第17話

そんなことを言われたとは思っていなくて、一瞬頭の中が白く染まる。



そしてゆっくりと顔を上げて親友の顔を見つめた。



『なんだって?』



『無理だって言ったんだ。だってお前の家は……』



そこまで言って親友は口を閉じた。



そこから先はなにも言わなくても理解できた。



まさか親友がそんなことを言うとは思っていなかった。



衝撃が大きすぎてすぐに何かを言い返すこともできずに呆然としてしまう。



その間に親友はどこかへ行ってしまっていた。



親友が自分へ向けてそんなことを言ったのは、それが最初で最後だった。



後からあの時は彼女にフラれてむしゃくしゃしていたのだと説明され、謝罪もしてくれた。



それでも一生の中から親友という存在は消え去ってしまい、戻ってくることはなかった。



本当は自分でも薄々気がついていたのだ。



どれだけ勉強をしても、どれだけ頑張っても自分には無理なのではないかと。



それを突きつけてきたのが信じていた親友だった。



それから一生は医学書を読むことが完全にやめた。



彼らの話を聞いているととても信じられないことが多く出てきて、佳奈は口を引き結んだ。



世の中には理不尽なことが数多くあることはわかっている。



けれど、彼らの周りだけに集まり過ぎているような気がするのだ。



「俺たちはこの街の人間が大嫌いだ」



最後に一生は吐き捨てるように言って終わらせた。



けれど一生も亮一の智子も佳奈たちに話せなかったことがある。



自分たちが人殺しと呼ばれたり、あの家の子供だと指を刺されていることだ。



それを言えば自分たちの絆はこわれてしまう。



だから、言えない。



「だから首を探さないのか」



明宏が怒りを込めて尋ねる。



声は低く、目元はつり上がっている。



「そうだよ。こんな街地蔵たちに壊滅させてやったらいいんだ」



智子が大きな声で笑って答える。



もしも自分が智子と同じ立場だったらどうだろう?



自分をイジメて、蔑んできた人間たちを一網打尽にすることができるのだ。



これはまたとないチャンスだと考えるかもしれない。



その反面で首がついてしまった人たちは智子と時間を共有してきた友人らに違いない。



それぞれに苦難を抱えていたとしても、一緒に頑張ってきたはずだ。



そんな友人らを見捨ててしまうのは佳奈には理解できなかった。



空を見上げると随分と白みがかってきている。



夜明けまでもうほとんど時間がない。



せっかく首を見つけたのに、これではなんの意味もなかったことになってしまう。




「お前らの言い分はよくわかった。でも今は首を運んでくれ!」



強い口調でそう言って頭を下げたのは大輔だった。



誰かに頭を下げてなにかをお願いするようなタイプではないので、佳奈は驚きで目を丸くした。



隣に立っていた春香が慌てて同じように頭を下げる。



それに釣られるようにして佳奈と明宏も3人へ向けて頭を下げた。



「お願いします! 頭を運んでください!」



春香が声を震わせて懇願する。



それを見て3人が目配せする気配があった。



「そこまでして頭を運んでほしいのかよ」



一生の声に佳奈たちは顔を上げた。



その声がとても穏やかで優しいものだったから、理解してくれたのだと思った。



けれど、顔を上げた時に目の前にあった一生の顔はニヤけた笑みに包まれていて、胸に膨らんだ期待は一瞬にしてしぼんでいってしまう。



「それならお前ら全員、土下座しろよ」



一生の言葉に亮一と智子が楽しげに手をたたき、はしゃいだ笑い声を上げる。



「土下座って……」



佳奈は愕然として呟いた。



このごに及んでまだそんなことを言うなんて思ってもいなかった。



太陽は刻一刻と夜明けを近づけていて、今から頭を運んで間に合うかどうかもわからない状態になっている。



それならこいつらの言うことなんて無視してしまえばいい。



そう思ったが、佳奈は動くことができなかった。



大輔が頭を下げたまま動かないからだ。



「どうした? 俺たちじゃないと頭に触れることもできないんだろう?」



一生の声が笑いを含んでいる。



まるで今まで自分たちがやられた理不尽な仕打ちを、佳奈たちに返しているような気さえしてくる。



悔しくて知らない間に奥歯を噛み締めていた。



その怒りに気が付いた智子が佳奈に近づいてきた。



佳奈は反射的に後ずさりをして距離をとる。



「こんな風にバカにされて、悔しいよねぇ?」



「わかってるんなら、頭を運んでくれたらいいじゃない」



佳奈は強い口調で言い返す。



ここで喧嘩をしてはいけないと理解しているけれど、つい智子を睨みつけてしまった。



「世の中、そんなに都合のいいことってないんだよ? 理不尽にイジメられるし、理不尽に踏みにじられる。それが普通なんだよ?」



少なくても、高校に入学した後の智子にとってはそうだった。



なにもしていなくても蔑まれ、疎まれて、邪魔者扱いを受けてきた。



イケニエに選ばれた今回の5人は学校で浮いている生徒たちの集まりでもあった。



みんなといれば自分だけが異質なのではないとわかる。



みんなといればここに自分の居場所があるとわかる。



夏休みに入ってから奇抜な髪色や派手なメークをしはじめたのだって、このメンバーで決めたことだった。



学校にいるときには絶対にできないことをしてみよう。



そう、決めていたのだ。



もし派手な格好をしているときに他の生徒にバッタリ出会うことがあったら、それはそれで楽しそうだった。



新学期から自分たちを見る目が変わるかも知れないという期待も、ほんの少し持っていた。



「だけど、友達なんでしょう!?」



佳奈が泣き出してしまいそうな悲痛な悲鳴を上げた。



その反応に智子が一瞬ひるむ。



しかしそれは、本当に一瞬の出来事だった。



「そうだよ、友達だよ。同じ目的を持った、友達」



智子はそう言うと地蔵の頭になってしまった友人、翔太の頭をなでた。



「みんなこの街が壊滅すればいいと思ってた。だから、首を探さなくてもいいって」



そんな……!



智子の話に佳奈は愕然としてしまう。



最初から首を探す必要がないを決めていたのなら、誰も危険を犯してまで首を探し出そうとはしないはずだ。



それが友人同士の約束ごとなら、智子たちはしっかりとそれを守っているだけなのだ。



たとえ自分が首を切られる番が回ってきたとしても、先に地蔵に首がついている仲間がいれば怖くない。



智子たちはきっとそう考えているのだろう。



あぁ、もう朝になってしまう。



これだけ説得しても智子たち3人は誰も首のあった場所を質問してこなかった。



最初から探すつもりがないからだ。



呆然として立ち尽くしていたとき、大輔がその場にヒザをついた。



そのまま上体を下げて頭を地面につける。

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