(三)弘法さんの縁日

奈良屋に出入りする若侍に、近所の者たちも興味津々しんしんである。しかし、誰も気軽に

声を掛けることなどできない。

そんなある日の夕方、庄五郎が仕官探しから帰ってくると、何やら向かいの反物たんもの

が騒がしい。どうやら、ならず者たちが因縁を付けているようだ。

庄五郎は立てかけてあったほうきを手に取ると、店の中に入って大声でわめいている男の

頭を柄の先でポカりと叩いた。

「何じゃ、ワレェ~」

思わぬ反撃に、ならず者がいきり立つ。

「店の中で騒いでは迷惑であろうが」

そう言い捨てると、庄五郎はスタスタと表の大通りへ出て行く。

「待たんかい」

衆目の中で恥を掻かされては黙っておれない。四~五人の男が庄五郎を追いかけて

きた。


庄五郎は槍を得意としていた。

妙覚寺にいた頃の話、寺の小坊主には二つの流れがあった。一つは公家や大名家の

次男・三男など名家が出自の者、修行を終えれば住職の座が約束されている。

もう一つは貧乏侍の子など口減らしのため喝食として預けられた者たちで、彼らは

修行の合間を縫っては剣術の稽古にも励んでいた。

法蓮坊(庄五郎)は後者の中でも圧倒的に腕が立った。一人の時でも木から降って

くる落ち葉を自作の槍でひたすらに突いて遊んでいた。パシッ、パシッ、葉っぱの

真ん中を正確に突かないと音が出ない。法蓮坊は百発百中の腕前であったという。


さて、大勢を相手にする時はボスから片付けるに限る。庄五郎は手に取った箒の柄を手下に向けつつ、兄貴分らしき大男を目掛けて歩を進めて行く。手下どもは柄の先が邪魔になって動くことができない。

「野郎、舐めやがって」

百貫もあろうかという大男が刃物を振りかざして躍り掛かってきた。

「危ない!」

遠巻きに見ていた群衆から悲鳴が上がる。

しかし庄五郎は怯むことなく踏み込むと、箒の柄で男の鳩尾みぞおちをズンと突いた。

「ぐえぇ」

大男が身体をくの字に折り曲げてのたうち回る。

「兄貴、大丈夫か」「しっかりせえ」

手下どもが慌てて駆け寄り、ボスを担いで這々ほうほうの体で逃げて行った。


「ざまぁ見い」「二度と来るんやないで」

観衆から拍手が湧き起こる。

「おおきに、ありがとうございました」

反物屋の店の者たちが飛び出してくる。庄五郎は一躍、近所の人気者になった。

それからというもの、庄五郎が通るたびに誰彼からとなく声が掛かるようになる。

「今、お帰りどすか」

特に若い女たちは、長身で二枚目の庄五郎に熱い視線を送ってきた。庄五郎が男衆と立ち話などしていると、すぐに何人もの女が寄ってきて取り囲んでしまう。

「庄五郎様ったら・・・」

それを向かいの奈良屋から見ている千代は気が気ではない。


「明日は弘法さんの縁日でございます。千代が参りたいとのことでして、付き添ってやっては頂けませぬか」

先日のようなことがあっては困ると、又兵衛が庄五郎に頼んでいる。

「用心棒でござれば是非も無く」

庄五郎も二つ返事で引き受けた。

祭の当日、東寺は大勢の人でごった返している。二人は体を寄せ合うように人込みを掻き分けながら参道を進んだ。

「庄五郎さまぁ、一緒にお参りしましょ」

今日は庄五郎を独り占めできる。千代は朝から心が弾んでいた。

「何をお願いされたのかしら。仕官のこと?」

「願いごとというものは口に出してしまうと叶わなくなるのでござる。ところで、

千代殿は何か願われたのかな」

「私は庄五郎様がずっと・・・、あら嫌だ、もう少しで口に出してしまうところで

したわ。庄五郎様のいじわる」

ねた仕草が可愛い。


「あちらにお店が並んでいますわ。庄五郎さま、まいりましょ」

長身の庄五郎の袖にぶら下がるようにして引っ張っていく。

「櫛を買って帰ろうかしら。千代に似合いそうなものを選んでくださいませんこと」

学問や武芸であれば寺で修行して身に付けている。しかし、二十歳になっても若い女のことは経験も無く得手ではない。しかし千代のごとき小娘に臆するわけもいかず、並んでいる櫛の中から一つを手に取った。

「あら、嬉しい。私もこれがいいなと思っていましたの」

千代のみならず、いつしか庄五郎も二人の縁日を楽しんでいた。

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