第10話
それからまた眠りにつくために目を閉じたとき、部屋にノック音が聞こえてすぐに目を開けてしまった。
佳奈と春香は目を見交わせて「はい」と、返事をする。
返事と同時にドアが大きく開け放たれて明宏が入ってきた。
なぜかジーンズとTシャツという動ける姿で部屋に入ってきた明宏に佳奈はまばたきをする。
「2人共起きて、行こう」
「行くってどこへ?」
佳奈が聞き返すと、明宏は呆れ顔になった。
「昼間話しただろ? 今日も地蔵へ行ってみるんだよ」
「地蔵へ?」
春香が怪訝そうな表情になった。
そういえば昼間そんな話をしていたような気がする。
その後ガイコツを探したりして、すっかり忘れてしまっていたことだった。
「うん。もしかしたら今のイケニエたちに会えるかもしれないからな」
☆☆☆
それから10分後、佳奈と春香は大急ぎで着替えをして玄関先に集合していた。
明宏の言うように今のイケニエに会って話をすることができれば、またなにかヒントを得ることになるかもしれない。
それが無理だとしても、探し場所のめあすを相手に教えることもできる。
最も、今イケニエになった人たちは別次元の同じ空間にいると考えた方がいいけれど。
「よし、行くか」
全員集まったところで大輔が大股に玄関から外へ出た。
今日は満月のようで街灯がなくても周囲はとても明るい。
「まるでいつもの夜中みたいだな」
歩きながら明宏が警戒心をむき出しにして周囲を見渡している。
確かに、道には野良猫一匹見つからず物音ひとつ立たない。
自分たちの足音がやけに大きく聞こえてくるほどだ。
今日は武器を持参してこなかったけれど大丈夫だろうか。
そんな不安に苛まれる光景だ。
それから先は4人共無言であるき続けた。
歩けば歩くほど、この夜は本当に普通の夜なのか不安になってくる。
それくらい静かで生き物に出会わない夜だった。
そして地蔵が見えてきたとき、先頭を歩いていた大輔が足を止めていた。
それに釣られるようにして全員が足を止める。
「おい、見えるか?」
大輔に聞かれて佳奈たちは頷いた。
地蔵の前に3人の若者が座って談笑しているのだ。
3人は地面にブルーシートをひき、酒とツマミに手を伸ばしている。
花見にしては時期が違いすぎるし、なにかの祝い事だとしてもこんな時間に地蔵の前でやるのはおかしすぎた。
4人は互いに目を見交わせて警戒心を強め、再び歩き出す。
近づくにつれて3人の笑い声が大きく聞こえてきて、真夜中の沈黙を切り裂いた。
そしてその中の1人がこちらに気がついて笑顔を消した。
「あんたたち、人間?」
声をかけてきたのは暗闇の中で輝いて見える、金色の髪の毛をした女性だった。
金髪の女性の声に反応してあとの2人も視線をこちらへ向ける。
1人は赤毛の男。
もう1人は黒髪をツンツンに立てた男だった。
3人共随分と飲んでいたようで酒臭い。
「人間よ」
答えたのは佳奈だった。
それを聞いて3人が目を見開く。
「どうしてこっちの世界にいるんだよ。ここは俺たちと化け物しかいないはずだ」
赤毛の男がフラリと立ち上がって睨みつけてくる。
自分たちと化け物しかいない世界。
そう聞いて明宏が息を飲んだ。
「そうか。僕たちはまたこっちの世界に入ってくることができたのか」
ブツブツと呟く。
その意味を他の3人も理解した。
首探しのときには他の誰にも会うことができなくなる。
それなのに、自分たちがこちらの世界に入り込んだせいで、繋がれてしまったのだ。
「僕の名前は鈴木明宏」
明宏は自分から名前を名乗って敵意がないことを示してみせた。
他の3人も同じように自己紹介していく。
相手は黙ってそれを聞いてくれていた。
「私は智子。原田智子よ」
金髪の女性がそう言って微笑んだ。
笑うと幼さがにじみ出て、もしかしたら同年代くらいなのかもしれないと感じた。
夏休み中ならいくら髪色を変えたって怒られることもないだろうし。
「俺は亮一。こっちのツンツン頭は一生」
赤毛の男がそれぞれ紹介してくれた。
「俺たちはこの地蔵に選ばれたんだ。だからここにいる。お前らは?」
赤毛の亮一が首なし地蔵へ視線を向けて説明した。
「俺達もだ。そこに友達の首がついてる」
大輔が慎也と美樹の首を顎で示して見せた。
3人は驚いた様子で目を丸くし「そう。あんたらもイケニエだったんだ」と、智子が悲しげに目を伏せた。
「だけどイケニエはもう俺たちに変わった。それなのにどうしてこっちの世界に入ることができたんだ?」
一生からの質問には誰も答えられなかった。
「わからない」
明宏が素直に答えて左右に首を振ってみせた。
もしもこれまでのイケニエたちが全員こっちの世界に入ることができていれば、情報をすべて共有して首取りなんて怖くなくなってしまう。
だからきっと、佳奈たちが経験していることは異例なのだろうと感じていた。
「それにあんた。さっきからポケットに何入れてるの?」
智子が佳奈を指差してそう言った。
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