第12話 冒険者協会へようこそ!

 よく考えてみれば、わかることだ。


 自分は弱者で、彼女のお荷物であると。


 きっと、あのまま僕がイリスについていれば、彼女は相当やりづらい環境に身を置くことになる。

 

 涼太には、謝らないといけないな。


 何がなんでも、イリスに媚を売ることで、面倒を見てもらう。

 それが、僕のなすべき計画の最優先事項。

 だというのに、僕はそれを軽々と放棄した。


「だけどっ、やっぱり、無理だよ……」


 息を切らして、膝に手をつく。

 もう、僕を引き止めようとする声は聞こえてこない。


 僕みたいなやつに頼られても、気色悪いだけだ。

 だから、他人に頼るという行為に、どうしても忌避感を覚えてしまうのだ。


 ——甘えるわけには、いかない。


 息を整えて、あたりを見渡す。


 しかし、ここはどこだろう。


「まずいぞ、これは……」


 人気がない。

 寂しいと表現するのが、正しいといえる場所だ。


 ボロボロの小屋。

 崩れかけた建造物。

 空を舞うボロ布。


 この街に、こんな場所があったのか。


 足を進めると、ジャリっと砂を踏み締める音がした。


「うわっ、なんだ、この紙!?」


 空中を漂ってきた紙が、顔に張り付く。

 僕はそれを慌てて引き剥がした。


「……不審者の、知らせ?」


 紙には、下手くそな絵で人物画が描かれている。

 黒ずくめで、多分男だ。

 顔は、十字の入った布らしきものに覆われて見えない。


「近頃、顔に十字の刻まれた布をかぶっている不審者の目撃情報が集まっています。被害があった場合は、是非、冒険者協会にご連絡を……そう、決して治安維持協会などではなく、冒険者協会に……」


 冒険者協会最高、冒険者協会最高、冒険者協会最高……。

 後半は、乱雑な字で書かれていて、よく読めない。


「冒険者協会って、何なんだろう」


 というより、まず先に思い浮かべるべき疑問は、どうしてこの世界の文字を読めるかということだ。

 多分、文字そのものを解読して理解しているわけではないと思う。


 言うなれば、書かれているものを、脳がわかりやすい言語に変換して、それを受け取っている感覚だ。


 奇妙、と言っても良いかもしれない。

 しかし、僕にとって都合がいいので、特に深く考えるのはやめた。


「とはいっても、不審者が現れるにしたって、もう少しマシな格好のやつはいないのか」


 十字が記された布で顔を覆い尽くした黒ずくめ。

 あまりにも不審者レベルが高すぎる。


 こんなのが現れるなんて、この街の治安維持は大丈夫なのだろうか。


 ひゅうと風が吹く。

 僕は肌寒さに身を縮めた。


「薄暗いな、ここ……」


 途端に、僕はなんだか怖くなってきた。


 不審者の知らせがあるということは、もしかしたら、この近くにいないなんて保証もないわけだ。


 ザッと背後から音がする。

 僕は咄嗟に振り返った。


「ふぅ、誰もいない、よな……」


「兄ちゃん、こんなとこで何してんだ?」


「ヒェえええぇぇえ!?」


 肩を叩かれる感触。

 脊椎反射で飛び上がった。


「おいおい、すげぇビビりようだなぁ」


 僕を取り囲むのは、二人の巨漢だった。

 一人は長髪で、もう一人はハゲ。


 獣人のハゲとは、見事に違和感だらけなもので、毛根一つない頭から生えている猫耳は、思わず二度見してしまうほど。


 片や、長髪の獣人。

 彼を一言で表すとすれば、肩パッドだ。

 

 圧倒的、肩の主張。

 圧倒的、世紀末。


 現実離れした奇抜なファッションである。

 いや、ここは異世界なのだが。


「な、ななな、何か僕に用ですか!?」


「いやぁ、何、ひとりぼっちの兄ちゃんに、親切心で声をかけたまでよ」


「そうそう。その通り」


 ハゲが詰め寄り、長髪がそれに追随する。


 後退りした。

 そしたら、二人ともその分近づいてくる。


「ひえっ!?」


「兄ちゃん、こっちにおいでな」


「俺たち、楽しい場所、知ってるんだぜ?」


 あぁ、だめだ。

 意識が遠くなっていく中、きっと僕は彼らに囚われてしまった。


 バイバイ、みんな。

 父さんの顔、最後にもう一度、見たかったなぁ。


 ==========


「……」


「ヒャッフウウウウ! 昼間っから飲む酒は最高だぜ!」


「この前受けた依頼、なかなかいンの報酬がもらえてさぁ、こんなのは一年前だぜ。ヒョへ、ヒョへへへへふっ」

 

