第6話 野村、見ず知らずの王にハブられる

「滅、ぼす……?」


 涼太は呆然と呟いた。


「何、そんな非倫理的な話ではない」


 スピラはあっけらかんと肩をすくめた。


「例えば、君たちはアリの巣に水を入れて、崩壊させることがあるだろう。それと同じさ」


「王様、残念ながら、俺たちはアリの巣に水を入れることはできても、他人を殺すことはできない」


 金木は言葉を返した。


「他人? お前は、今他人と言ったか?」


 しかし、スピラは、まるでおかしなものを見るかのように、言葉を疑問を呈した。


「どうやら、僕等の間に認識の齟齬があるようだ。あいつらは、なんかじゃないよ」


「ならば、何です?」


「平気で人間を踏み躙る、理性の無い獣さ。あくまでも、奴らは人の形をとっているだけに過ぎず、人を名乗る資格は無い」


 どこか、遠くを眺めるように、スピラは語った。


 金木は再び言葉を放った。


「王様、俺は倫理的な問題について言ったんじゃない。そうする力がないと言っているんだ」


 金木が言ったことは、尤もだった。

 

 非力も同然の、一般的な生徒三十人。

 それらに他種族を滅ぼせと命じたところで、何ができると言うのだろうか。


 しかし、スピラは小さく微笑んだ。


「心配をする必要はない。君たちを異界から呼び寄せたのは、何も無計画の運任せと言うわけではないのだ」


 そこには、そこはかとない、確信のようなものがあった。

 揺るがぬ自信とも言えるだろう。


「——しかし、今日のところは小難しい話は無しだ。まずは、君たちを歓迎するところから始めたい」


 そう言って、スピラは腕を振り上げた。


 その合図に対応するように、端から衛兵が現れる。

 腰には長剣が収められ、黒のアウターをビシッと着こなしている。


「異界から訪れし英雄方、今晩は我が国最高のもてなしを以て、歓迎の儀とさせていただきたく存じます!」


 ゾロゾロと現れた衛兵たちは、たちまち敬礼をして涼太たちを囲んだ。


「こ、これは……」


「僕からの歓迎さ。今夜は、存分にこの国を楽しんでほしい」


 スピラは、皆を見渡してそう言った。


 謎は多くのこり、不可解も止まるとこを知らない。


 しかし、少なくとも王に明確な敵対意識はなく、無下な扱いをされているわけでもない。

 その事実だけを頼りに、現状を受け入れるほかない。


 そうして、一時は話し合いが終わったかのように見えた。


 しかし、衛兵に招かれようとしたその時、耐えかねたかのように、金木はスピラを見上げた。


「とりあえず今のところは、余計なことは言わないでおこう。ただ、最後に一つ、質問をしてもいいか」


「……構わない」


「秋斗。野村秋斗を知らないか? この中に、一人だけいないんだ」


 その時、生徒の間に、電撃が走ったかのような衝撃が起きた。


 涼太は慌ててあたりを見渡した。


 ——居ない。

 

 そして、金木の言葉を理解する。

 ずっと、三十人全員がこの場に転移したと思っていた。


 しかし、実際に転移したのは、それから一名を引いた、二十九人。


 野村秋斗という存在は、ここに無かった。


 涼太は歯噛みした。

 自分よりも、彼をよほど見下していた金木の方が、その人の不在に気づいたという事実に。


「ふむ、本来なら、もう一人転移されるはずだったのか……」


「俺は、ずっと気になってたんだ。確かに、王様の目的も俺たちを呼び寄せた理由も、まだ不明瞭で興味がある。だが、俺が今一番知りたいのは、どうしてあいつがここにいないのか、ってことだけだ」

 

 金木は、まるで餌を待つ犬のように、スピラの答えに期待を寄せた。


「正直なところ、どうして転移に抜けがあったのかは僕にも定かじゃないが、そうだな……」


 スピラはニヤリと笑うと、こう続けた。


「そいつが、取るに足らない存在だったんじゃないのか?」


 瞬間、金木は口角をはち切れんばかりに上げて、笑い声を響かせた。


「っ、クハハ! マジかよ! あいつ、見ず知らずの王様にすら、ハブられんのかよ!」


 それはもう、耐えきれないと言わんばかりに、金木は笑い声の限りを出し尽くした。


 それに釣られて、辺りにも笑い声が伝染する。


「確かに、野村だけいないじゃん」


「ち、ちょっと、面白すぎるかも」


 涼太は、瞳を揺らした。


「お、お前ら、正気かよ……。こんな時にも、人を見下すのに必死になって——」


「違うんだ、涼太。彼は、俺たちを笑わせてくれた。つまり、それだけ価値があっ……ブハッ!」


「金木……」


 堪えきれずに吹き出した金木を前に、涼太は呆然と立ち尽くした。

 

