第3話 蒲生葉子と散歩道。
蒲生葉子は卒業式を終えた後の春休み中にメッセージを入れてきた。
[ツツジちゃんって、チーズが好きだったよね?]
[そうだね。懐かしいや]
俺は返信の後で、高校生になって持ったスマホに入れていた、ツツジの写真を送ると、既読がついて少ししてから[お家にいる?]と聞かれた。
春休み中で用事のない俺は、家にいてグータラしていたので、[うん。居るけど?]と送ると既読無視になり、20分すると[今いいかな?家の前に来たよ]といきなりメッセージが入ってきた。
玄関を開けると、そこには蒲生葉子が居て、「へへ、お供物」と言ってビニール袋を見せてきた。
中身はキャンディチーズやお菓子類で、「え?犬用?」と聞くと、「旭くんの家に犬がいないと悪いから人間用だよ」と言ってくれたので、「うちには思い出の品とか残ってないからさ、昔散歩した所を歩かない?」と誘ってみた。
どうせなら無自覚な鈍感よりも、自意識過剰に生きてみよう。
ダメで元々、そのくらいのつもりだったのに、蒲生葉子は「うん。行こう」と言ってくれた。
歩き始めて「どっち?ショート?ロング?」と聞かれる。
ショートとロングは散歩コースで、早く帰りたい日や時間のない日、雨の日なんかはショートコースを回って、晴れの日や家にいたくない日はロングコースにしていた。
なんとなく蒲生葉子が犬好きなら、少しでも長いほうがいいかなと思って、ロングコースを多めに回り、ショートコースは雨が降りそうな日だけにした。
「んー、蒲生さんとはロングが多かったから、ロングにしてもいい?」
「いいよ」
俺は財布と軽い上着を持って外に出ると、のんびりと3月末の街を蒲生葉子と歩いた。
2人でツツジの思い出を話す。
まだあの頃のツツジは元気で、急に走り出したりした時に、油断していると転んでしまう事もあって、蒲生葉子は俺が転ぶと心配してくれて、ツツジのリードを持ってくれたりした。
その話なんかをしながら、休憩ポイントと呼んでいた公園に立ち寄る。
「飲み物を奢らせてよ」と言うと、蒲生葉子は「ありがとう」と言って温かい緑茶を選び、俺は温かい烏龍茶にする。
これも中学の時と変わっていない。
あの時は夏だったので冷たい飲み物だったが、緑茶と烏龍茶だった。
ベンチに並んで座り、蒲生葉子が「昔と同じだね」と言い、俺が「そうだね。ツツジがいないだけだ」と返すと、少ししんみりとしてしまうが、蒲生葉子は「じゃあ食べよう」と言って、お菓子とチーズを開けた。
食べて烏龍茶を飲むと、蒲生葉子は「ねぇ、烏龍茶の理由は昔と一緒?」と聞いてきた。
「一緒。蒲生さんは緑茶派だよね」と言った、俺の返しに笑う蒲生葉子。
俺が烏龍茶を選ぶのは、緑茶は家で飲めるので、緑茶にはなんとなく金を出したくない。
ウチで烏龍茶は出てこないから外で飲む。
ちなみに好きでたまらない訳ではない。
中学の時にその話をしたら蒲生葉子は笑っていた。
楽しそうに笑う顔が印象的だった。
立ち消えになったが、あの時のことを思い出していくと、一つの事を思い出した。
「そういえば、木田のフレンチブルドッグには会ったの?」
木田はクラスの女子で、飼い犬はフレンチブルドッグ。
散歩中に会うこともあったが、木田は大概弟か両親のどちらかと散歩をしていて、あまり接点はなかった。
だがフレンチブルドッグの「きなこ」は、とても俺に懐いていて可愛かった。
だが、ツツジがヤキモチを妬くからそんなに可愛がれなかった。
蒲生葉子が犬好きなら、きっときなこも気にいると思って話をしたが、生返事をされていた。
蒲生葉子は「会わないよ。旭くんはあまり気にしてないけど、付き合いのない子に「お家の犬がみたいの」って言えないよ」と言って困り笑顔をした。
「そんなもんなんだ。言ってくれれば声かけたのに。昔も話したけど木田のフレンチブルドッグのきなこは滅茶苦茶懐いてくるんだ。きっと蒲生さんは喜ぶと思ったんだよね」
「そう…なんだ。木田さんとは仲良かったの?」
「なんも」と返した俺は「触る?って聞いてくれるのは、木田の母さんで、木田はいつも「コイツなんて知りませーん」って顔してたよ。うちのツツジもデカいから怖がってたし」と説明をすると、それを聞いた蒲生葉子は不思議そうに、「ツツジちゃん可愛いのにね」と言い、俺は「可愛いけど、元気いっぱいで暴れるからじゃない?」と返すと蒲生葉子は「そっか、元気いっぱいだったよね」と笑っていた。
俺達はおやつを食べてお茶を飲んだら散歩に戻る。
ただ、その日は最後に蒲生葉子の家まで送る形で散歩をして、「今日はツツジが居ないから送ってみたよ。今日はありがとう。きっとツツジも喜んでるよ」と言うと、「ううん。私こそ急にごめんね」と返してくれる。
「ねえ、聞かなかったけど4月からの進路は?」
「ああ、専門学校。ちょっと嫌な事とかあって悶々としてたけど、決めた進路だから行くんだ。蒲生さんは?」
蒲生葉子は「私は大学」と答えてから、「嫌な事?」と聞いてきた。
俺は「うん」と答えてから、周りの無責任なアドバイスとか、介入に飲まれて仕方なく専門学校にした事を説明すると、「そっか、それは嫌だね。もしさ…、また嫌な事あったら話聞くから、散歩したりしようよ」と蒲生葉子は言ってくれた。
俺は何かが始まる予感がしながら、「助かるよ。なんか無責任なアドバイスとか、足の引っ張りに気付いてから、誰かに話を聞いてもらうと目が覚める感覚なんだ。嫌じゃなきゃ頼めるかな?」と聞くと、蒲生葉子は笑顔で「うん。いつでも言ってね」と言ってくれた。
俺は帰り道に中学の時のことを聞いてみたかったのに、聞けなかった事を思い出していた。
「でも何て言うんだ?兄さんとか家族から、「蒲生さんは、お前なんかに興味はない。犬好きなだけだ」って言われたから信じてたけど、そうなの?なんて聞けないだろ?」
自問自答しながら歩くと、遅咲きの桜が綺麗だった。
何となく写真を撮って、[今日はありがとう。夕方の桜が綺麗だった]と言って送ると、蒲生葉子は[本当だね。歩いてる時は、話に夢中で気づかなかったよ]と返ってきた。
これは錯覚かもしれないが、本当に蒲生葉子と何かあるのではないかと思い始めていた。
自意識過剰?
いいじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます