第24話 エピローグ
思いがけぬ再開。
言葉で現すなら、そんなところだろうか。
しかし、僕はその幼女——イリスを前にして、言葉以上の衝撃を受けざるを得なかった。
「ど、どうしてここに、お前がいるのだ!」
イリスが、僕を指さして声を上げる。
思わず後退りして、声を振るわせた。
「ぼ、僕は、ティノに助けてくれる人を紹介してくれるって聞いたから……」
「あれ? アキトと師匠って、知り合いだったの?」
ティノが首を傾げて聞いてくる。
知り合いなんてものじゃない。
「知り合いなんてもんじゃないわ!」
イリスが僕の脳内に同調した。
「——この人間! 私が親切心を働かせようとしてやった途端に逃げ出して、一体なにがどうなってあんな奇行に走ったのか、説明しろ!」
あの時のことだ。
忘れもしない、僕が申し訳なさと気まずさに突然逃亡したあれだ。
「え、えっと、それは、甘えたら迷惑をかけると思ったので……」
「そんなことで迷惑がかかるわけないだろう!」
非難されている、のだろうか。
きっと、そうなのだろう。
「アキト、この人に何かしたの?」
フェリシアがこちらを向いて、眉を寄せる。
「迷惑をかけそうになったから、迷惑をかけないように行動したら、結果的に迷惑をかけた」
「——人間よ、なぜあの時逃げ出した!」
イリスは、解せないと言わんばかりに僕に迫る。
「何故と言われましても……僕なりに考えた結果で……」
そう答えると、彼女はいよいよやってられないと言わんばかりに眉を顰めた。
「お前は……お前というやつは……本当に異常だな!?」
否定できない。
なんだったら、頷かざるを得ない。当たり前すぎて。
あの時は、僕なりに頭の中で色々考えて、正しいと思う行動をしたのだ。
それでも、僕は僕の異常から抜け出すことができなかった。
——もっと、もっと考え込まないと。
そう思うほどに、どんどん脳内が疲弊していく感覚がする。
「ふん、まぁ、それももはや過ぎたことだ。許してやる」
そう言って、師匠は話を切り上げた。
正直、ありがたかった。
「ともあれだ。ティノ、説明してもらおうか」
「説明って、なんの説明です? 師匠」
ティノが、わざとらしく首を傾げる。
「惚けるな。どうしてここに、人間がいる。それも、精霊と一緒に」
イリスが、僕とフェリシアに目を向けた。
「ですから、さっき言った通りですよ。精霊と人間が、紆余曲折あって契約したから、師匠の助けが必要って話です」
イリスは、ムムムと唸って、目を細めた。
そして僕に尋ねる。
「お前、どうしたらそんな普通じゃないことに巻き込まれるのだ?」
「それは僕の方が聞きたいです」
異世界に来てからというもの、事件に巻き込まれてばかりだ。
多分、誰かに軽く呪われてると思う。
「しかし、どうやら、本当にお前たちの間には契約関係が成立しているようだな」
「イリスは、わかるんですか?」
じっくりと、見定めるように僕とフェリシアの間を睨むイリスに尋ねる。
「分かるに決まっている。特に、お前たちの間に結ばれている契約は、今までに見たことないほど強力なものだ。一瞬で分かったわ」
今までに見たことないほど、強力?
六〇〇年生きているイリスでさえも?
「ま、まさか……」
「そのまさかだ。お前たちは相当体の相性が良いらしい」
僕は、ゴクリと唾を飲み込んで、聞いた。
「イリス。僕たちの契約、解除できそうですか?」
イリスは、一瞬の間を置いて、唸った。
「人間よ。お前に、一生を共にすることを誓った番の仲を、引き裂くことはできるか?」
「一生を誓った番? 一体、誰のことです?」
「言わせるな。お前たちのことだ」
「……っ」
僕は、フェリシアを見た。
彼女は、目を合わせて、それから視線を迷わせ、顔を逸らした。
罪悪感が、胸の内に燻る。
「契約にも深度や強度というものがある。比較的弱い関係なら、私が中に入って取り継ぐこともできたが……お前たちのものは到底無理だな。深度が深すぎる」
イリスは、そう断言した。
——あの時、確かに、僕とフェリシアが契約する以外に、道はなかった。
しかし、もう少し躊躇するべきだったのではないか。
そんな考えが、頭をよぎる。
「どうして、こんなことに……」
「——ティノから聞いたぞ。【改造人間】とやらに殺されかけた、とな」
全体の事情は把握しているらしい。
僕は頷いた。
「契約には、互いの心理状態が大きく干渉する。共鳴し合えば、それだけ、関係も深くなる。しかし——」
イリスは、フェリシアの前に立って、彼女を睨んだ。
「よく、人間に体を許したものだな。精霊」
「……私は、生きるために仕方がなかったの」
少女は、そう言って口を結んだ。
「そうかそうか。ならばお前は、今すぐにでも人間との契約を破棄したくて仕方がないか?」
「それは、別に……今である必要はないけど……」
フェリシアは、恥ずかしげに目を泳がす。
そう言われると、イリスは満足げに頷いた。
「ならば、結構。前向きに考えようではないか」