「あぁ! もう、本当に最高だよ……!」


 額を抑えて、金木は天を仰いだ。


「王様、俺はあなたに協力するよ。なんだかその方が面白い気がしてきた」


「それはよかった。では、僕の歓迎を是非堪能してほしい」


 ニヤリと、スピラは口角をあげた。

 

「それでは、衛兵たち、この方たちの案内を頼むよ」

 

 王の命令により、衛兵たちが先導を始める。

 クラスの中核となる金木が警戒を崩したこともあって、生徒全体も緩やかな雰囲気が漂い始めていた。


 涼太は歯噛みした。

 しかし、今はどうすることもできない。


 友人の名誉も、卑下されたままにするほかなかった。

 

 ==========


「——嘘、だろ……」


 衛兵に連れられて、部屋の外に出る。

 そして涼太たちを迎えたのは、目を疑うような光景だった。


「異界の英雄様方、これが我がシャルディー王国の、王都でございます」


 視界の奥まで立ち並ぶ、高層ビルの数々。

 宙を飛び交う、無数の飛行体。

 天から地を照らし上げるサーチライト。


 不意に吹いた風が、肌を撫でた。


 近未来。


 どこか、そんな言葉が頭に連想される。

 涼太は、空いた口を塞ぐこともできないまま、それらに目を奪われた。


「私は兵隊長、ハルク・ドマネーと申します。此度は皆様の案内役を務めさせていただきます」

 

 一人の初老の男が前に出てくると、一礼した。


 胸には金色に輝くバッジが付けられ、一際存在感が醸し出されている。


「私たち、本当に、異世界にきちゃったの……?」


「ハルちゃん、私、怖いよ……」


 そんなことを呟いたのは、生徒の花岡春奈と、鈴木綾だった。


 恐怖と不安が、人伝に伝播する。


「マジで、金木が言ってたことは、本当だったのか……?」


 石田は拳を小さく握りしめた。


「皆様、これから移動を始めますが、ただそれだけでは面白みがありませぬ」


 ハルクは目を細めた。


「それはつまり、どういうことだ?」


 金木が問う。


「見ればわかります」


 瞬間、街中が光を放った。


 天まで伸びるビルの間に、パネルが表示され、映像が映し出される。


「うわぁ、なんだ、あれ」


 そんな間抜けな声を上げたのは、クラスのお調子者、小田京介だった。


「どうやらひとつの映像みたいだね。しかも、元の世界よりよっぽど画像の質がいい」


 そんなことを呟く、映画オタクの中村洋一。


 映像には、人間が往来している様子が映し出されている。

 どうやら一昔前の画像のようで、この近未来的風景に比べたら、幾分か落ち着きのある平和な景色だ。


「人間は、知恵に富み、数々の発明を生み出してきた、誉ある種族でございます」


 不意に、ハルクが口を挟む。


「しかし、人間はその非力さゆえに、侮蔑を強いられてきました」


 ハルクがグッと拳を握る。


 すると、画面の風景に、爆風が巻き起こった。


 砂埃が舞い上がり、その間を無数の獣が駆け抜ける。

 平和だった世界は一瞬にして安寧を失い、爆風と灰に包まれた。

 

 血が飛び散った。

 家々が次々に倒壊した。

 爆炎が人々を飲み込んだ。


「獣魔族、悪魔族、獣人族。多くの種族に、人間は尊厳を踏み躙られました」


 映像は、ますます残酷さを増していく。


「そして、何より、龍神族」


 瞬間、画面の風景が切り替わった。

 

 そこに映し出されたのは、天から舞い降りる、一体の人影。


 その頭部にはツノが生え、瞳は真紅の輝きを放っていた。

 

 神々しいとすら感じるほどの、圧倒的な存在感。

 それが、画面越しからでも伝わってきた。


 ——刹那。

 世界が崩壊した。


 それはたった一人の、いや、たった一体の化け物による、破壊行動だった。


「龍神族とは、上位種の中の上位種。我々の敵であり、最大の壁でもあります」


 ハルクは続けた。


「この映像は、かつて人間が種族の一つとしてすら数えられず、数々の多種族の危険に脅かされていた時代のものでございます。我々は、この痛みを決して忘れまいと、こうして定期的に、この映像を目に焼き付けるのです」


「そんな……あんなの、倒せるわけないだろ」


 弱音とは言うまい。

 石田の言葉は、もっともだった。


 しかし、ハルクは頭をふった。


「どうか、我々の王を信じてほしい。あの方こそ、この世界の救世主。そしてあなた方こそ、救いの使い」


 ハルクが手をあげ、合図をする。

 その瞬間、画面が再び切り替わった。


 そこに映し出されたのは、通りを行き交う無数の人々。


「これが、あなた方がこれから救う、我らの民。そして、あなた方が世界を浄化し、民衆から羨望の眼差しを受けた時——」


 そうして、ハルクは言った。


「——あなた方は、英雄となるのです」

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