第13話 早稲田七海と過ごす年越し。

もう一月も末になった。

年越しは良かったが年明けは少し荒れた。

バイト先は働き方改革で、年末は休みなしだが、大晦日が終わると三が日は休みで、日程調整なんかがあってバイトはじめは5日の夜だった。


29日の夜に弁当を買いに来た蒲生葉子は、「今年会うのは最後かな。旭くん、良いお年を。後さ、3日の日に初詣行かない?」と言われて了承して見送る。


翌日には早稲田七海が年内最後のご飯を食べた時、「明日さあ、年越しを過ごそうよ。バイトの終わり何時?」と聞かれた。


友達なのか恋人なのかわからない俺は、驚いて「え?」と聞き返すと、「え?って予定あるの?」と聞き返された。


「ないよ」

「ならいいよね?大晦日に2年参りじゃないけど並んでさ、お参りして御神籤引いて露店のものを食べて過ごしてさ、朝までいでよ」


俺は早稲田七海の口から出た「朝までいてよ」に驚きつつ、つい妄想してしまうと「相田君はムッツリだなぁ」と笑った早稲田七海は、「朝は駅までお見送りして」と言う。


「見送り?」

「うん。山梨のお婆ちゃんのウチまで行くの。お父さん達は明日から行くけど、大掃除も手伝いたくないし、何日も行きたくないから、私は1日の朝に行くことにしたんだ。バイト後でも頑張って起きててくれる?」


「それは大丈夫だと思うよ。早稲田さんと居ると楽しいから眠くなんてならないよ」

「じゃあ明日、バイト上がりに迎えに行くよ」


こうして俺は早稲田七海と年越しを過ごす事になった。

早稲田七海はバイト上がり15分前に店に来ると、「夜ご飯食べた?」と聞かれて食べてない旨を伝えると、「私も待ってたんだよ。ここで食べよう」と言い出す。


「えぇ?皆働いてるから悪いよ」

「だから、上がりと同時に食べれるように作りなよ。私はブラックペッパーチキンステーキセットね」


店長は俺を見て「売り上げ貢献ありがとな。ブラックペッパービーフステーキよろしくー」と言い出す。高いから食べたこともない。

まあ同僚達も内心遊んでいて、悪ノリをするが端っこの肉を使ってくれたので規定量より多い。


俺と早稲田七海は、外の見えるカウンター席に隣り合わせで座って食事をとる。


「なんか不思議。働くお店で早稲田さんとご飯食べてる」

「普通だよ普通」


早稲田七海は楽しそうに俺のビーフステーキを分けてといって食べると、「ヤバ、美味しい」と喜ぶが、メニューを見て2,580円に青くなる。


「相田君、お金持ちだね」

「店長が決めてたの見なかった?早稲田さんのチキンステーキもひと口頂戴」


俺たちはのんびりと食べてから、「良いお年を」と皆に挨拶をして外に出る。


普段とは違う大晦日の夜。

深夜なのに光り輝く街の明かりだけで、心がザワザワと浮き足立ってしまう。

俺が「お参りはどこにする?」と聞くと、早稲田七海は「それは氏神様だよ」と言って地元の神社に俺を連れて行く。

地元の神社は普段閑散としているのに、大晦日の日は人が沢山いて、行列は道路の先まで続いている。

23時なのにこの混み具合は凄いと思った。


「進まないね」

「本当だね」


そんな話をしていると、近くにいたおじさんが「新年の前に動いたら先頭の奴らは意味ないからだよ」と教えてくれて納得をした。


年明けと同時に列はゆっくりと進む。

周りの連中が「今何時?」「後何分?」とやっていたので年越しに気付ける。

早稲田七海は俺の前に立って自撮りで年越しと同時に写真を撮って、「あけましておめでとう相田君。今年もよろしくね」と言ってくれて、「あけましておめでとう。早稲田さん。去年はありがとう。今年もよろしく」と言うと、自然に迷子にならないように手を繋いで前に進んでいく。


早稲田七海はこの状況をどう思っているのだろう?

俺はそんな事を考えてしまう。


「今年は就活があるから大変だけど頑張ろうね。相田君は変なアドバイスを聞かないんだよ」

「うん。ありがとう。お互い頑張ろうね」


お参りを済ませた俺に、早稲田七海は「隣町まで歩こう。あっちの神社は有名だから出店出てるよ」と俺を誘う。


お焚き上げの火に照らされながら、俺を手招きする早稲田七海は綺麗だった。

俺は申し訳なさを感じながらその手を取ると、「偉い。ちゃんと手を取れたね」と言って俺と隣町まで歩いた。


隣町でもお参りをしてから露店で食べて、周り人の多さに辟易するが、夜中なのに活気のある不思議な時間はとても楽しいもので、「早稲田さん」と声をかけて何枚も写真を撮るうちにツーショット写真も増えていて、その写真は恋人同士に見えてしまう。


俺は意を決して「俺には早稲田七海に告白する資格がある?」と聞こうとしたのだが、「あ!じゃがバター食べようよ!」と言われてタイミングを逃した。


4時半になって神社を離れた俺たちは、自分たちが住む街までのんびりと歩く。

まだ暗い世界なのに人は沢山いて、本当に不思議な世界だった。


俺はまだあの熱気と活気にほだされているのだろう。

人通りがまばらになってきたのに早稲田七海の手を離さずにいた。

そして怒られたらやめればいいと意を決して、恋人つなぎをしたら早稲田七海は驚きながらも、「私は右手で手を繋ぎたいから場所を変えて」と言ってくれて、左手で早稲田七海と手を繋いだ。


改めて意識をすると恥ずかしかったが、早稲田七海はギュッと握るように手を繋いできた。



駅で見送る時、早稲田七海は「相田君に行かないでって言われたら、残っちゃおうかな」と言った。


「それは良くないよ。お婆さん達も会いたがってるよ」

俺の言葉に「ちぇ」と言って、「今日はありがとう。またね」と言って早稲田七海はホームへと向かっていった。

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