第5話 異世界に、Wi-Fi

 Wi-Fi。

 それは、現代社会を生きる若者にとって、生命線とも言い換えることのできる科学の電波。


 無機質な三本線が扇状に広がっているのが、なかなかチャーミングなWi-Fiのアイコン。

 様々なネットコンテンツの利用を支援してくれるWi-Fi君は、誰もから好かれるヒーローだ。


 しかし、僕は困惑していた。


「どうして、異世界にWi-Fiが……」


 それも、三本線じゃない。

 限界突破して、四本五本と線が扇状になって、画面外まで広がっている。


 辺りは草しか生えてない田舎も同然なのに、えげつないネット接続の良さだ。


 ギャグか?

 ギャグだな。


 それはさておき、本当にインターネットが使えるかだ。


 試しに、Guugleを開いてみた。


 ——いつまで経っても起動しない。

 どうやらどれだけ回線が良くても、元の世界のものは使えないらしい。


 しかし、完全に全てが無意味かと言えば、そうではない。


 そう、Rineだ。

 かの有名な、日本人ならほとんどの人が利用している、メッセージツール。


 それがあれば、遠く離れた人とも連絡が取れる。

 特に、クラスメートがこっちに転移してるのか確認できれば、僕の今後の身の振り方も明確になる。


 手始めに、涼太との会話を開いた。

 瞬間。


 ——シュボボボボボボボ……。


 ありえない着信の数々が、画面に表示された。


「ひぇ!?」


 みたところ、十以上ある。

 僕は思わず周りを見渡した。


 包丁を持った涼太の姿は見当たらない。

 よかった。


 どうせRineなんか使わないと思って、ずっと通知を切っていたが、まさかこんなことになっていたとは思わなかった。


 僕は、恐る恐る涼太に電話をかけた。

 つながるか、繋がらないか。


 フォンコールの音が一回、二回と鳴り、三回目が終わったタイミング。

 ぷつりと音がなって、電話がつながった。


「秋斗、秋斗なのか……!」


 そして聞こえてくる、少し懐かしい声。


「涼太……!」


 成功だ。

 電話は接続された。


 つまり、間違いなくインターネットは使える。


「よかった、生きていたのか!」


「あぁ、どうにか生きてるよ」


 さっきまで死にかけてたけど。


「——それにしても、涼太もこっちに飛ばされてたんだな」


「あぁ。こっちはクラス全員で固まってる。お前一人だけいないみたいだ」


 なるほど、僕だけが孤立しているのか。

 

 なんとなしに予想はしていたが、実際に転移したと聞くと、仲間の存在に安堵する感情があった。


「それにしても、こんな木ばっかの異世界なのに、ネット回線があるなんて思わなかった」


「そうだ、な……? いや待て、今、なんて言った?」


「え? だから、木ばっかの異世界にネット回線があるなんて思わなかったって」


 僕の言葉に、涼太は黙り込んだ。

 何やら、考え込んでいるみたいだ。


 まるで、飲み込めない事態を、どうにか解読しようとしているような、そんな感じだ。


「分かった、お前が置かれている状況はとりあえず置いておくとして、まずは情報交換をしよう。先に俺の方からだ」


 どうやら、情報を出し合い、現状を整理しようということらしい。


 そうして、涼太はポツポツと経緯を語り始めた。


 ==========

 

 光った。

 地面が、視界を照らした。


 認知できたのは、たったそれだけ。


 次の瞬間には、知らない場所に居た。


 まるで、瞬間移動でもしたみたいだった。

 涼太はどことなく、そう感じた。


「ここは、どこなんだ……?」


 そんな呟きが、どこからともなく聞こえた。

 総勢、三十人の生徒。


 それが、まるまる別の場所に転移した。

 言葉にすれば、そうとしか表せない。


 しかし、それを現実の現象として受け止めるには、あまりにも非現実的すぎた。

 

