第11話
「え?」
なんのことかわからずに首をかしげた佳奈だったが、ズボンのポケットから光が漏れ出していることに気がついた。
なんだろうと首をかしげて手を突っ込んでみると、サイフが出てきた。
光はそのサイフの中から漏れ出ているのだ。
昼間のように眩しい光に目を細めてサイフの中を改める。
中から出てきたのは三福寺のお守りだった。
「これ……」
佳奈はそれを手の平に乗せる。
「三福寺のお守りか。なるほどね」
わかったように頷いたのは亮一で「どういうこと?」と、明宏が質問する。
それよりもこんなに若い人たちが三福寺を知っていることに佳奈は驚いた。
「この地蔵にまつわる寺だ。それを持っていたから地蔵を見ることができて、更にイケニエにも選ばれた。今俺たちの世界に入り込むことができているのも、きっとそのお守りがあるからだ」
ツラツラと説明する亮一に佳奈たちは後ずさりをした。
ここに来てからずっと感じていた違和感。
この3人はすでに友人の首探しを失敗している。
それなのに怯えていなさすぎるのだ。
忌々しいはずの地蔵の前で酒盛りをして、首を探している様子は少しもない。
更には三福寺についても詳しいらしい。
「あの寺ではイケニエの儀式があったのよ。それの呪いがまだ息づいてる」
智子の言葉に佳奈は大きく息を吸い込んだ。
自分たちが何日もかけて調べてきたことを、この3人はすべて知っているのだ。
「どうして首を探さない?」
無駄な会話に嫌気がさしてきたのか、大輔が直球に訪ねた。
「地蔵に首が全部ついたらどうなるか、知ってるか?」
ツンツン頭の一生が一歩前に出て尋ねる。
一生は大輔を見下ろしてしまうほど背が高く、威圧感が強い。
そんな一生を大輔はにらみあげた。
「地蔵に首が全部ついたとき、この街は壊滅する。この地蔵たちが街をぶっ壊して回るんだ」
一生は首のない地蔵の肩をぽんぽんと叩いて説明した。
それは友人らにするような気安さで佳奈は寒気を感じた。
この3人は自分たちとなにかが大きくかけ離れているようだ。
そう理解しても、もうこうして対峙してしまった。
なにかよくないことが始まっているのが肌で感じられる。
「それが本当なら阻止しないと」
明宏の言葉を聞いて3人は同時に笑い出した。
本気で心の底から笑っている。
「な、なにがおかしいんだよ」
3人の異様な反応に明宏がたじろぐ。
「こんな街を本当に守りたいと思ってんのか?」
一生が笑うのをやめて佳奈たちに訪ねた。
「あ、当たり前だろ」
明宏がどうにか答える。
しかしその声は少しだけ震えていた。
目の前にいるのは自分たちと同じ人間なのに、黒い化け物のように見えてきてしまう。
そのくらい、彼らの考え方が理解できなかった。
「その地蔵についた首は友達のものでしょう? なんとも感じないの?」
今まで黙っていた春香が一歩前で踏み出して声を発した。
彼らの好き勝手な言動を我慢してきたけれど、ついに我慢しきれなくなったようだ。
「あぁ友達だ。だからなんだよ?」
「なんだよって……」
春香はそのまま言葉を失ってしまった。
首を無くした友達を放置していいのかと思ったけれど、そんな話しは通用しないのだとわかってしまった。
この3人組からすればこれは本当にただのゲームでしかなくて、リアルではないのかもしれない。
あんな夢を見させられているはずなのに、自分たちとは根本的に違いすぎる。
「もういい。話してても無駄みたいだから帰ろうよ」
春香が明宏へ向けて言う。
しかし明宏はすぐに動こうとはしなかった。
自分たちが必死に調べ上げてきたことをこの3人は最初から知っていた様子なのだ。
情報はまだまだ持っている可能性がある。
「それがいい。さっさと帰ってネンネしな」
バカにしたような口調で一生が言ったとき、暗闇の中にユラユラと揺れる黒い化け物の姿を見つけた。
「こんなときにっ!」
大輔が激しく舌打ちをする。
今日は誰も武器を持ってきていないのだ。
このまま黒い化け物に襲われたら、死ぬしかない。
額にジワリと汗が滲んできた次の瞬間、化け物が大輔の前の前にいた。
少しも動く暇なんてなかった。
以前から動きは早かったけれど、更に早くなっている。
どうして……!
そのとき思い出した。
首はすでに3体分ついているのだ。
以前自分たちが経験した化け物よりも強くなっている。
そして体数も増えているはずなんだ。
理解したときにはすでに黒い化け物は刃物になった腕を振り上げていた。
大輔めがけて振り下ろされる。
くそっ!
間に合わない!
体を横倒しにして避けようとした瞬間、一生が棒立ちになっているのが見えた。
あいつ!
逃げ遅れたのか、それとも最初から逃げる気なんてなかったのか。
一生はまっすぐに化け物を見つめて微動だにしない。
早く逃げろ!
大輔が心の中で叫んだとき、黒い化け物の刃は一生に狙いを定めていた。
いや違う。
黒い化け物は最初から一生を狙っていたんだ!
大輔が目の前にいたって関係ない。
今のイケニエが誰であるか、あいつらは知っている!
一生の首に刃物が近づいていく瞬間、その口元がニヤリと笑った。
勝ち誇ったような笑みを見た次の瞬間、胸に響く爆発音が街を揺らしていた。
きつく目を閉じて両手で頭を抱え込む。
そのまま地面に転がって衝撃に耐えた。
続いてドシャッとなにかが崩れ落ちる音がして、沈黙が訪れた。
煙の匂いが充満して、春香が咳き込んでいる声が聞こえてくる。
そっと顔を上げてみた大輔はその光景に目を見開いた。
少し離れた場所で猟銃を構えている亮一が立っていた。
その銃口からはまだ煙が出ていて、銃口の先を目で追っていくとそこには黒い化け物が倒れていたのだ。
バッドで何度も殴りつけないと死ななかった化け物が、猟銃では一撃で動かなくなっていた。
「どうだ? 銃の力は」
一生はおかしそうに笑い声を上げて、そう言ったのだった。
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