第15話
☆☆☆
『智子、こっち来なよ』
学校の渡り廊下を歩いて昇降口へ向かおうとしていた智子を引き止めたのは、クラスでも派手系グループの栄子と和子の2人組だった。
2人は学校内でも構わず濃い化粧をしてピアスをつけて、髪色も変えていた。
その一方智子は模範的な生徒で制服はキチンと着て、ピアスも付けず髪色も黒から変えていなかった。
一見なんの接点もないように見える3人だが、智子はこのごろよくこの2人に話しかけられるようになっていた。
『え?』
時刻は放課後で、別館にある図書室へ本を返しに行ったところだった。
智子は立ち止まって2人を見上げる。
2人とも智子よりも5センチほど背が高く、横幅は智子の倍はありそうだった。
そんな2人に狭い渡り廊下を塞がれたらもう動くことはできなかった。
『ちょっと相談があるんだよね』
栄子はそう言いながら智子の腕を掴んで歩き出した。
力の強さに思わず顔をしかめる。
この2人が影で相撲取りと呼ばれるゆえんが、見た目とこの力の強さにあった。
そうして連れてこられた先はさきほど出てきたばかりの図書館の上の階に位置する、多目的教室だった。
この教室は随時空いていて自習に使うことができる。
今その教室の中には誰の姿もなかった。
中に入ると同時に和子が後ろ手にドアを閉める音が聞こえてきて智子は咄嗟に振り向いた。
そんな智子へ和子が視線を向けてニヤリと笑う。
『ねぇ、この前貸してあげたマンガなんだけど、ちゃんとしたのを返してくれない?』
『どういうこと?』
確かに栄子にマンガを借りて読んでいた。
けれどそれはちゃんと返したはずだ。
それになによりも、智子はそのマンガに興味はなかった。
それを強引に押し付けてきたのだ。
栄子がそれほど好きなマンガなら自分も読んでみよう。
これをきっかけにもっと仲良くなることもできるかもしれないし。
そんな気持ちだった。
『智子から返ってきたマンガ、これだよ?』
そう言ってカバンから取り出したのは表紙がビリビリに破れたマンガだった。
栄子が中を開いてみると、食べ物や飲み物のシミがこびりついている。
『知らない! 私、そんなことしてない!』
きっと栄子の勘違いだ。
智子は本を読むことが好きで、自分で購入した本も大切に扱っていた。
それなのに人から借りた本をそんな風に汚してしまうなんて、ありえない。
『なに言い訳してんの?』
後方から和子の低い声が聞こえきて血の気が引いていくのを感じた。
『でも、本当に私じゃなくて……』
声が震える。
どうしてこの2人が最近自分に話しかけるようになったのか、ようやく智子は理解したのだ。
『私が自分でこんなことをしたって言うの? すごく好きな作品だったのに』
栄子の声が涙に滲む。
まずい!
そう感じてドアへと駆け寄る。
しかし鍵が掛けられていて、モタモタしている間に和子に引き戻されてしまった。
どちらも筋肉質で華奢な智子なんて到底敵わない相手だった。
『ど、どうすればいいの?』
とにかく早くこの教室から出たくて、智子は震える声でそう聞いていた。
その瞬間2人が目配せをしてニヤリと笑う。
その笑みに強い寒気を感じて智子はうつむいた。
『ちゃんと弁償してよ。それで許してあげる』
栄子の言葉に智子は内心安堵していた。
マンガ一冊なら400円くらいだ。
そのくらいならまぁいいかと思ってしまったのだ。
智子は『わかった』と頷くとカバンからサイフを取り出した。
白色の二つ折りのサイフから500円玉を一枚取り出す。
栄子はそれを奪うようにして手にすると『さんきゅ』と一言残して教室を出ていってしまった。
1人教室に残された智子は呆然として2人の後ろ姿を見送る。
しかし、それは序章に過ぎなかった。
それからというもの栄子と和子は事あるごとに智子に文句をつけるようになっただ。
『さっきぶつかった時に制服が破れた』
『体育の授業の時に智子が前を走ったせいで、靴が使い物にならないくらい泥だらけになった』
それはどれもこれもこじつけで、事実とは思えないことばかりだった。
しかしお金を払うことを断ると栄子は大げさに泣いて見せた。
いかにも自分は被害者で、悪いのは智子であるかのように泣き叫び、それを和子が撮影するのだ。
その映像だけ見れば智子が栄子をイジメているように見える。
そして和子はその動画を先生に見せたのだ。
先生は智子の言い分よりも証拠として残っている動画の方を信用した。
もともと栄子と和子に手を焼いていたのかもしれない。
2人の矛先が智子のところで止まってくれていれば、先生としても楽でよかったのかもしれない。
それをキッカケにして2人の行動は更にエスカレートして行った。
クラス内でも智子を悪者に仕立て上げて、事実ではないことをバラマキ続けた。
最初は智子を信用してくれていた友人たちも、次第に大人数の方へと流れ始める。
『私のペン、智子の机の中から出てきたんだけれど』
ある日、最後の1人となった友人が仁王立ちをして智子へ向けて言った。
その目は智子を蔑み、軽蔑するものだった。
『違う! 私が盗んだんじゃない!』
きっと栄子と和子がやったことだ。
あの2人が智子に罪を着せたことは、今までに何度もある。
今回もそれを同じだ。
そう言いたかったけれど、言葉にはならなかった。
ここは教室内で自分の味方はどこにもいない。
そして栄子と和子がこちらを見ているのだ。
そんな状況で2人の名前を出せば、『罪をなすりつけられた』と泣き叫ぶに決まっている。
そうして智子の立場は更に悪くなっていくのだ。
『そのペンがブランド物だって知ってたよね?』
つい最近まで仲良くしてくれていたクラスメートが横から声をかける。
確かに、友人が持っているペンは高級品だった。
けれどブランドのマークがついているからそんなの誰でもわかるはずだ。
智子はなにも言えずに下唇を噛み締めてうつむいた。
『それで盗んだの?』
『違う!』
『さっきからそれしか言わないよね』
友人の目が暗く濁る。
どれだけ違うと叫んでも、それだけで信用してくれる人はいない。
かといって言い訳を並べてみても、それを悪用されてしまう。
智子は八方塞がりだった。
そして黙り込んでしまった智子を見た友人は幻滅し、去っていったのだった。
それからの智子はまるで生き地獄だった。
栄子と和子からせびられる金額は1回数万円に登るようになり、教室内からは居場所が消えた。
1人外のベンチでお弁当を広げていると、上から植木鉢を落とされたこともある。
さすがにそれは学校内でも問題になったが、結局のところ植木鉢の置き場所が悪く、偶然落下したということで片付けられてしまった。
けれど智子は知っていた。
植木鉢を落とした犯人がいること。
その犯人は大声で笑っていたこと。
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