(七)楽市楽座

ようやく美濃国にも平穏が訪れていた。

「稲葉山の城下に楽市楽座を開きたいのですが、宜しゅうございますか」

勘九郎が頼芸に伺いを立てている。

「構わぬが・・・。何じゃ、その楽市楽座とは」

「平たく申さば、商人に対して関所の通行税や座に納める営業権などを免除することでございます」

「それでは我が国の収入が減ってしまうのではないか」

「ご心配には及びませぬ。収入が減るのは中間搾取をしていた公家や寺社などです。

税や営業権を廃止すれば物の値段が下がります。物価が下がれば人も集まり、その分

徴税も増えることになりましょう」

街道交通の要所である美濃には、東山道はもとより東海道や北国街道などからも商人が押し寄せて城下は活況を呈した。当然のこと税収は増え、美濃の国は潤っていく。

「さすがは勘九郎じゃ。其方のすることに間違いは無いのぅ」

頼芸の勘九郎への信頼も、ますます大きくなっていった。


「御屋形さま。差し出がましきことではございますが、そろそろ然るべき処より正室を娶られては如何かと」

頼芸に側室はいるが、戦に明け暮れて正室を娶る機会が無かった。

「うむ、儂もそう思うてはおるのだが」

「然らば、そのように。つきましては、今の館(福光御構)は度重なる戦火に見舞われ傷みが激しくなっておりまする。近くに新しく御所を建造しては如何かと」

正室を迎えるためにも、館を新しく建て直した方が良い。

「それは嬉しき献策じゃ。はて、何処が良いかのぅ」

「枝広あたりは如何でしょう。御屋形さまに相応しい、自然に恵まれた美しい土地でございますれば」

長良川を挟んで金華山(稲葉山)と向かい合う風光明媚な沃野よくやである。

「よし、其の方に任せる」

頼芸の了解を得て、勘九郎は新館の建造に取り掛かった。


日を置かず段取りを新九郎に細かく指示すると、勘九郎は急ぎ京へと向かった。

京に着いた勘九郎は、一条家の遠縁に当たる貧乏公家の娘・香子かおるこに目を付ける。

まだ幼さの残る可憐な少女であった。出自などどうでも良い。娘が大名家に嫁げば

実家は裕福となり朝廷内で力を持つようになる。

「勘九郎~、でかした」

頼芸はいたく香子を気に入り、先ごろ完成した枝広の御所に迎え入れた。

これを機に、頼芸は前にも増して西村父子に絶大な信頼を寄せるようになる。


一方、長井長弘は遠ざけられることとなり、不満や不信が高じて頼芸との間に亀裂が生じ始めた。

「近ごろの御屋形さまには困ったものじゃ。全てがあの親子の言いなりでな・・・」

長弘は先の守護代・斎藤彦四郎と酒を酌み交わしていた。斎藤彦四郎とは斎藤利国(妙純)の三男、持是院家五代目当主である。先代・利親(利国の嫡男)が死去した時、嫡男の利良が幼かったため家督を継いで守護代を務めていた。

しかし一五一九年、土岐政房が亡くなると、頼武が兵を挙げて守護職を手にする。

頼武を推戴した利良が守護代に任じられ、彦四郎は家督を譲って隠居した。

長弘と彦四郎は歳も近く、昔より意を通じる間柄である。

「頼芸様を担いだ国人どもからも、今では良い噂は聞かれぬようじゃな」

彦四郎が苦い顔で酒を注ぐ。

「我らが手を携えて政房様を支えていた頃に戻れぬものか」

「頼武様が亡くなり、頼芸様までもが難しいとなれば、弟君おとうとぎみに期待するほかなかろ

うて」

彦四郎は長弘を、土岐政房の五男で揖斐城主を継いでいた光親に結びつけた。


「ご無沙汰致し申し訳ござりませぬ」

長弘は密かに光親の屋敷を訪れた。

そこには鷲巣を継いだ六男の光敦みつのりも顔を揃えていた。

「彦四郎より話は聞いた。頼芸兄では美濃は治まらぬと申すのだな」

「ご高察のとおり」

大仰に頷いて長弘が平伏する。

「しかし、其の方は頼芸兄を担いでおったではないか」

「政房様の御遺志でございましたれば」

「頼芸兄にまつりごとは無理であろう。近ごろは絵ばかり描いておると言うではないか」

六郎光敦も眉をしかめる。

「御意。政は新参の西村勘九郎に任せきりでございまする」

「よそ者に美濃を牛耳られておるとなれば、見過ごすわけにはまいるまい」

光親が意を決した。

「我らに味方する者は多いと聞いたが」

「如何にも。光敦様にまでご助力を頂けるとあらば、我らの優位は疑うべくもござ

いませぬ」

長弘は揖斐五郎光親、鷲巣六郎光敦を担いで挙兵した。


「長弘が兵を挙げたと聞いたぞ。五郎と六郎も加わっておると言うではないか。

如何なる仕儀じゃ」

枝広の御所では頼芸が眉を吊り上げている。

「稲葉山は難攻不落の要害でございます。ご心配には及びませぬ」

稲葉山城に籠もった頼芸たちは激戦の末に反乱軍を撃退、勘九郎父子は長井長弘を

討ち取ることに成功する。

「おのれ、長井の家など取り潰してくれるわ」

頼芸は怒り心頭である。

「お待ちあれ。長井家は小守護代でござりますれば・・・」

勘九郎が押しとどめる。長井家は恩人と慕う利隆の出自であり、断絶となるは忍び

難い。

「ならば勘九郎、其の方が長井の家督を継げば良い」

長弘の嫡男・景広は屋敷内で蟄居とされ、勘九郎は長井新左衛門尉と名を改めて

小守護代に就いた。


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