第4話 早稲田七海、蒲生葉子それぞれと会う新学期。
新学期は忙しい。
生憎専門学校では、学校で話すが外で会ったり遊びに行くような、仲良くなれそうな友達は居なかった。
これから2年間それが続くかと思うと気が重い。
今から大学を受験し直す事を考えてみたが、周りからの雑音なんかを考えると踏み出せなかった。
1週間が過ぎて通常授業になった頃、早稲田七海から[私の方、お昼までの日があってさ、相田君はそんな日ある?]とメッセージが入ったので、俺は[水曜日。座学だけで午前中に終わるよ]と返事をした。
[あ!一緒!ご飯屋さん探しに行こうよ!]
[うん。行こうか]
駅で会うと、早稲田七海は俺を見つけて、「おーい、こっちー」と言いながら近づいて来る。
ご飯屋さんを探すなんて言いながらも、お昼は駅近くにあって、割と目立つ夜は居酒屋になるお店のランチメニューを食べたら、刺身定食が美味くておかわり自由の白米を食べ過ぎてしまった。
お互いの専門学校の話になると、早稲田七海は「んー…」と言ってから、「今の所は問題ないけど、資格とか取れるか心配」とボヤく。
「確かに、こっちは年上の人とか多くてなんか違和感」
「あー、料理の学校だからかな?私たちの方は居ても四つ上とかの人で、大卒したけど資格取りたくて専門に来直した人とか居るよ」
学校あるあるを話しながらの食事は盛り上がり、そのまま駅周辺を散策してから同じ列車で帰る。こんな言い方はアレだが、早稲田七海は金持ちなのか、親に大切にされているのか、使う路線は運賃は高いが早く帰れる路線を使っていた。
「早稲田さんは大切にされているね」
「ウチは早く帰ってこいってアピールだよ」
その返しに俺は「ウチは安くて時間がかかる路線だけど、早く帰ってこいってうるさいよ」とボヤいて2人で笑った。
この日から早稲田七海とのメッセージは格段に増えた。
基本は学校周辺の情報交換。
後は人付き合いが得意な早稲田七海が、同窓会の日にファミレス組に参加して、見聞きしてきた旧友達の話なんかを教えてくれていて俺は相槌を打っていた。
驚いたのはカラオケ組だった三木が、渡辺をお持ち帰りして朝チュンをしたとの事だった。
カラオケ組は飲酒もしていたらしく、久しぶりに盛り上がってしまったらしい。
後は何組かカップルが出来ていたとか教えてくれた。
[同窓会は正解だったね。こうしてまた相田君と話せてるよ]
[そうだね。何もなく専門に行ってたら今頃嫌になっていたかも]
[今度はラーメン屋さん行こうよ。こっち側に美味しい豚骨ラーメンのお店があったよ]
[うん。また水曜日の午後によろしく]
こうして早稲田七海と話すようになった所で、蒲生葉子から[新学期はどう?私はヘトヘト]とメッセージがくる。
[こっちは学校で話す人は居るけど、外で遊ぶような人は居ないかな。年上の人とか多くて話が合わない。ヘトヘト?電車とか?]
[授業選びとか大変でヘトヘトなんだよね]
大学生の「大変」は俺にはわからない。
兄ならわかるのかも知れないが聞く気にもなれない。
蒲生葉子の話にいまいち乗り切れなかったが、大変なのは伝わってきたから[早く慣れるといいね]と送る。
蒲生葉子の返事はありがとうとかではなく、[落ち着いてきたらまた会おうよ]だった。
俺はあの日の予感を信じて[うん。いいね。どこに行く?]と返すと[疲れてるから、遠出は旭くんがしたければ行くけど、リクエストある?]と聞かれたので、[特にないなぁ]と答える。
蒲生葉子が[じゃあ会ってお茶しながら決めようよ]と言うので、俺は了承すると、翌週末に昼ごはんをファミレスに食べに行って、そのままドリンクバーでお茶を飲みながら近況を話していく。
その中で早稲田七海から聞いた三木と渡辺の話になって、蒲生葉子は目を丸くして「え!?三木君と渡辺さん!?」と言った。
「あの2人を知ってると驚くよね」
「本当だね。カラオケでお酒で…。あれ?あの日旭くんはカラオケ組だったの?」
俺は首を横に振って「俺は帰宅組。早稲田さんが教えてくれたんだ」と言うと蒲生葉子は驚いた顔で「旭くん、早稲田さんと連絡してるの?」と聞いてきた。
「うん。同窓会の日に、進路先の話になったら同じ駅を使ってる事がわかって、早稲田さんから情報交換の意味とかで、メッセージIDを教えてもらったよ」
「…そうなんだ」
「まあ早稲田さんはファミレス組だったんだって。それでも話が回るんだから、皆三木と渡辺には驚いたんだろうね」
「そうだね。凄いよね。そのまま付き合ってるんだろうね」
そのまま勝手に三木と渡辺の話で盛り上がった後で、蒲生葉子は「ゴールデンウィークに予定ってある?」と聞いてきた。
「特に何もないよ」
「じゃあお出かけしようよ」
「いいけど、どこか行きたいところとかあるの?」
「それを決めようよ」
俺達はおやつにデザートを食べながら、ゴールデンウィークの出かけ先を選ぶ事になる。
ただ漠然と決まったのは、【人混みを避けながら楽しめそうな所】で、探す中で蒲生葉子が上野の国立科学博物館を見つけたので、そこに行くことにしてみた。
科学博物館を見て蒲生葉子が、「社会科見学みたいだ」と言うので、俺も「本当だね」と同調して、「でも学校の時は自由に歩けなかったから、のんびり気になったものを見られるよ」と言っておいた。
気づくと夕方になっていて、客足が増えてきたので俺が、「あ、もう夕方だ。送るよ」と言うと、蒲生葉子は「わ、本当だね。また夢中で気づかなかったよ。お店の人に悪い事をしちゃったね」と言って慌てて帰り支度をする。
のんびりと歩きながら帰ると、蒲生葉子はため息混じりに、「私も専門学校にすれば良かったかも」と言った。
「どうしたの?」
「やりたい仕事とか、行きたい進路とかなくて、先延ばしする為に大学生になったんだよね。旭くんが羨ましいよ」
俺はその言葉に冷静になれずに、「そんな事ないよ」と言ってから、「蒲生さんは自分で選んだんだから羨ましいよ」と言うと、「あ、嫌な事な話?だね。話して?」と言ってくれたので、何一つ決めてこれなかった話をすると、蒲生葉子は「そっか、周りの人から選ぶように仕向けられていたんだ」と言ってくれる。
「本当にさ、周りの連中は人のことを何だと思っているんだろう。最初のバイト代とかも、使い道が決められて気持ち悪かったけど、俺の周りの連中は当然って顔をするんだ」
「それは嫌だね。もう旭くんは自分で決めていいんだよ。もし決められなかったら、話してくれたら一緒に考えるよ」
俺は蒲生葉子の真剣な表情が気になって、「蒲生さん?」と聞くと、蒲生葉子は穏やかな顔になって、「変なアドバイスをする人達よりは、まだ役に立てるから言ってね」と言ってくれたので、俺はその言葉に感謝して帰ると、辺りはすっかり夜になっていて、蒲生葉子に謝りながらもゴールデンウィークが楽しみになっていた。
蒲生葉子の、「自分で決めていい」、「一緒に考えるよ」の言葉を何度も反芻しながら眠りについた。
蒲生葉子の言葉は温かみのある、人が人に向けた言葉だった。
その事を思うと胸の奥が温かくなった。
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