第11話 クリスマスの約束。

秋になると、店長から「話がある」と言われた。

何かと思うと年末年始の予定で、「うちはな、週末はバイト連中に人気なんだが、クリスマスとイブは皆入りたがらない。相田はどうだ?まだ予定を入れていなければ働かないか?」と聞かれる。


俺が「はあ、予定なんてないからいいですよ」と言おうとしたのに、店長は追い込むように、「それにまだフラフラ二股してるだろ?両方からクリスマスを誘われて、どちらかを断れるか?」と聞かれて青くなった。


青くなったのには理由があって、夏の終わりに「この歳になるとプールも海も行かないよね」と食事をしながら早稲田七海に言われた。

早稲田七海とは夏休み中で会う予定はないのに、月曜の夜に食べ来た時は「じゃあ水曜日ね」と言われ、水曜日になると「ご飯どこにする?学校の方?家の方?それとも別?」と連絡が来て食事に行っていた。


早稲田七海と食事に行く名目は俺の修行という事で、同じ店の食事は極力控えていろんな店を周り、「ここはありだったね。作れそう?」と聞いたり、「ここはあんまりだね。忘れよう」と言ったりしてくれる。


その日は浅草で天ぷらを食べようと言われて、並んで座敷に座ってのんびり窓の外を見た時の話だった。

海やプールにはいい思い出はない。

それもこれも兄たちのマイナスアドバイスで、「見た目の悪いお前はプールとか行くな」と散々言われていたせいで敬遠していた。


「そうだね。俺もプールとかは行かないや」と返すと、早稲田七海はピンと来た顔で、「誰に言われたの?お兄さん?墨田?目黒?」と聞かれて、「その3人なら三者三様。貧相な身体つきだから行くなとか、25メートルしか泳げないのに行くなとか、水から上がる時の顔が気持ち悪いから行くなとかね」と答えると、盛大なため息の後で「だからか」と呟いた早稲田七海は、「来年は行くよ。約束だよ」と言い、俺をプールに誘ってくれた。


そのまま窓からスカイツリーを見て、「あそこ水族館が入ってるんだよね。今度行く?」と聞かれた時に、「あー、水族館は行ってないからいいね」と答えたら、「水族館“は”?」と聞き返されて、「スカイツリー行ったことあるの?誰と?いつ?」と結構な圧で聞かれてしまった。


「え?ゴールデンウィークの最終日に、蒲生さんに誘われたんだよ。なんか月餅渡したら横浜の事を聞かれて、早稲田さんに誘って貰った話をして、展望台の写真を見せたら、ゴールデンウィークを寝て過ごしたくなかったみたいで、苦手な風邪薬飲んで治してたよ」


早稲田七海は「ふーん」と言うと、「今日は夜まで付き合ってよね」と言い、食後に雷門で写真を撮って、「折角だから」と近くの人にツーショット写真を撮ってもらい、「次、行くよ」と言われて東京タワーに連れて行かれて、マスコットキャラを無理やり捕まえてスリーショットを撮ったりした。


夜になってようやく「よし」と言った早稲田七海は、「蒲生さんと何食べたの?」と聞いてきたので、「スカイツリーではお好み焼き」と答えると「くっ…取られた」と言いながらピザ屋へと俺を連れて行く。


「スカイツリー行きたかったの?」

「それは絶対行くからいいの」


そう答えた早稲田七海は「お好み焼きも今度学校側で見つけて食べるよ。後は?どこか行った?」と聞いてきたので、上野の科学博物館と答える。


スマホを取り出して検索すると、一瞬の間の後で「…それはいいや」と言った早稲田七海は、少し興奮気味なのか赤い顔で「私が相田君に普通を体験して貰って自信をつけてあげようとしてるのに、蒲生さんと行ったから気にしてるだけ。以上!」と言うと、サラダを食べてアイスコーヒーを飲んでいた。


「普通なら体験させて貰ったよ。ありがとう。あの東京タワーの階段楽しかったね」

「そう。普通は楽しいんだよ。まだまだ教えてあげるからね」


俺は気になって翌日のバイト中、客足が遠のいたタイミングで店長にその事を話すと、「お前、自殺志願者か?M男なのか?」と店長は言い、「お前はどうか知らんが、相手の子達はお前と仲良くなりたい。付き合うとかは別としてだ。でも相手の子同士では仲良くなりたいなんてないんだ。だから気をつけろ」と続けると、「下手打つと死ぬぞ」と言って仕事に戻って行った。


そうか、付き合わなくても面白くないと怖くなるのか。

そう気づいた俺はクリスマスに誘われた時を思って青くなった。


「蒲生さんに誘ってもらったんだ」

「早稲田さんに誘ってもらったんだ」

どっちの言葉も喉にまとわりついて出てこない気がする。


もう答えは一つだった。

俺は「店長、仕事好きです。したいです仕事、よろしくお願いします」と言うと、店長は「相田ならそう言ってくれると信じてたよ。ありがとな」と言ってくれた。


そして店長には本気で感謝をした。

翌週食べにきた早稲田七海は、「ねー、相田君ってクリスマスに予定あるの?今ならまだバイト休める?」と話しかけてきた。


俺が答えるより先に「ごめんね。ウチの店さ、クリスマスはかき入れ時なのに人不足だから、相田にはバイトしてもらう事になってるんだ」と店長が言うと、早稲田七海は「くっ…そうきたかー」と言い、「仕方ない。23日は水曜日だから、お昼食べたら夜は神宮のイルミネーション行くよ!」と言って、お気に入りのブラックペッパーチキンステーキを食べて帰って行った。


「店長…」

「おう。感謝しろ。後はお弁当ちゃんがなんて言うかだな」


お弁当ちゃんは蒲生葉子の事だ。

確かに蒲生葉子も控えているが何も言ってこない気もする。


そう思ったのだが甘かった。


数日後にテイクアウトを買いに来た蒲生葉子は、「旭くん、クリスマスはアルバイトだよね?」と聞いてきた。


「うん。どうしたの?」

「ううん。昨日お父さんが今年のクリスマスは何が食べたい?って聞いてきて、家で食べるのが決定しちゃったんだけど、旭くんがどうしてるのか気になっただけ」


蒲生葉子は少し話してわかったが、親がとても大切に育てる人らしく、予定があれば優先してくれて、泣く泣く我慢してくれるが、本来なら平日の食事すら娘と食べる事を大事にしてくれる人らしい。


そんな事を思い出しながら、「そっか」と言おうとした時に、「だから19日の土曜日なんだけどさ」と言われて、「え?」と聞き返すと「横浜までイルミネーション見に行こうよ」と言われた。


断る理由はない。

でもなんだ?

俺はゾワゾワしてきてしまう中、蒲生葉子が「ダメ?」と聞いてきたので、「いや、大丈夫だけど遠出して平気?」と聞き返した。


照れ臭そうに「もう気をつけるから、風邪は引かないよ」と言う蒲生葉子に、「ならOK」とテイクアウトの袋を渡して見送ると、店長だけではなくバイト仲間達までとんでもない目で俺を見て、「すげえ奴」と言っていた。


いやいや、見せたくないが高校生までの俺を見せたらそう思わなくなるって。

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