第17話 改造人間
「不審者……」
彼らを表すには、それが一番的確な言葉だった。
何せ、不審者届に描かれていた人物像と全てが一致するのだ。
その不気味な黒で染め尽くされた服も、十字の入った紋章も。
目で追えば、約七人程度で固まっているのがわかった。
黒ずくめの一人が、歩み寄ってくる。
それは、中でも一際大柄で、格式高い装飾を左胸の辺りにつけていた。
「さぁ、こちらに」
そいつは、僕ではなく、精霊の少女に向かって手を差し伸べた。
「どうして……どうしてアンタたち人間は、私たちを散々なぶってきた上で、そんな態度でいられるの!?」
よく見ると、少女は傷だらけだった。
頬は擦りむけて、腕には切り傷がある。
足元には泥がついて、体は病人のように衰弱している。
——満身創痍だ。
逃げるのに必死で気づかなかった。
「いえいえ、私たちは、あくまでも選択肢を与えているだけなのですよ。無抵抗で捕まるか、足掻くだけ足掻いて捕まるか」
黒ずくめは、まるで当たり前のように言った。
それに、少女は怒りを爆発させる。
「アンタたちは、一体何回私を怒らせれば——」
「いけませんね。追い詰められいるという自覚がないみたいだ」
衝撃派を放とうとした少女。
しかし、黒ずくめはその腕を掴んで少女の動きを止めた。
——いや、
確かに、黒ずくめは少女の腕に触れている。
「は、離して! ——痛っ!?」
間違いなく、幻覚でもなく、黒ずくめはしっかりと少女の腕を握りしめる。
「今まで、高次元からふんぞり帰って、気持ち良かったですか? しかしね、人間はあなたが思っているほど阿呆ではないのです」
「痛い……痛い痛い痛い!」
黒ずくめが、ますます腕に力を入れる。
その度に、少女は悲痛な叫びを漏らした。
「我々は、研究に研究を重ね、ついに次元を越える方法を見出した。それはそれは、他種族には想像もできないような努力を重ねてきたものです」
怒り。
それは、見下されていたものが、強者に下す裁き。
「人間、如きが……!」
「まだ言いますか、随分と威勢がいい」
黒ずくめは少女を投げ飛ばした。
地面に転がり、頬に泥を貼り付ける。
少女は、その両目に涙を浮かべ、腕を押さえた。
「お前たちは、いつだって我々を非力だと見下す。ただ盲目的に、その小さな頭の一つも使わずに。本当に、愚かと言わざるを得ません」
歩幅一歩分前。
そこの地面に倒れる少女に、僕は目を囚われていた。
黒ずくめは、ゆっくりとした歩調で歩み寄ってくる。
直後、ティノが僕にそっと触れた。
「アキト君、今の内に逃げ——」
「あぁ、そういえば、そちらのお二方にもお待ち頂かないとなりません」
動きかけた足が、止まる。
黒ずくめは、その不気味な布越しに僕とティノを見た。
もはや、この場から逃げるという選択肢は無くなってしまった。
「そちらの奇抜な格好の方は、もしや人間族、我らの同胞ではありませんか」
僕に向かって指を指される。
「あ、貴方がたも、人間で?」
「えぇ、そうですとも。まぁ正しくいえば、【改造人間】といったところでしょうか」
黒ずくめは、冗談くさく首を傾げた。
「改造、人間……?」
「人間科学の発展がもたらした産物ですよ。私の体には機械が組み込まれ、普通の人間では発揮することのできないパワーが搭載されているのです」
——強化人間。
どこかの小説で読んだことがある。
「差し詰め、我らは【改造人間】部隊と言ったところでございます」
「そんな、冗談みたいな……」
「冗談ではございません。そして私はこの一番隊の隊長、ジャレッドと申します」
「あぁ、どうも、これはご丁寧に」
僕が表情を引き攣らせて返すと、ジャレッドと名乗った黒ずくめは満足そうに手を叩いた。
そして、次にティノに指を向け、問いかけてくる。
「それで、そちらの小人族は、ご友人ですか?」
「あ、えと……そうなんです。僕たちは、たまたまここに通りがかっただけでして、ここは穏便に退避させていただければと——」
「そうでしたか、それは残念です」
ジャレッドは、わざとらしくため息をついた。
「我が同胞のご友人を、この手で抹殺しないといけないなんて」
僕はますます顔を引き攣らせた。
抹殺。
つまり、殺す。
「あ、あはは……本気じゃ、ないですよね?」
