第10話 アルバイト。
夏になってアルバイトを始めた。
個人経営以上、チェーン店未満の飲食店で、理由としてはスキルアップもあるが、早稲田七海や蒲生葉子と遊びに出かけると、今まで貯めていたアルバイト代やお小遣いはあっという間に底が見え始めてしまったからだ。
バイトは月火木金の週4日の夜で、土曜日と日曜日は他のバイトの人が働きたいからと不人気な平日勤務になる。
水曜日は店の定休日ということもあったが、早稲田七海と出かける日になっていたので無くて助かった。
後は多少の混雑具合なんかで早く帰らされる事もあるので、月に八万円くらいを稼げる。
近況を聞かれてバイトを始めたと言ったら、早稲田七海はソッコー食べにきた。
しかも「おーい、相田君」と厨房にいる俺に向けて声をかけてきて、目が合うと手を振られた事で、食べに来た事がわかって驚いた。
店長からは「早速彼女を呼ぶとは新人ヤバいな」と笑われたが、「友達ですよ」と返しておいた。
バイトに関しては、早稲田七海がくれたアドバイスが生きていた。
「相田君、相田君は変なアドバイスが影を落としているけどさ、本当に普通の人なんだからね?卑下する事もないし、普通の人付き合いが出来るから、後は仕事に全力投球だよ」
この言葉で初めて普通を意識してみたらうまく行った。
仕事なんてどれも大変だ。
だから兄や周りにいた連中みたいな奴らに注意して、普通に振る舞ったらうまく行った。
早稲田七海とブッキングしなかったが、蒲生葉子はアルバイトを始めた話をすると、「前もって言わない日に、食べて帰るとお父さんが煩いから」と言って、テイクアウトメニューを買って帰る。
蒲生葉子は早稲田七海とは違っていて、俺を呼ぶ事はしない。
運良くテイクアウトメニューを作ったのが俺で、厨房から出てきた俺が蒲生葉子に気付き、「蒲生さん?」と声をかけたら、「へへ、早速来ちゃった」と言った。
これには店長も「新人…いや相田、俺はお前の認識を変えるわ」と言い、俺は慌てて否定をした。
「え?あの子も友達なの?」
「そうですよ」
「それ、鈍感なんじゃないの?」
「そこら辺よくわかりません」
そんな会話があったが、蒲生葉子は「おいしかったよ。お母さんがまた買ってきてって言うから行くね」と言い、本当に週一回は必ず店に来て、おかずの足しにすると言って一品テイクアウトをしていく。
店長は出来上がりまでの間に、「相田にツケとくから飲みな」とアイスティーを出していて、俺がテイクアウトメニューを作る。
そして早稲田七海も「なんかハマっちゃたよ」と言って月曜の夜に来ると、夕飯を食べて帰る。
「相田、お前」
「お店の味が気に入ってもらえただけですよ」
俺の返事にクソデカため息をついた店長は、「お前、3人で遊びに行くの?」と聞き、「いえ、それはした事ないですね」と返す。
「2人では?」
「何回かありますよ」
「どこ行くんだ?」
「店で食べていく方の子とは学校が近いので、半日授業の日に食事したり、後はタダ券が手に入ったからって誘って貰って横浜まで行きましたね」
「もう1人とは?」
「うちで飼ってた犬が好きだったので、もう犬は亡くなりましたが犬の散歩コースを回って、後はスカイツリー行ったりしましたよ」
一通り聞いた店長が「鈍感男」と呟いた後で、「弄ぶことだけはするなよな」と言って仕事に戻っていった。
鈍感と言われても、口で変わると言っても、意識をしても、やはり染みついたものは取り除けない。
俺なんかがモテるとは思えなかった。
だが夏以降も蒲生葉子は連絡をくれて、日曜日にランチに行ったりするし、早稲田七海とは水曜日の昼から夕方までを共に過ごしている。
この心地いいサイクルを俺は手放したくなくなっていた。
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