第9話

『それなら私が代わりに行きます!』



『選ばれたのは子供の方だ』



長の足にすがりついて懇願する母親にそう告げて、長は家を出ていった。



その様子を近所の野次馬たちが冷たい目で見つめる。



道を歩いていればあちこちから長を蔑み、罵倒する声が聞こえてきた。



それらを聞こえないフリをしてやり過ごし、5人の子供たちを三福寺へと連れてきた。



そこではすでに儀式の準備が終わっていて、砂利の上に藁が敷き詰められていた。



そしてその横には刀を持った5人の男たちが待ち構えていた。



集められた子どもたちは藁の上に座らされて、追ってきた両親の姿を探している。



『やめて! その子を助けて!』



『頼む! 俺を代わりにイケニエにしてくれ!』



泣き叫ぶ親たちを、長が振り返って見ることはなかった。



座らされた子供たちは恐怖で目を見開き、顔面からは血の気が失せている。



自分たちの目の前にいる刀を持った男たちを見つめて、逃げることすら叶わない。



『お父ちゃん、お母ちゃん』



女児が小さな声で呟いたのが聞こえてきた。



それは助けを呼ぶ声ではなかった。



自分に訪れる運命を知り、産んでくれた両親に感謝するよな暖かな呟きだった。



その呟きにハッとして長が顔を向けたその瞬間、女児の首は吹き飛んでいた。



残っているのは胴体だけで、それも吹き出した血で真っ赤に染まっていく。



両親が絶叫する声が、どこか遠くから聞こえてくるような気がした。



5人の子どもたちの首は一斉に切られ、周囲は血の海と化したのだった。


☆☆☆


その後、子供とその親があまりに可愛そうだったと、街人たちが三福寺に頼んで5体の地蔵を作製した。



5体とも首のない地蔵で、それの前を通る度に長は胸をひどく圧迫されるような感覚に襲われたのだった。



当時の歴史を調べ終えた4人は暗い気持ちで黙り込んでしまった。



雨乞いのイケニエの歴史は想像以上に残酷で、ひどいものだった。



「石原家で見つけた写真は、大人が写ってたよな?」



気を取り直すように大輔が言った。



あの写真がイケニエに関係する写真だとすれば、子供たちが写っていないといけないはずだ。



「きっと、イケニエになった子供たちの両親が集まって撮ったんじゃないかな」



答えたのは佳奈だった。



あの写真に写っている男たちはみんな無表情で、とても楽しんでいるようには見えなかった。



それは自分たちの子供が死んでしまってから、集まったからじゃないだろうか。



儀式が始まる当日までイケニエが誰になるかわからなかったようだから、事前にあの写真を撮ったのではなく、儀式のことを忘れないために後日撮影されたのだと思ったのだ。



本当ならすぐにでも忘れてしまいことだと思うけれど、自分たちの写真を残すことで忘れないようにした。



それくらい、親たちにとっては許せないものだったに違いない。



「ガイコツを戻したくらいじゃ、イケニエになった子供やその親の気持ちは晴れないってことか」



明宏が真剣な表情で呟いた。



自分たちが探しだしたガイコツがすべて子供の骨だったとわかり、春香の胸は張り裂けてしまいそうだった。



あんな姿になって土に埋もれているなんて、本当にしっかりと供養してもらえていたのか疑問が残る。



それぞれ、被害者の家や家があった場所からガイコツが発見されたということも気になった。



「どうしてガイコツが家の跡地から出てきたんだろう」



佳奈は自分が感じた疑問をそのまま口に出した。



「一度は三福寺で預かったらしい。だけど後に親たちが引き取りに来たって、記述にはあった」



明宏がすぐに答えてくれた。



その年のイケニエについては異例まみれだったため、しっかりと記述が残されていたようだ。



「そうなんだ……」



寺には置いておけないと講義する親たちの姿が脳裏に浮かんでくるようだった。



墓を掘り返して骨だけになった我が子を持ち帰る。



それはとても異様な光景だけれど、親の愛情を感じることでもあった。



それからしばらく話し合いを続けた後、それぞれの布団に入ることになった。



今日は色々なことをしたからさすがに体も疲れている。



布団に入った佳奈は数分と待たずにすぐに寝息を立て始めたのだった。


☆☆☆


その日も夢は見なかった。



疲れていたこともあり、深い深い眠りに誘われる。



しかし、毎日夜中の1時に目覚めていた体は反射的に目を覚ましていた。



目を開けたとき窓の外は真っ暗で、佳奈は手を伸ばしてスマホで時間を確認した。



夜中の1時ちょうどだ。



大きく息を吐き出して目を閉じる。



もう誰の首も取られる心配はないのに、この時間になったら体が自然と起きるようになってしまった。



このクセはきっとしばらくは抜けないだろう。



そう思って寝返りを打ったとき、気配を感じて目を開けた。



隣の布団で眠っていた春香が薄めを開いている。



「春香」



「佳奈も起きたんだね」



その声はしっかりしていて、寝起きではないことがわかった。



「うん」



頷いて、沈黙が降りてくる。



昼間のこともあってなにを話せばいいのかわからなくなってしまった。



しばらく沈黙が続くと部屋の外から物音が聞こえてきて、自分たちの他にも誰かが置き出したことがわかった。



みんな、眠れないのだ。



「春香、昼間はあんなこと言ってごめんね」



「ううん。私と大輔が無事だったことには変わりないしね」



春香は悲しげに笑みを浮かべて答えた。



まるで、自分と大輔、どっちかの首が見つからなかったらよかったのにを言っているように聞こえて、佳奈の胸は苦しくなった。



「大輔の怪我の調子はどう?」



話題を変えるためにそう質問をした。



春香は軽く頷いて「抜糸の予定が決まったよ」



「そっか。回復してるんだね」



佳奈はそれを素直に嬉しいと感じた。



これ以上仲間が傷つくのを見ているのは嫌だったから。

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