第5話
「きっと大丈夫だから」
春香に手を握りしめられたが、佳奈はとっさにそれを振り払っていた。
春香が遠ろいた表情で佳奈を見つめる。
佳奈は自分がしてしまったことが信じられなくて、自分の手を見つめた。
「ご、ごめん。私……」
「ううん。佳奈は悪くない」
春香はそう言いながらも泣き出してしまいそうに顔を歪める。
どうして春香の慰めを素直に聞き入れることができないのか?
そんなの答えは簡単だった。
大輔が無事だからだ。
慎也と美樹だけ首が取られ、だけど大輔と春香はどちらも首を取られていない。
そんなこと気にしていないつもりだったけれど、心の、自分でも気が付かないような場所で佳奈はずっと気にしていたのだ。
それが思わず態度に出てしまった。
「ごめん。私、行くね」
「春香!」
引き止める佳奈を無視して、春香は部屋を出ていったのだった。
☆☆☆
夕飯の準備ができたと明宏が声をかけてくれても、佳奈は慎也の部屋から出なかった。
食欲はなかったし、どんな顔をして春香に会えばいいのかわからなかった。
春香はきっと傷ついたはずだ。
佳奈はベッドの上で自分のヒザを抱えて横になった。
ずっと仲が良かったのに、こんなことになって友人関係が崩れていく。
この悪夢が本当の終わりを告げた時に自分たちは元通りになれるんだろうか?
怖くて全身が震えた。
大きな困難を一緒に乗り越えた仲間の絆はきっと深くなる。
けれどそれまでには裏切りや疑心暗鬼がつきものだ。
それをどう乗り越えて行けば良いんだろう?
答えは簡単だ。
今の自分の場合はしっかりと春香に謝ること。
それですべては解決できる。
しかし、2人の中が修復しても悪夢は続いていく。
そうなれば堂々巡りになってしまうかもしれないのだ。
しばらくベッドから動くことのできなかった佳奈は、勢いよく飛び起きた。
悪夢を終わらせる。
やっぱりすべてが上手くいくためにはそれしかない。
今日はゆっくりと休むつもりでいたけれど、時間がある限り動きたい。
そう決めると佳奈はさっそく家を出たのだった。
☆☆☆
1人で家を出る時に春香とのことが絡んでいると思われたくなかったので、一応はダイニングに顔を出して声をかけた。
3人はこんな時間に出ていくことを止めたけれど、佳奈は大丈夫だからと言って無理に出たのだ。
それから佳奈は向かった先は空き地だった。
あの石碑にはまだなにかヒントがあるかもしれないと考えたのだ。
「暗くてよく見えないか……」
しかし空き地へ到着した頃には太陽は沈み、準備していた懐中電灯の明かりしか頼りがなくなっていた。
そのためいくら石碑周辺を探してみてもめぼしいものは見つからない。
「きっとガイコツはあるはずなんだけど」
今まで頭部があった場所には必ずガイコツがあった。
だからここにもガイコツがあることは絶対だと確信していた。
首を取りに来る黒い影たちはガイコツのことに触れてなどいなかったが、3つのガイコツを発見した後放置してしまっていることがずっと気がかりだったのだ。
全部のガイコツを発見することができれば、慎也や美樹になんらかの変化があるかもしれない。
それは憶測に過ぎなかったが、自分にできることはこれくらいしかないことも事実だった。
しかし草の生い茂った空き地をいくら歩きまわってみてもそれらしきものを見つけることはできなかった。
友人らに怪しまれないように小さなスコップしか持ってこなかったことを、今さらながらに後悔してくる。
こんなんじゃ本当にガイコツを探し当てたいのかどうか、怪しいところだと自分でも感じられる。
それから佳奈は隣の空き地へと向かった。
そこは明宏の頭部と白黒写真を見つけた場所だった。
あの写真を思い出すと、写っていた男性5人ともが深刻な表情をしていたように感じられる。
普通、写真ならもっと微笑んだりとか、肩を組んだりしても良さそうなものなのに、あの5人には一切そのような浮かれた様子は感じられなかった。
「ガイコツがあるとすれば庭先かな……」
まさか家の中にガイコツがあるとは考えにくく、佳奈は懐中電灯で庭を照らして歩いた。
廃墟ではあるが庭に草は生えておらず、誰かが引き抜くなり雑草が生えないようにしているのがわかった。
さっきの空き地を探すよりもずっと気楽だ。
庭自体もさほど広くなくて、裏手に回ったときだった。
戸口を見ると自分らが侵入した形跡がそのまま残っていた。
だけどさすがに1人で建物内に入る勇気はなくて、佳奈は適当な地面を掘り返してみることにした。
人の庭先を勝手に掘り返すようなことになるとは、思ってもいなかった。
土は思っていたよりも固くなっていて、小さなスコップでは限界が近かった。
「なにこれ、どうしてこんなに硬いの?」
踏み固められた土はまるでコンクリートのように強固なものになっている。
それでも懸命に一箇所だけを掘り続けると、少しずつ穴が大きくなってきた。
「こんなことしても、なにもならないかもしれないけれど……」
力が必要であっという間に額に汗が滲んできた。
手のひらは痛くなり、皮が破けてしまう。
それでもここと決めた場所を掘り下げていくと、不意に隣の土が土砂崩れのように穴の中へと落ちていった。
それを見た佳奈はせっかく掘った穴が埋まってしまったと一瞬げんなりした気分になったが、同時に隣の土が柔らかいことに気がついた。
「土が違うんだ」
そうつぶやき、少し横を掘り進める。
すると土は想像以上に柔らかく、どんどん穴を深く掘り下げていくことができたのだ。
でもどうして?
同じ庭なのに。
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