第8話
そんなのは当然の考え方だった。
多少の犠牲のおかげて街の人たち全部が助かるので、イケニエとして選ばれる人たちもそれを誇りに感じているものだった。
『では、盛大に盛り上がるように計らおう。そうすることできっと神様も喜んでくれる』
そして考え出されたのが、今回のイケニエには年齢制限をつけないということだった。
当然街人たちの中には不安がる者も出てきた。
自分の小さな子どもたちが万が一にでもイケニエに選ばれることがあったらと、小さな子どもを持つ両親は気がきではなかった。
『そんなことをしてほしくて言ったんじゃありません』
ある夜、長の妻は長くてしなやかな髪の毛を腰までたらし、悲しげな表情を浮かべて言った。
すでに布団に入っていた長は眠気に襲われながらも目を開けて、妻の言葉に耳を傾けた。
『しかし、儀式の中心は神にある。神が喜ばない儀式などできない』
長の言い分は理解できた。
けれども納得はできていなかった。
隣の家に暮らす若い夫婦には可愛い赤ん坊がいて、妻は毎日のようにその子の顔を見に出かけていたのだ。
もしもその赤ん坊がイケニエに選ばれでもしたらと、想像するだけで恐ろしくて胸が張り裂けてしまいそうになる。
『でも、小さな子どもがイケニエになって街の人達が黙っているとは思えません』
『30代以上の者ならイケニエにしてもいいと判断したのにか?』
長はふんっと鼻で笑って妻の意見を却下した。
イケニエ自体がひどい行為だということはわかっている。
それでも人々はみんなそれを容認してきたのだ。
そして、妻の意見は聞き入れられることなく雨乞いの儀式当日が来てしまった。
その日、長はいつもどおり三福寺へ出向いた。
雨乞いのイケニエを決めるときには必ずここへ来て、まずは自分の身を清めるのだ。
慣れ親しんだ神主にお祓いをしてもらい、そして持参した貝殻を床に並べた。
10個の貝殻を投げて裏を出した数と表を出した数で、方角、イケニエの年齢、性別が決まる。
その中で合致している者をピックアップし、更に貝殻を振ってふるいにかけるのだ。
『今回は年齢制限をやめたんですね』
お祓いを済ませた後、儀式の準備をしている長へ向けて神主が聞いた。
『そうです。今回だけは特別なんです』
長は嬉々として答えた。
幼子までイケニエの対象になるかもしれない今回の儀式は、街の者から批判的な声も聞こえてきていた。
それはどれも妻が口にしたのと同じような内容のものばかりで、つまりは自分の子供、自分の欲しっている子供が選ばれたくないからだという、それだけの理由だった。
『方針を変えるつもりはないんですね?』
神主の言葉に驚いて長は顔をあげた。
『まさか、あなたも反対意見をお持ちですか?』
『いえ、そんなことではありません。しかし今回はお守りがよく売れましたのでね』
神主が遠回しに街の人々がかなり不安を抱えていることを伝えると、長はため息を吐き出した。
『いずれにしてもイケニエは必要なものなんですよ』
呟くように返事をして、貝殻を空中へ投げたのだった。
☆☆☆
その年のイケニエがすべて出揃ったとき、長は微かに表情を引きつらせていた。
その場に立ち会っていた神主はなんとも言えない表情で、ただ黙り込む。
貝殻の占いによって導きだされた5人の名前はわら半紙に墨で書かれ、重々しく壁に飾られていた。
石原健太。
松本明代。
片山浩太郎。
谷口美保。
西原明彦。
どれもまだ幼い、5、6歳の少年少女たちだった。
まさか5人全員が子供たちになるとは思っていなかった長は、さすがに自分のしたことの重大さを認識し始めていた。
額には脂汗が浮かび、さっきから顔色も悪い。
『やり直しはしませんか?』
神主の言葉に長は左右に首を振った。
占いの結果は絶対であり、それを勝手に変えることなど許されるはずがなかった。
神の意志に背くことと同意なのだ。
『それはできない。絶対に』
長がかすれた声で言い、額に滲んだ汗を手の甲で拭う。
『では、この子たちを本当にイケニエにするんですか?』
神主の声は長を攻めていた。
占い結果がどれだけ大切なものなのか、神主もよく理解している。
けれども責めずにはいられなかったのだ。
『ではどうしろと言うんですか?』
長に聞かれて神主は黙り込んでしまった。
普段から神につかえている身としてはこれ以上のことは言えなかった。
その代わりに長をその場に残して、1人部屋を出ていってしまったのだった。
☆☆☆
イケニエが決まったことは街の者たちに知らされた。
しかし誰がイケニエに選ばれたのかは誰も知らないままだった。
妻から『子供が選ばれたりはしていませんよね?』と念を押すように聞かれても、長はなにも答えなかった。
今までは妻にだけはポロリとイケニエの情報を漏らしてしまうことがあったが、今回だけは絶対に漏らしてはいけなかった。
そして、雨乞いの祭りがやってきた。
大人たちも子供たちも朝から落ちつかず、街の中を無意味に歩き回ったり、まだ芽が出るには早すぎる作物の様子を見に行ったりしていた。
『やめてください! どうか、助けてください!』
儀式のために必要なイケニエを集める時間になったとき、一軒の家で母親の悲痛な叫びが響き渡った。
『占いで決まったことだ』
長は低く小さな声でそう言うだけで、子供連れて行く若い男たちをとめることはしなかった。
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