第19話 プールで始まる。

早稲田七海と付き合った。

プールに行った日、早稲田七海から「ねえ?これで終わらせるの?今がラストチャンスだよ?」と言われた。


朝、未だに腹に据えかねている早稲田七海は、ウチまで俺を迎えにきて「相田旭君!プールだぞー!」と俺を呼ぶ。


俺は呆れつつ喜びながら出迎えると、兄の部屋からは兄の憤慨する声が聞こえてきた。


母は調子よく「おはよう」なんて早稲田七海に声をかけると、早稲田七海はそっちがその気ならと、愛想よく振る舞って「今日は相田旭君とプールに行ってきますね!」と話す。


母は要領よく「まあ。楽しんできてね」なんて言っていて、俺は薄ら寒くなった。



プールまでは、外の暑さと電車の冷房でヘトヘトになったが楽しかった。

薄着の早稲田七海が横にいて、たまに腕が触れるだけでドキドキしてしまうが、早稲田七海はそんな事を感じさせずに、「スライダー乗るよ!流れるプールで流されるよ!」と盛り上がっていた。


だが、楽しかったのはそこまでだった。

更衣室で服を脱いだ時、兄や周りの連中から散々言われた、「貧相な身体だからプールに行くな。迷惑だ」、「水から上がる時の顔が気持ち悪いからプールに入るな」、「お前の出汁とか出そうだから嫌だ」なんかの言葉が思い出されてしまうと、俺がいることで早稲田七海の笑顔を曇らせるのではないかと、思ってしまい暗くなる。


更衣室は蒸し暑くて、独特の匂いがしていて、セミの声が耳に大きく聞こえる中、更衣室の外から「相田くーん!まだー!?」と早稲田七海の声が聞こえてきて、俺は意を決して外に出ると、早稲田七海は「やだ。恥ずかしくなったの?」と笑いながら、俺を見て、「恥ずかしいのは私だよ。見てよこの水着」と言ってポーズを決める。


その姿はオレンジ色のビキニで、ついガン見してしまうと、早稲田七海は「見過ぎ〜」と言って頬を赤く染めてから、「ついつい店員のお姉さんに「お似合いですよ」なんて言われてテンション上がって買ったんだよね。どうかな?」と聞いてきた。


俺は何も考えられずに「綺麗。可愛い。似合ってる」と片言になりながら話すと、「ありがとう。ほら場所取り行こうよ」と言われて手を引かれる。


もう、ほんの少し先には水着姿の早稲田七海が居ると思うと緊張してしまって、暗くなるどころではなかった。日陰の隅っこにレジャーシートを敷いて、貴重品と言っても小銭だけ持ってあとはロッカーの中だが、早稲田七海は「ほら、写真撮ろうよ」と言ってスマホを向けてきた。


「え?それ防水?」

「違うよ。アームバンドを買ってきたのさ」


早稲田七海はアームバンドを見せると、「これでスマホも持ち込めるよ」と言って俺と横並びで写真を撮ると、「顔が暗いぞ。相田君は普通だよ。気にしちゃダメ」と言ってくれながら「泳ごう!」と言って俺の手を引いた。


手を繋ぎ流れるプールに入って流れていると、早稲田七海が「ねえ?これで終わらせるの?今がラストチャンスだよ?」と言って俺を見た。


その目は潤んでいて頬は赤くなっていた。


「それって…」と言いかけたところで、真剣な顔で「気づかないふりしないで。私ともこれで終わりにするの?」と言われて、俺は流れに乗るプールの中に居ながら、自分の人生みたいだと思った時、これじゃダメだと思った。


俺は早稲田七海の顔を見ながら、「え…っと…ここでいいの?」と聞くと、穏やかに微笑んだ早稲田七海は、俺と繋ぐ手を恋人繋ぎに直して、「…ここがいいよ。相田君は今その時じゃないと決断が鈍るタイプだよ」と言った。


俺たちは流れに乗りながら、プールの中を流しそうめんのように流されながら、「早稲田さん。付き合ってください」と言うと、早稲田七海は「うん。やっと言ってくれた」と言って抱きついてきて、「恋人同士だからいいよね?」と言って2人で流される。

素肌に当たる早稲田七海の体はとても柔らかくて、「なんか嬉しくて頭おかしくなりそう」と呟くと、「それも普通だよ。相田君…、旭は周りのマイナスアドバイスを、真に受けすぎていたのを聞いたから、来てくれるのをずっと待ってたんだよ。普通だよ。彼女に抱きつかれたら嬉しくてそうなるんだよ」と言ってくれた。


「ヤバいかも。何時間でもこうしていたい。お腹空いたら教えて」

「えぇ?波のプール行こうよ。もう何周もしたよ?」

「波のプールでもこうしてていい?」

「うん。いいよ。私も旭としていたいよ」


俺はもっと早稲田七海と一緒にいたい気持ちに取り憑かれていた。

飼い犬のように、手を引かれるままに波のプールに行くと、抱きしめながら波に揺られて笑い合う。


好意を寄せてくれる人に抱きしめてもらえて、目の前で微笑んでくれる。

それが嬉しくてたまらなかった。


「もう、そんなにくっつきたいの?」

「ごめん。嬉しくて」


俺の言葉に微笑んだ早稲田七海は、「名前で読んで。そうしたらもっとくっ付いてあげる」と言った。

俺は照れながら「七海」と読んだら、七海は「旭」と呼び返してくれた。

そしてその後もずっと触れ合っていた。


俺が甘えてずっとくっ付いていてスライダーに乗らなかったら、「まあ仕方ない。来年があるよね」と言ってくれた。

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