄五郎が頭を下げる。

「いやぁ、久し振りに碁を堪能いたしました。この分では、すぐに追い越されてしまいますな」

庄五郎の打ち筋は外連味けれんみがなく清々しい。碁には打ち手の人となりが表れるという。又兵衛はすっかり庄五郎が気に入ってしまった。

如何いかがでございましょう。しばらくは我が家に逗留されて、ここを拠点に仕官の口をお探しになられては」

「是非そのようになさいませ。私も、もっと庄五郎様のお話をお聞かせ頂きとうございます」

千代も必死で懇願する。


「しかし、居候を続けるわけにも・・・」

「近ごろは無頼ぶらいやからも増えてまいりましてな、庄五郎様のような方がいて下されば

私共も安心して商売に励めるというもので」

応仁の乱から二十年と少し、京の町はようやく復興の途上にあった。しかし少し奥に入ればちた寺や住居も放置されており、無頼の輩がたむろするなど治安が良くなったとまでは言える状況になかった。

「用心棒ということですかな」

「いや、これはご無礼を申し上げました。庄五郎様を用心棒になどと、どうぞお忘れ下さいませ」

又兵衛が慌てて頭を下げる。

「お手をお上げ下され。某は浪人者、用心棒とあらば何の異存もござらぬ」

「おぉ、ご承知くださいますか」

又兵衛と千代が手を取り合って喜ぶ。

「ではお言葉に甘えて、一月ひとつき目処めどにご厄介になりまする。その間に仕官が叶わぬ

ようであれば、他の土地に移らねばなりませぬ故」

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