 これは一体、どう形容したらいい風景なのだろう。

 ごちゃごちゃのテーブルに、ごちゃごちゃと族が集まっている。


「どうした、兄ちゃん! お前も飲め!」


「ぼ、僕は、未成年なので……」


 提案をやんわりと断る。


「なんだぁ、ノリが悪いなぁ。これだから最近の若いやつは」


 ハゲの獣人は、喉を鳴らしてジョッキを傾けた。

 息が臭い。


 隣に座った長髪の獣人は、僕を覗き込むと話しかけてきた。


「お前、随分と元気がねぇな。どうしたよ。悩みなら聞いてやるぜ」


 悩み。

 悩みなら、たくさんある。


 というか、悩みしかない。


 しかし、僕が今一番気になっている悩みは、明白だ。


「僕は、なぜここに……?」


「何故って、俺が誘ったからだな」


 明らかに誘ったというより、誘拐したと言うべきな気がする。


「僕を誘う意味、ありましたか?」

 

「意味なら大アリだぜ。なんせ、話し相手なら、多い方が楽しいだろ? お前が一人で突っ立てるのを見たら、居ても立ってもいられなくなっちまったんだ」


 圧倒的に、社交的思考だ。

 僕には到底理解できない。


「な、なんと言いますか、みなさん、僕がいることに否定的じゃないんですね……」


「否定的? そりゃどういう意味だよ」


「それは、その、僕は人間で、あなた方は獣人で、序列的に……」


 掠れていくように言うと、長髪の獣人とハゲの獣人はポカンとした表情を見せた。

 そして互いに目を合わせると、途端に爆笑の渦に飲み込まれた。


「クッ、ぷ、ブアッハハハハ! そうだな! 確かに、俺たちはお前たち人間より格上だ!」


 認めた。

 認めた上で、笑っている。


「じ、じゃあ、やっぱり僕はいないほうが」


「だがなぁ、これが違うんだなぁ」


 違うらしい。

 一体どう違うと言うのだろう。


「俺たちは確かにお前より格上だが、格上じゃねぇんだ」


 意味がわからない。

 わからないけど、とりあえず引き攣った作り笑いを顔に引っ付けておく。


「ほら、見てみろ」


 ハゲの獣人が指差す。


「あいつは、昼間っから酒で酔っ払ってるだろ? で、あいつはタバコ中毒者。そんで、あいつは親の金使い潰して追い出された」


 次々に指されては、片っ端から貶していく。


 例えば、ギャンブル中毒で散財した奴。

 例えば、借金まみれで女房に見放された奴。


 そのどれもが、擁護のしようもないようなものばかり。

 そして全員分指し終えると、僕の方を向いた。


「この有り様をみりゃ、わかるだろう?」


「は、はぁ」


「つまりだ、酒カス、ヤニカス、シンプルカス! ここはカスばっかりのカスの宝庫! だから、人間のお前をしても、格上を名乗れるような連中じゃないのさ」


 ハゲはどこかクールに言ってのけた。

 全くカッコよくない。


 すると、長髪の獣人が口を挟む。


「そもそもよ、人間よりほんの少し序列が上だからって見下してる奴らの方が異常なんだよ」


「その通り。どの獣人も、人間は序列最下位だから見下されるべきだって言うけどな、俺たち獣人だって劣等種なわけで、ふんぞりかえるにはお粗末な身分なのさ」


「はぁ、なるほど……」


 信用しても、いいのだろうか。

 いや、そもそもこれは僕の裁量で信用するか決めるような問題でもないが。


「あっ、そういえば自己紹介を忘れてたな。俺はジャンってんだ。ジャン・ベルナール。よろしくな」


 ハゲはそう言って、握手を求めた。

 とりあえず握手を返しておく。


「俺はフィリップ。お前は?」


 長髪の肩パッドが、尋ねてくる。


「えっと、僕は、野村秋斗って言います」


「アキトか……いい響きだな!」


 フィリップはグッと親指を立てると、周りを見渡した。

 

「おーい! みんな、朗報だ! こっちに注目!」


 辺りにいる獣人たちに声をかける。

 たちまち、彼らは声の方向に目を向けた。


「俺たちに新しい仲間ができた! 名前はアキト! 全力で歓迎してやれ!」


「うおおおおおお! 新入りだああああ!」


「俺、さっきから気になってたんだ! よろしく頼むぞ!」


 視線が、一気にこちらに向く。

 僕は息を詰まらせて目を白黒させた。


「さて、アキト、今からここはお前のホームだぜ」


 ジャンは椅子から立ち上がり、仁王立ちで僕を見下ろした。


「——冒険者協会へようこそ!」


「え、え?」


「冒険者協会は、お前の入会を受け入れるぜ!」


 僕は、冒険者協会の一員にされてしまった。

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