第2話
「全文は読めないけれど、きっとそうなんだと思う」
「そんな話しおばあちゃんからも聞いたことがないよ?」
春香が眉を寄せて首をかしげている。
おばあちゃんっ子の春香はこの街のことならどんなことでも祖母から話を聞かされてきているのだ。
「イケニエの話しなんて、孫にはしたくなかったんじゃないか?」
大輔に言われて春香は気がついたように「あっ」と声を漏らした。
思い返してみれば祖母の話しはどれも楽しいものばかりだった。
この街のお祭りとか、大きな橋がかかったときのこととか。
とにかく面白おかしく話をしてくれていたことを思い出す。
「街について調べるのなら、図書館だな」
身を屈めて石碑の文字を読んでいた明宏が立ち上がって言った。
ここから市立図書館まではバスが出ている。
10分ほどで到着するはずだ。
「わかった。行こう」
大輔が他の3人を促して大股で歩き出したのだった。
☆☆☆
夏休み中のバスの中は家族連れやカップルが多くて4人はどこか居心地の悪さを感じた。
と言ってもはためには自分たちだって夏に浮かれている学生カップルに見えたかも知れない。
「チッ」
大輔はバスを下りると思わず舌打ちをしてしまった。
バスの中で感じた楽しげな雰囲気につい腹を立ててしまったのだ。
乗客たちが悪いわけじゃないけれど、どうして自分たちだけがこんな目に。と、感じてしまう。
「ごめんね大輔」
後ろから歩いてきていた佳奈がそっと声をかけた。
大輔はその声に驚いて振り向く。
そしてお守りを持っていたのは佳奈で、他のイケニエを差し出すことに反対したのも佳奈だったことを思い出した。
「いや、別に佳奈を責めてるわけじゃねぇから」
慌てて言うものの、顔は笑顔がひきつっていた。
少なくても佳奈があの寺のお守りなんてもっていなければと、ずっと感じていたことだった。
佳奈は弱々しい笑顔を浮かべて「ありがとう」と、答えたのだった。
☆☆☆
涼しい図書館の中に入るとホッと胸をなでおろした。
外の焼けるような真夏の暑さが嘘のようだ。
「まずは郷土資料のコーナーだな」
何度も訪れたことがあるようで、明宏は迷うことなく大きな図書館を歩き出す。
図書館内は吹き抜けの2階建てになっていて、本の数は東日本最大だと言われているらしい。
そんな図書館に夏休み中にやってくる人は多く、そこかしこからさざめきのような話し声が聞こえてきた。
時折聞こえてくる子供の歓声に耳を向けながら明宏へ続いて2階へ上がる。
少し奥まった場所に郷土資料のコーナーがあった。
「こんなにたくさんあるのかよ」
天井まで届きそうな本棚の、上から下までギッシリと郷土資料が詰まっていて大輔がうんざりした声を上げた。
もともと活字はそんなに読まないので、これだけの数の本を見ただけで圧倒されてしまうのだ。
「イケニエについての本なんてタイトルを見てもわからないだろうから、1冊ずつ根気強く確認していくことになると思う」
明宏は手近にあった本を4冊取り出して1冊づつみんなに手渡していった。
幸い長テーブルがすぐ近くに空いているので、そこで調べ物ができそうだ。
「地蔵とか、三福寺についての記述とかをしっかり読んでほしい」
「わかった」
本の数は膨大だけれど、とにかくやるしかない。
行動しないことにはなにも始まらないのだから。
佳奈は覚悟を決めて椅子に座り、分厚い本を開いたのだった。
今の時代は少しネットで調べるだけで色々な情報を得ることができる。
けれどそれにはやはり限界があり、時にはデマに踊らされてしまうこともある。
簡単だけれど使い方を謝るととんでもない失敗を招くことになってしまうのだ。
4人は黙々と郷土資料の本を読み進めていた。
自分がずっと暮らし続けてきた街のことでも、知らないことの方がはるかに多くてああらしい発見をすることもあった。
しかし、今はそれに一喜一憂している場合ではない。
一刻も早くイケニエの儀式について調べないといけないのだ。
それでも時間は刻一刻と過ぎていき、読み終わった本がテーブルの上に積み上がっていく。
明宏が何度もメガネを外して目がしらを指でマッサージしている。
太陽は傾き始めていて、大きな窓から差し込む太陽はオレンジ色へと変わっている。
さっきまで騒がしかった学童コーナーは今は静かで、子供たちは親と共に帰って行ったことに気がついた。
閉館時間まであとどのくらいだろう?
ふと佳奈が顔を上げて柱時計へと視線を向ける。
時刻は6時を過ぎていてあの数十分で閉館してしまう。
「ねぇ、今日はこのくらいにして明日にしない? 読みかけの本は借りて帰ろうよ」
図書館の人たちに迷惑をかけてはならないと感じて、春香がそう提案した。
春香も随分と疲れてしまったようで目の下にうっすらとクマができている。
地蔵のイケニエとなってからみんなそれほど休めていないのだから、仕方ないことだった。
「そうだね。今日はゆっくり休んだ方がいいのかも」
ここ数日全力で走り続けてきた疲れが、ここに来て一気に押し寄せて来ている感じた。
昨日は首探しもしていないし、気が抜けてしまったのかもしれない。
佳奈はまだ調べたい気持ちもあったけれど、春香に賛同した。
こういう時に更に無理を重ねればいい結果を招かないと、すでにわかっていた。
「ちょっと待ってくれ。ここに記述になにかヒントがありそうなんだ!」
明宏が読んでいるのはとても古いファイルにはいった資料だった。
ファイリングされている用紙はどれも茶色く変色していて、ところどころ文字がかすれて読めなくなってしまっている。
それだけでかなり年代ものの資料だということがわかった。
明宏は食い入るように資料を見つめてどんどんページをめくっていく。
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