第18話
「お願いします! 頭を運んでください!」
大輔の声が夜の街に響き渡った。
「なんだよこいつ、マジで土下座してるし」
一生が引きつった笑みで大輔を見下ろす。
「それってちょっと引くんだけど」
智子が乾いた笑い声をあげる。
もう、佳奈たちには言われた通りのことをする道しか残されていなかった。
だから大輔はどれだけ理不尽でも、土下座を受け入れたのだ。
次に弾かれたように明宏が土下座をした。
「お願いします! 頭を運んでください!」
大輔と同じように地面に額を擦り付けて懇願する。
その様子に熱いものが目の奥にこみ上げてくるのをを感じた。
春香と佳奈がヒザをついて頭を下げたのはほぼ同時だった。
「お願いします! お願いします!」
4人並んで、声を揃えて懇願する。
その様子に今度は智子が後ずさりする番だった。
ついさっき自分たちの身に降り掛かった出来事を説明したばかりなのに、それなのにまだこの街を守ろうとしている。
この4人にとってこの街はどんな風に写っているのだろうか。
「何だよお前ら、気持ち悪りぃな」
亮一が顔をしかめて猟銃を手にした。
大輔の頭部に狙いを定めて引き金に指をかける。
「おい、さすがにそれはまずいぞ」
「わかってる。別に本気で打ったりしねぇよ」
一生に止められて軽く舌打ちをする。
本来は銃口を人間に向ける時点でアウトだ。
大輔の額からは冷や汗が流れ出し、唇は青色に変色していた。
「でも気持ち悪りぃじゃねぇか。なんだよこの茶番劇」
亮一は猟銃の銃口で大輔の頭部を押さえつけた。
グリグリと力を込められて痛みが走る。
それでも大輔は耐えた。
本来ならとっくに切れていてもおかしくないのに、グッと奥歯を噛み締めて我慢する。
「どうか……お願いします……」
銃口を突きつけられたままで懇願を繰り返す。
それはまるで命乞いをしているようにも見えた。
「まだ言うのかよ。本当に撃ち殺すぞ?」
亮一が大輔にしか聞こえないように小声でそう脅したときだった。
街に朝日が差し込んできた。
その眩しさに佳奈はハッと息を飲んで顔を上げる。
山の向こうから黄色い光が街を包み込んでいて、その光はここまで照らし出している。
「朝だ」
一生が静かな声で言い、亮一がようやく銃口を下ろした。
大輔が肩で大きく深呼吸をして顔を上げる。
朝日は首無し地蔵も照らし出す。
そこに浮かび上がってきた地蔵には、4つ目の首がしっかりとついていたのだった。
慎也の家に帰宅した後も、彼らのしたことがまだ信じられなかった。
あれこそ一番の悪夢ではないかと思えるくらいだ。
「いくらこの街の人間に恨みがあるって言っても、性格が悪すぎる!」
春香はさっきから苛立ったようにリビングの中を歩き回っている。
大輔に銃口が向けられたことに相当腹を立てている様子だ。
もしもあのと猟銃が発砲されていたら?
佳奈もそればかりが頭の中に浮かんできてしまっていた。
でもとにかく、今回は誰も傷つくことなく戻ってくることができたのだ。
それだけが救いだった。
「このままじゃ5体目にも頭がついてしまうな」
ソファに座って顎に手を当て、ずっと考え込んでいた明宏が呟く。
「そうだな。あいつら絶対に今日も首を探さないだろ」
大輔が吐き捨てるように言う。
彼らに首を探させることも、首を運ばせることも難しいということは、今晩の出来事でよくわかった。
「あいつらの言っていることが本当なら、5つ目の首がついたらこの街は壊滅するんだよね?」
春香の言葉に明宏は難しい表情をしたまま頷いた。
「そう言ってたな。明治45年頃のイケニエたちが目覚めるのかもしれない」
「それを阻止することができればいいんだけどな……」
大輔が呟く。
この街の壊滅を防ぐ方法は首を探すことだけだろうか?
他になにかあるんじゃないか?
そう考えた4人は10時になるのを待って、再び図書館へやってきていた。
前回読んだ資料はすでに写真に収めているから、今回は別の資料を読むつもりだ。
「都市伝説とか、そういう系統の本のほうがいいかもしれない」
明宏が選んだのはこの街で伝わっている伝説系の本だった。
「それって役立つの? ただの言い伝えとかだよね?」
佳奈が首をかしげて質問するが、明宏は自信満々に頷いた。
「うん。今回のことだってホラースポットへ行ったことがキッカケになっただろ。都市伝説と大差ないよ」
そう答えてページをめくる。
他の3人も明宏に言われたとおりこの街の伝説や伝統について記載されている資料を読んでいくことになった。
生まれ育った街だけれど、知らない祭事やイベント事が想像以上に多くて目を剥いてしまう。
膨大な資料を読んでいくうちに時間はあっという間に過ぎていく。
「あった!」
明宏がそう声を上げたのは図書館へ来て3時間が経過した頃だった。
とっくに昼の時間は過ぎていて、そろそろ休憩したいと思っていたところだった。
「あの地蔵について書かれてる」
それは子供向けの都市伝説の絵本のようで、ページには首無し地蔵が描かれている。
実物はもっと物々しい雰囲気を醸し出しているのに対し、絵はどこか懐かしみのある柔らかなタッチのものだった。
子供が怯えすぎないように配慮してあるのかもしれない。
「この物語の内容は、首無し地蔵が自分たちの頭を探して歩くストーリーになってる」
もともと首が作られなかった理由は記載されておらず、5体の地蔵がひたすら首を探すというものだ。
そして1体。
また1体と自分の首を見つけていく。
そして5体目の首を見つけたシーンでは、地蔵たちはみんな笑顔だった。
最後の首は丘の上にあり、夕焼けに染まる街を見下ろしている。
「絵本だから街を壊滅させるラストシーンなんて書かないんじゃない?」
横から絵本を見ていた春香が言う。
しかし明宏は絵本の中に隠されている事実を見つけていた。
「いや、街は壊滅してる」
「え?」
佳奈は首をかしげて絵本の最後のページを見つめた。
それはどう見ても、丘の上に立つ地蔵たちが街を見下ろしている絵だ。
「街がオレンジ色に染まっているのは夕日のせいじゃない。爆発が起こっているんだ」
明宏に言われて佳奈たちは目を見開いた。
「街が爆発?」
「ほら、ここ」
明宏が指差したところは太陽の中心だった。
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