第19話

そこから街はオレンジ色に染まっている。



だから、佳奈たちはこれが夕日だと考えたのだ。



「太陽はこっち」



明宏が指を本の隅へと移動させた。



それは空の一番隅の方に描かれた黄色い丸だった。



よく見ないと気が付かないほど小さく、オレンジ色に隠れてしまっている。



「え、これが太陽? じゃあ、このオレンジ色の光は?」



佳奈が混乱して聞く。



「オレンジ色の中央でなにかが爆発を起こしてるイラストだ。子供向けだからそこまで気が付かないそうに描いたんだと思う」



明宏は早口に説明した後、スマホを取り出してテーブルに置いた。



画面にはファイル内にあった資料が表示されている。



「寝る前に少しずつ読み進めていたんだ。このファイルには気になることがまだまだ書かれていた。子供たちがイケニエになった明治45年。不思議なことが起こっているんだ……」


☆☆☆


明治45年。



長が決めたことによって、幼い5人の少年少女がイケニエになった。



『街の人たちは随分怒っていますよ』



『わかってる。だけど今年もしっかりと雨が振ったじゃないか』



雨乞いの儀式は大成功を果たし、今年もたっぷりの雨がこの街を潤してくれた。



それは紛れもない事実だったので、長は妻の辛辣な意見にもあまり耳を貸さなかった。



人から恨まれることは長になれば誰でもついてまわる困難の1つだった。



1つの街を束ねるということは、それだけのリスクを伴うことでもある。



それなのに妻は少し気にしすぎなのだ。



長はあくびを噛み殺して布団に潜り込んだ。



今日も朝早くから街人に呼び出されて用水路の点検や土砂崩れの起きた山の様子を見てきたから、体は疲れていた。



妻はまだこれから縫い物をするようで隣の部屋にから薄明かりが差し込んでくる。



先に寝ていてもなにも言わない妻なので、長はそのまま目を閉じた。



明日の朝はまた忙しくなるんだ。



すでに終わったイケニエのことなど気にしている暇はない。



半分自分へ言い聞かせるようにして眠りについた。



いつもなら夜中目が覚めることもなく、朝までぐっすりと眠れる長だが、この日は胸に苦しさを覚えて目を開けた。



妻はすでに眠っているようで隣の部屋からの明かりは見えない。



真っ暗な闇の中で自分の胸に手を伸ばしてみようとするが、なぜだか体がこわばってしまって少しも動かすことができないのだ。



なんだこれは!?



焦って声をあげようとするが、声は喉の奥に張りついたまま出てこなかった。



隣で眠っているはずの妻へ視線を向ける。



妻の布団はちゃんと盛り上がっていて、腹部の辺りが上下に規則正しく動いている。



そうしている間にも胸の苦しさは増していて、呼吸をするだけでも痛みを感じるようになっていた。



どうにかして隣の妻を起こそうと試みるけれど、やはり体は動かない。



突然訪れた病に冷や汗が流れて全身が冷たくなっていくのを感じる。



普段から不摂生をしていたつもりはない。



それどころか人よりも勤勉に働き、しっかりと動いていたはずだった。



長はどうにか動かすことのできる目玉だけで妻の方へ視線を向けた。



さっきから布団の動きばかりが見えていて、その顔を確認することができていなかったのだ。



そして顔を見た瞬間長は呼吸をすることも忘れてしまった。



布団から出ているはずの妻の顔が、ないのだ。



暗闇で見えないのではない。



白い首までは布団から出ているのは見える。



けれど、その先が見えないのだ。



ぎゃああああっ!!



悲鳴は喉まで出かかって、けれどやはり声になることはなかった。



妻の首がなくなっているという事実を知った直後、長は自分の胸の上に5人の子どもたちが座っているように見えた。



透けた体が重なり合うようにして乗っかっっている。



しかし、それをしっかりと確認するより先に、意識を失っていたのだった。


☆☆☆


長が変死したことは翌日街中に知れ渡ることとなった。



発見したのは妻で、朝目が覚めたらすでに息がなかったということだった。



ただ、妻が夜中に一度目を覚ましたとき5人の子どもたちが部屋から出ていくのを見たと証言した。



その後ろ姿はイケニエになった子供たちそっくりだったという。



しかしその証言については妻が日頃からイケニエについて気にしていたことで妙な夢を見たのだろうということで聞き入れてもらえなかった。



『あの子たちが戻ってきたに決まっているのに。それで夫を連れて行ってしまったんだ』



妻は親しい友人らにそう話して回った。



その話を信じる者もいたけれど、ほとんどの者が妻は狂ってしまったのだと判断して相手にしなかった。



そんなことがあったある日のことだった。



『大変だ! 工藤さんとこの旦那さんが変死した!』



その知らせは長が死んでちょうど一週間後にやってきた。



大急ぎで工藤家へ向かった妻は、ちょうど死体が運び出されるところを目撃した。



工藤の夫は白目を向き、胸をかきむしるようにして固まっていたのだ。



それは自分の夫が亡くなったときと全く同じ様子で、更に工藤は雨乞いのイケニエに深く関わっている人物の1人だった。



それを見た瞬間妻は震え上がった。



『奥さん、あなた5人の子供を見ましたか?』



青ざめて泣きじゃくる工藤の妻へ駆け寄って容赦なく質問する。



悲しんでいる工藤の妻をうやまう暇などなかったのだ。



すると工藤の妻はハッと息を飲んで目を見開くと、そのまま家の中に駆け込んでしまったのだ。



その反応は子どもたちを見たと断言しているのと同じだった。



やっぱりそうなのだ。



イケニエになった子どもたちが戻ってきたんだ!



それからもイケニエに携わった人々が朝になって死んでいる事例が多く起こった。



それ以降どれだけ水不足が続こうが決してイケニエの儀式を行うことはなく、更に子どもたちの怨霊については広くたかり継がれる事になっていった。



『あの子たちはいつかこの街に復讐しに来る。この街を壊滅させにくる』



年老いて寝たきりになった長の妻は、死ぬ間際までそうつぶやいていたのだった。

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