第10話 子供は純粋
「——ついたぞ、人間」
ふと、イリスがそう言った。
猛暑は相変わらずだったが、吹いてくる風が涼しかったおかげで、どうにか意識は正常だった。
街である。
家々が立ち並び、その間を人々が練り歩いている。
——いや、正確には、人々ではない。
「お前は転移者であったな。こういった種族は、初めて目にするだろう」
獣の耳。
揺れ動く尻尾。
姿は人間でも、そこには、動物的な融合がなされている。
「もしかして、ここは……」
「あぁ、ここは獣と人間の性質を併せ持つ、獣人の国だ」
==========
尻尾がひらひらと揺れる。
耳がピョコンとうねった。
それを視線で追いかける。
すると、獣人の青年は足早に走り去って、建物の影に消えてしまった。
「イリス、なんだか、僕たちあまり歓迎されてなくないですか?」
「当然のことだ」
石造りの建造物が、視界の向こうまで続いている。
なかなか風情のある街だ。
しかし、肝心のその住民たちは、僕とイリスを見ると奇怪の目を向けた。
「獣人族は、序列第十位。彼らから見れば、私は天を仰いでも目にすることのできない、神の如き存在だ」
「ほう、なるほど」
となると、ひょっとしてイリスの隣に平気でいる僕は、相当の変わり者なのでは?
「さらに、お前は人間。序列最下位だ。彼らから見れば、その辺に転がっている石ころと同じだ」
確かに、そう言われるとそうだ。
石ころが我が物顔で街を歩いていれば、変な目で見るのも無理はないだろう。
「そうなると、僕とイリスがここに居るのは……」
「彼らからすれば差し詰め、神と石ころが仲良く談笑をしながら近所を歩いているのと同じ感覚だな」
言い得て妙、と言うべきか。
そんなヘンテコな例え話を聞くと、街の人の態度も当たり前のものに感じた。
「イリス、弱者と強者が手を取り合える日は、まだ遠いみたいですね」
「そうだな。だから、私がこうして歩み寄るのだ」
すると、横から無邪気な声が上がった。
「——あっ! イリス姉ちゃんだ!」
六人の少年少女たちが、イリスに視線を向ける。
たちまちあちこちから声が上がって、僕とイリスは可愛い獣人の子供たちに囲まれてしまった。
「ほれほれ、ヨシヨシ。私がいない間、いい子にしてたか?」
「うん! 僕、お母さんのお手伝いしてたんだ!」
「ほう、ジョエル。それはいい心がけだな。これからも続けるといい」
イリスは、自慢げに胸を張る少年の頭を、優しく撫でた。
「あっ、ジョエルだけずるい! イリスお姉ちゃん、私も撫でて!」
「お、俺も!」
次々と、イリスに子供たちが群がる。
「わかったわかった。順番だ」
イリスはどこか困ったように眉を下げながらも、嬉しそうだった。
「——人間よ、子供というのは、純粋だ」
不意に、そんな言葉を漏らす。
彼女は、至極優しい目で、子供たちを見つめていた。
「私はこの街に来てしばらく経つが、いまだに多くの者から忌避される。しかし、子供は違う」
言われてみれば、確かに子供とは怖いもの知らずだ。
言い換えれば、世間知らずとも言える。
その純粋さゆえに、龍神族であるイリスとも友好的に接することができるのだろう。
「——あ痛っ!」
その時、突然頭上に痛みが走った。
その方向を辿ると、石を投げた少年の姿があった。
「へへっ、当たった!」
「うお! やるな! 俺も投げよ!」
「おい、みんな! 人間族がいるぞ! 石を投げよう!」
立て続けに、子供達から投石される。
「痛っ! 痛っ! ちょっと、落ち着い——」
手を振って投げられる石を遮る。
すると、イリスが僕の前に立ち塞がった。
ひゅうと飛んできた石が、イリスの額に当たる。
「あ、ち、違うんだ、イリスお姉ちゃん」
「……ジョエル」
先ほどまでイリスに頭を撫でられていた少年は、力無く頭を振った。
「ごめんなさい、イリスお姉さん。僕は、そっちの人間に当てようとしたんだ」
「ジョエル、人間に謝りなさい」
「……え?」
少年は、予想の斜め上から放たれた言葉に、不意をつかれたかのような表情を浮かべた。
「イリスお姉ちゃん、ジョエルは何も悪いことなんてしてないよ」
そこに、横から少女が言葉を遮った。
少年の前に出て、庇うようにイリスを見上げる。
「確かに、ジョエルはお姉ちゃんに石を当てた。だから、そのことは謝らなくちゃいけない。でも、人間に石を投げるのは、悪いことじゃない」
「そ、そうだよ。僕、お父さんに言われたんだ。人間に遭遇したら、目一杯石を投げつけてやりなさいって」
「ジョエル……しかし、私は言ったはずだ。弱いものにも、最大限の自制を見せないと」
「違う! そんなの、間違ってる!」
少年が叫ぶと、イリスは困ったように柳眉を下げた。
「俺も、父さんに教えてもらった! 人間は弱い生き物だって。だから、俺たちが石を投げてやって弱さを自覚させてやるのが一番いいんだ!」
場を取り巻いていた少年のもう一人が、少女に続いてジョエルを庇う。
弱さの自覚は、強さへの第一歩ということか。
少し納得してしまった。
「そんなものは、詭弁でしかない。己の行いを正当化するのは、褒められた行為ではないな」
イリスの言葉に、しかし、少女は頷かなかった。
「人間は、いつも変な機械をいじってばかりで、自分自身を磨き上げる努力をしない。頭脳が他種族より優れてるからって、なんだっていうの?」
少女は続いて、僕を指さした。
「そっちの人間も、剣を振る練習をするなり、何か努力した方がいいんじゃないの? 人間が見下されるのは、人間が弱いからなんだよ」
「そうだ、そうだ! 僕たちは何も悪くない! 的にされるくらい弱い人間が悪いんだ!」
「——お前たち!」
「みんな、もうこんな奴に構ってられないよ。あっち行こう」
あっという間に、子供達は去っていく。
去り際に、少年から舌をベーと出された。
「すまない、人間。これは私の落ち度だ」
申し訳なさそうに、イリスは俯いた。
「イリスが謝る必要はありません」
しかし、これほどまでに種族間の差別がひどいものとは……。
涼太の話していた、人間の王、スピラ。
こうしてみると、彼が他種族を躍起になって嫌うというのも、無理はないのかもしれない。
ただ、果たして人間の力だけで、他種族全てを滅ぼすなんてことは、可能なのだろうか?
これだけ弱い弱い言われていると、いよいよ人間に勝機は無いような気がしてきた。
まぁ、いい。
深く考えるのは無しだ。
動向の詳細は、涼太に後で聞くとしよう。
「それにしても、子供たちが石を投げつけて来た時の目、真っ直ぐでしたね」
「ん? 言われてみれば、そうだった、か?」
そうだった。
確かに、あの子供達は、単純に僕を憎んでいた。
言葉の感じからしても、人間を見たのなんて僕が初めてで、直接何か恨みがあるわけでも無いのだろう。
ただ、彼らは親に告げられた言葉だけで、人間を嫌っているのだ。
「——本当に、子供ってのは純粋ですね」
子供達が消えていった、閑散とした路地を眺めて、僕は呆然と呟いた。
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