「——実験は、成功だ」


 そう言ったのは、三十人を見下ろす、一人の男。


 白を基調にした、豪勢なローブ。

 黄金に輝く、頭上の王冠。

 そして、見るものを魅了する、真紅の瞳。


「君たちは、今、非常に混乱していることだろう。しかし、僕も自分から無駄なことを言いたくはない。だから、質問をするといい。それが、一番効率的だ」


 男は王座に鎮座した。

 そして、上から涼太たちを見据える。


「……」


「ん? なんだ、質問はないのか? それとも、僕からの説明が必要か」


 わからない。

 涼太たちの脳内には、ただそれだけが思考を占拠していた。


「あ、あのっ」


 そんな中、いち早く混濁した思考から抜け出したのは、クラスの委員長、平石佳世だった。


「あなたは、誰ですか?」


「僕はスピラ・フォン・シャルディー。この国の王だ」


 国の王。

 果たして、日本は王制の国だったか。


 当然、そうではない。


 ならば外国なのかとも言われると、そんな感じでもなかった。


「ここはどこで、私はたちはどうして急に、こんなところに来てしまったのですか?」


「ここはシャルディー王国。十二種族の内、人間族が司る世界最高峰の科学王国だ。そして、君たちは僕の協力者になってもらうために、僕が異界から呼びつけた」


「協力者……?」


 平石は狼狽えた。

 あまりに、荒唐無稽な話だったからである。


「うーん、ちょっと、話が見えてこないなぁ」


 しかし、ただ一人、冷静を保つ奴がいた。

 学年一のイケメンにして、クラスの中心的人物。


 金木だ。


 ただ、粗雑に。

 まるで、自分の家に土足で上がるかのように、金木は飄々と振る舞った。

 

「金木君! ちょっと、下手なことを言わない——」


「委員長、わかる? 今俺たち、舐められてるんだよ。何も知らないのをいいことにね」


 スッと、金木の顔が平石に近づく。

 視線と視線が絡み合う。


 平石はほんのりと顔を赤らめて、目を逸らした。


「そ、そうよ。だから、今質問をしている訳で……」


「ダメだよ、それじゃあ。会話はキャッチボールなんだ。一方的な質問だけじゃ、対等とは言い難い」


 金木はスピラを振り返って、続けた。


「——そうは思わないか? 王様?」


 じっと、スピラはただ金木を見下ろす。

 王座から、彼等を見定める。


「金木君——!」


「少し、黙っててよ。委員長」


 金木の眼光が、平石を貫いた。

 たったそれだけで、彼女は何も言えなくなってしまう。


 暗然とした空気が、辺りに立ち込める。

 

 現状を整理しようか、と。

 そう言うと、金木は面倒そうに頭を掻いた。


「まず、少なくとも俺の記憶にシャルディー王国なんて国は存在しない。つまり、ここは俺たちが知っている世界ではない。王様の話を考えても——異世界ってことになる」


 金木は、至極俯瞰的だった。


「異世界? おい金木、頭がおかしくなっちまったのかよ」


「石田。俺は考え得る可能性を考慮に入れているだけだ。違ったなら、またその時考え直せばいい」


 取り巻き。

 長い物にはまかれよと言われるこの世の中、強い存在にへつらう賢い存在。


 少なくとも、石田はその一人だった。

 しかし、そんな石田をして、金木の放った異世界という単語を飲み込むことはできなかった。


 金木は続けた。


「それでもって、王様は呼びつけたと言っていた。つまり、俺たちはたまたま転移のではなく、


「その通りだ、理解が早くて助かる」


 スピラは小さく満足げな笑みを浮かべた。


「しかし、それでも見えてこない。協力者として俺たちを呼んだと、貴方は言った。俺たちに何をさせたい?」


 金木は、王座の正面に立ち、上を見上げた。


「……」


「降りて来なよ、王様。そこからじゃ、話しづらいでしょ」


 王座に向かい、語りかける。


「……いいだろう」


 スピラは、頷いた。


 王は、王座を立つと口を開いた。


「確かに、見下されると言うのは、心底不快極まりないものだ。ここに非礼を、詫びるとしよう」


 一段、また一段と階段を降り、スピラは生徒たちと向かい合った。

 

「——この世界には、十二の種族と序列が存在する。我々人間は、十二種族の中で最弱として常に蔑まれてきた。その屈辱から脱却する鍵として、君たちに協力者になってもらいたい」


 そうして、彼は続けた。


「君たちには、他の十一種全てを、滅ぼしてもらう」

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