第5話 早稲田七海と過ごすゴールデンウィーク。

ゴールデンウィーク前日、蒲生葉子からメッセージではなく着信が入る。

取るとガラガラ声の蒲生葉子は、「ごめんね旭くん。風邪引いちゃったよ」と謝って来る。


メッセージにしないで直接謝るあたりが蒲生葉子らしくて、こんな時なのに嬉しくなりながら、「わざわざ電話にしてくれてありがとう。大丈夫?って大丈夫じゃない声だよね。熱は?」と返す。


「今は8度を切ったよ」

「うわ、今はって事は、さっきまでは高かったんだ…。無理しないで寝てなね」


「ごめんね。せっかくの科学博物館なのに…」

「いいよ。早く治してね。あんまり喉使うと酷くなるから、後はメッセージにしてね」


俺は通話を終えてからツツジの写真を送ると、[ありがとう。早く治すね]と入ってきた。



まあ格好いい事を言っても、急に予定が空いてしまった。蒲生葉子は初日に出かけたいと言っていたので、親には1日いないと伝えたのに、やっぱり居る事になったと告げると、何を言われるかわかったものではない。


勿論、蒲生葉子に罪はない。

仮に聞かれても本当の事を言う気はない。


面倒な事になったと思っているとまた着信で、画面には早稲田七海の名前が出ていた。

俺は挨拶もなく「あれ?どうしたの?」と聞くと、「急なんだけどさ!明日暇かな?」と更に聞かれる。


はい暇です。

すごく暇です。

暇になりました。


そんな事は言えないので、「うん。どうしたの?」と聞くと、「横浜行かない?急にお父さんがタダ券を貰ってきてくれてさ」と早稲田七海は言った。


ハイテンションで興奮気味の早稲田七海の話はわかりにくくて、詳しく聞くと、横浜のランドマークタワーの展望台の入場券を、父親が知人から貰ってきてくれたらしいが、天気予報を見ると明後日から先のゴールデンウイーク中は、全部曇り空で、曇りの日に展望台には行きたくない事、ペアチケットで今から誘って来てくれそうな人が俺しか思い浮かばなかった事で、俺は呼び出される事となった。


「いいよ。何時に集合?」

「朝8時に駅ね!」


まさかの朝8時に俺が「え?」と聞き返すと、早稲田七海は「ゴールデンウィークだよ?横浜だよ?混む前に行って中華食べてから展望台だよ!」とテンション高く言った。


どうやら一日中横浜にいる予定みたいだ。

だがそれはそれで助かる。


「わかった。じゃあ明日ね」

「うん。よろしくー」


俺は親には「予定が変わって早く出る事になったから」とだけ言ってさっさと眠った。


兄は何かしらの、ありがたくないアドバイスでもしたかったのだろうが、寝ている事がわかるとさっさと諦めていた。



ゴールデンウィーク初日は朝から快晴で暑い。

それ以上に熱いのは早稲田七海のテンションで、朝から元気に「今日は沢山楽しもうね」と言っていた。


文字通りヘトヘトになるまで横浜散策をした。赤レンガ倉庫から始まり、中華街でお昼を食べて、山下公園を散策して、みなとみらいを歩くと夕方になっていた。

一日中笑顔でハイテンションの早稲田七海は、「黄昏時から夜まで景色を見よう!」と言って展望台に行くと、本当に夕焼け空のマジックアワーは綺麗で、2人して無心で写真を撮ってしまった。


テンションの上がった俺は、「早稲田さん。連れて来てくれてありがとう!」と言うと、早稲田七海はニコニコと「いえいえ。私こそありがとう」と言った。


その後で係員さんを捕まえた早稲田七海から、「折角だから、写真撮ろうよ」と言われて、2人で並んで写真を撮った。


係員さんは俺達をカップルだと思ったのだろう、「では次は彼氏さんのスマホで撮りますね」と言って、俺のスマホを構えて「彼女さん、もう少し寄ってください」と言い、俺は照れて赤くなった写真が撮れてしまった。


早稲田七海はその写真を欲しがり、代わりに早稲田七海のスマホで撮られた、必死にすまし顔を作る俺の写真をくれた。


「彼氏と彼女だって。私たちそんな風に見えるんだね」と笑った早稲田七海に、俺は照れて「俺なんかが?」と言うと、露骨に呆れた早稲田七海は「なんでそんな事を言うのかな?」と言って、「ほら、もっと夜景を見よう?」と俺の手を引いて東西南北全ての夜景を満喫した。


こんな素敵な景色が見られるとは思ってなかった俺は、文字通り心が洗われた気持ちになっていた。

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