第20話 七海と過ごす時間。
時間の許す限り七海といた。
バイト先に「彼女が来たぞー」と顔を出した事で、店長から「ついに決断したか!」と言われた。
店長が「もうお弁当ちゃんは来ないかもな」と言っていて、不思議に思ったが確かに蒲生葉子は来なかったし、連絡もなくなっていた。
連絡が来たら、七海と付き合った話しとかしようと思っていたが、することはなかった。
夏休みが終わる頃にはキスは当たり前になっていた。
お互い初めて同士で緊張したが、一度したら止まらなかった。
ほんの少しの時間で、何かの時に触れ合うようにキスをした。
秋には七海の提案で卒業旅行に熱海まで行く。
「旭、熱海って新婚旅行のメッカなんだよ」と言った七海の言葉通り、熱海では新婚カップルに間違われたのか、わざとなのか「旦那様と奥様」で呼ばれて、テンションが上がる。
夜は期待しなかったわけではない。
だがやはり何かを始める時に、言われた言葉達が足を引っ張る。
二泊三日で一泊目は同じ布団でキスをしながら過ごしたら、二日目の夜には「ねぇ?また?」と言われて、「初めてでうまくできないかも。痛がらせたくないんだ」と言ったら、「キスだって初めて同士でキチンとできたよ。大丈夫」と言ってくれて俺と七海はその日結ばれた。
それから先、俺は淡白だと七海に思われたが違う。ずっと我慢している。我慢の限界を迎えた日か、七海から「また?言わせる気?」と言われた日には七海と肌を重ねた。
行為後にウトウトしてしまっている時、七海から「足りなくない?」と聞かれて、無意識に「少し」と答えたら、「我慢してるの?」と問い詰められて、「実は…」と答えたら呆れられつつ、「大切にしてくれたと思う事にするよ」と言われて回数は増えた。
でもウチにも七海の家にも行けないので、とんでもない額がホテル代に消えていってますます独立したくなった。
インターンシップが始まり、バイトは減って勤め先の手伝いが増えた。
そのままズルズルと働くと、七海の言った言葉の意味がよくわかった。
夏に付き合っていなかったら上手くいかなかっただろう。
忙しい中で会って、食事を共にして肌を重ねる。
そしてまた日常に帰る。
悪くないリズムができていた。
兄は年末になって、ようやく零細企業と呼ぶべきか、ベンチャー企業と呼ぶべきか、よくわからない職場に就職が決まった。
会社からは、仕事後に免許を取ってこいと言われて教習所に通い出したので、俺も通う事にした。
やはり免許は欲しい。
レンタカーでいいから車に乗って、七海と遠出がしたい。
仕事をしながらの兄と、まだ学生の俺では進みは全く違うが、春までに免許が取れて七海に見せると「おお!これで旅行行けちゃうね!」と喜んでくれた。
春。
入社式を終えて勤務が始まると、学校で教わった事はなんだったのかと思った。
だが先輩に言わせれば、全くの素人よりはマシなんだと言われてそんなものかと思った。
母はそこら辺がマシなんだなと思ったのは、兄は教習所に行く分だけ早く出勤して教習所に通ってから帰る生活。父はごく普通のサラリーマンらしいリズム。そして俺は遅く起きて昼から働き、夜もディナータイムが終わってから、片付けと翌日の準備を終えて帰ってくるので遅い。
それなのにキチンと見送りと出迎えをしてくれた。
家に入れる生活費は、兄が3万だからと俺も3万だった。
七海の会社はブラックなのか、そもそも業界的に仕方ないのか、紙の上では週休2日になっていたが、日曜しかまともな休みがないし、平日も9時過ぎに会社に着いて、帰りは22時半で残業代もみなしで元々の給与に含まれていると言う話しだった。
平日も余裕のある日には、帰りに待ち合わせて食事をしてゆっくりと家まで送り、一緒に休めた日には1日をのんびり過ごす。
七海は「やだ。出かける。何もしないで1日が終わると翌週が辛いの」と言って、何がなんでも日曜日を使おうとする。
雨にぶつかった日に「雨だよ?」と言うと、「なら一日中ラブホ行こう。1日過ごす」と言って、ずっと裸で過ごしていた。
行為後に俺が「もう少し待っててよ」と七海に声をかける。
「旭?」
「お金貯めてるんだ。うまく行ったら家を出て一人暮らしするから、休みの日はウチにいれるようにするよ」
この言葉に七海は顔を輝かせて、「本当!?嬉しい!」と言って飛びついてくれる。
俺はその言葉の通り、一年目の夏のボーナスと冬のボーナスを元手に一人暮らしを始めた。
少し無理をしたが、今の職場なら問題のない家賃で2DKの部屋にする。
七海は速攻でスーツケースを持ってきて、「旭、ここサイコーだよ!職場にも近いし旭も居るし!」と言って半分住み着いた。
単身者用の住まいならもう少し安かったが、俺には七海が居るから仕方ない。
七海はボーナスでノートパソコンを買って、ウチに仕事を持って帰ってきて仕事をしていて、俺はそんな七海の為に食事を作る。
「わぁ!今日の旭のご飯はオムライスだ!」と喜んで食べてくれると俺は嬉しかった。
七海はキチンと生活費として2万円入れてくれていた。
それは同居ではなく、月に20日くらいウチに居るからで、1日千円で計算した結果だった。
そんな生活が2年続いて仕事にも慣れてきた頃、正月しか顔を出さない実家から、同窓会のハガキが来ていると言われた。
大卒組の進路確認の為かと思いながら七海に聞くと「無理、パス」と言われる。
「旭だって土曜日だから仕事だよ」
「確かに。なんで土曜なんだろう?」
「また誰かお持ち帰りする為かもよ?」
「荒んでるなぁ」
とりあえずハガキの回収に実家に顔を出すと兄は正月明けに仕事を辞めてきて引きこもりになっていた。
ブラック企業だったことは母から聞いていた。
教習所に通うから朝早くから出勤だったが、免許取得後もそれは変わらず残業もさせられ続けていた。その理由はあの就活に戻るくらいなら働くしかないと思っていたらしい。
だがハガキを理由に俺を呼び、なんとかしてくれと言いたそうな母を俺はスルーして帰った。
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