「前向きに、考える?」
尋ねる。
それが意味することを。
「お前たちは、いわば共鳴する関係にある。片方が嬉しいという感情を抱けば、もう片方がそれに釣られる。片方が悲しいと感じれば、片方もまた同じだ。互いに別々な感情を抱けば、契約の中でチグハグな状態が出来上がる」
思い出す。
【改造人間】に追い詰められた時のことを。
あの時、確かに僕はフェリシアの感情を感じた。
そして、その激情に共鳴するように、自分も動いた。
イリスの言葉を聞いた今、より、僕とフェリシアの間にある
「特に人間、お前だ。お前は、軟弱で貧弱。だというのに、精霊が傷を負えば、お前がそれを負担する。今にも折れそうな腐った木の枝のようなものだ」
なんとも酷い言われようだ。
「じゃあ、イリス。こんな状況で、何をどう前向きに考えれば良いんですか?」
「強くなるのだ。お前だ」
「僕が、
疑問を、反芻する。
「【改造人間】、だったか。お前たちの話を聞けば、相当執念深い奴ららしいじゃないか。おそらく、そいつらは再びお前たちを狙い、襲うだろう。その時、お前は強くなければならない」
強くなる。
その言葉は、表面上の意味以上に、僕の胸に突き刺さった。
「今のお前に、相棒を守る力はあるか?」
「無い、です……」
「ならば、強くなるしか無いであろう」
そうだろうか。
そう、なのかもしれない。
「だけど、イリス。僕は、どうやったら強くなれるか、わかりません」
しかしイリスは、僕の言葉に笑った。
「何を言っている? 私は、これでも師匠の身なのだぞ?」
「……え?」
イリスを見る。
それから、ティノを見る。
ティノは、静かに僕に視線を向けて、頷いた。
「そうだ。師匠は、こう見えても頼りになる師匠なんだ」
「——人間、そして精霊。私の弟子になれ」
イリスは、確かに、揺るぎなく、そう言い切った。
僕は、生唾を飲み込んだ。
「お前たちは、契約の深度が深い分、感情による干渉も大きい。しかし、感情が一つになり、共鳴が極限まで達すれば、お前たちの可能性は、無限大へと跳ね上がる。——私なら、その術を伝えることができる」
選択は、示された。
あとは、選び取るだけ。
しかし、僕は躊躇した。
——僕に、できるのか?
その疑問に、動く足を奪われる。
僕は、強くなれるのか?
僕は、弱者以外の何者かになれるのか?
「私は、いいよ。アキトに任せる」
フェリシアは、僕に択を託した。
——わからない。
僕にできるかは、わからない。
それでも、可能性があるなら。
少しだけ、期待してみたいと思った。
「イリス。僕を、弟子にしてください……!」
イリスは、笑った。
「それなら、決まりだな。私のことは、師匠と呼べ」
「……わかりました、師匠」
僕も、少し、笑ってみた。
「ならば、私もお前たちを名で呼ぼう。二人とも、名乗るがいい」
先に、フェリシアが口を開いた。
「私はフェリシア。雪の結晶の精霊。今のところは、逃亡中の身」
「フェリシアか、いい名だ。……ほれ、次はお前の番だぞ」
イリスは——師匠は、僕の方を向いた。
そういえば、そうだ。
僕は、最初から今までずっと、彼女に自分の名前を認知されていなかった。
ちょっと、呆れそうになる。
だから、ようやく、僕は自分の名前を告げた。
「——僕は、野村。野村秋斗。今のところは、弱者です」
いつか、弱者以外の何かになれると信じて。
僕は、前を見上げた。
==========
「……ハァ、ハァ……っ」
己の息がよくこだまするのが、聞こえた。
何を目の前にしているのか、分からなかった。
涼太は、瞠目する。
目前の、鎖に縛り付けられた少年を目にして。
漆黒の髪。
それから、蒼の瞳。
人間とさほど変わらない人相だと言うのに、本質的に、それと自分は違うことを、否応に認識させられた。
少年は、力無く瞼を開けて、小さく呟いた。
「姉、さん……」
無慈悲に、かき消すように、スピーカー越しに
「これより、契約を用いた上位種の奴隷化を始める。総員、好きに開始をするといい」
汗が、頬を伝っては地面に落ちた。
呼吸が荒くなる。
誰もいない、完全な密室。
対峙するは、自分と精霊の少年。ただそれのみ。
涼太は、息を震わせた。
「アキト……俺は一体、どうすれば……」
弱者野村の異世界革命 序章<完>
=========
あとがき
ここまで読んでくださったそこの貴方。
本当に、本当にありがとうございます……!!!!
作者の語りに付き合っていただき、感謝の気持ちこの上ないです。
物語はひとまず区切りとなります。
次は、次章の第一章から始まりとなる予定です。
最後になりますが、この物語に、少しでも魅力を感じてくれたと言う方。
どうか、ブックマークと、評価のほど、よろしくお願いします。
それでは、次の更新でお会いしましょう。
弱者野村の異世界革命 ないと @naitoo
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