「本気ですとも。何せ、小人族も我らの抹殺対象。計画の一端を見られてしまった以上——口封じする他ありません」
瞬間、僕はかけだした。
一気に距離をつめ、ジャレッドに抱きつく。
「ティノ! 今のうちに逃げてください!」
「っ!」
しかし、ジャレットが動じることはなかった。
文字通り、ぴくりとすら動かなかった。
「これはこれは、我が同胞よ、この様子ですと、貴方まで殺めなければなりません」
「やめろ!」
ティノは動いた。
腰に装備していたダガーナイフを引き抜いて。
ジャレッドに肉薄する。
「ティノ、どうして……!」
「まさか、こんな状況を前にして、逃げるわけがないだろう!」
ティノはジャレッドの足元をくぐり抜けると、巻き付くようにして上半身に足をかける。
「最っ高の窮地ってやつだ」
流れるようにダガーを持ち替え、剣先を首筋に向ける。
一閃。
ジャレッドの首にナイフが入った。
「——随分と、足の速いやつですね」
しかし、それでもジャレッドは動じなかった。
「うっそだろ……」
ティノは声を震わせた。
まるで通る気配の無い、手元のダガーナイフを握りしめて。
衝撃が腹を震わせる。
ジャレッドの蹴りを喰らったと気づいたのは、一瞬後だった。
「ごへっ!?」
吹き飛ばされる。
「アキト君!」
「人の心配をしている場合では無いですよ」
間も無く、ティノに向かって追撃の拳が飛ぶ。
肌の皮一枚分、頬をかする。
ティノはかろうじて拳を躱した。
同時に慣性を利用してジャレッドの足元に着地する。
ティノは懐から白色の玉を取り出した。
そしてそれを地面に叩きつける。
たちまちモクモクとした煙が辺りを覆った。
「煙幕、ですか」
「アキト君!」
呼ばれて、僕はハッと意識を取り戻した。
「飛ぶんだ! そこから!」
飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。
——飛ぶ?
どこから?
——ここから。
どこに?
——渓谷の底に。
一瞬、ためらった。
でも、同時に、逃げ場なんてそれ以外にないとも悟っていた。
後ろを振り返ろうとして、合う目線。
少女の、悲痛な目線だ。
絶望を見て、自分の無力さを痛感して、黒く染まった瞳。
自分を、鏡で見ているとすら感じた。
白い煙の中から、向かってくるティノの影。
僕は、手を伸ばした。
少女の手に触れる。
確かに、触れた。
そして、引き寄せた。
「——いまだ! 飛べ!」
グッと抱き寄せる。
もうためらいはない。
どうにでもなってしまえ。
僕は、崖から飛んだ。
==========
「——申し訳ありません、隊長。不注意でした」
崖の上。
ジャレッドに、黒ずくめの一人が頭を下げた。
ジャレッドは、野村が落ちていった渓谷の先を、じっと見つめた。
「不意をつかれましたね」
標的を逃がした。
それは、人間国の王に命じられた特殊部隊、
煙が晴れた空間。
小人族の少年も、精霊族の少女もいなくなったのを見て、ジャレッドはつぶやいた。
「それと、手癖の悪いのが、一人いたようです」
崖の上から、底を見下ろす。
下は真っ暗闇で、何も見えない。
「隊長、標的はもう、致命に至ったと考えるべきでしょうか」
「いいや、そう簡単に結論付けてはいけません。少なくとも、精霊ならこの程度で死ぬことはない。例え、私たちに傷を負わされていたとしても」
途方もない高さ。
そこから落ちたとすれば、ダメージはどれほどのものだろう。
きっと、ただでは済まされないはずだ。
しかし、ジャレッドは心得ていた。
標的が絶命するのをその目で見るまで、死を決定付けてはいけないと。
「あの人間と小人も、死んだとは限らない。生きているにせよ、死んでいるにせよ、あの三人をこの目に収めるまで、幕引きとするわけにはいきません」
ジャレッドは振り返った。
「追え。地の果てまでも。王に命じられた任務は、我々が命を賭してでも為すべき使命」
あの二人も、からなず抹殺する。
精霊も、王の元へ連れて帰る。
「我らの王、スピラ様に与えられたこの任務。必ず、遂行するのです」
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