第21話

 庭園の散歩はまあ、予想通り最悪だった。人通りが少ないことは救いだったが、多少は居る。揃いも揃って予想通りの反応を見せてくれた。ぎょっと後ずさる者、嫌な視線で見てくる者。見回りをしていたのだろう。2人組の兵たちも嘲笑して隣を過ぎ去った。


とても庭園を楽しむ気持ちにはなれなかった。それに侍従たちも案内とは名ばかりで、ただ前を歩くだけ。外の空気を吸えてよかったと思うことにしよう。まあ、花もきれいだった、たぶん、うん。


 いつの間にかあの町での生活に慣れていたのだろう。ああ、皆に会いたい。今頃どうしているのだろうか。どっと疲れを感じてそのままベッドに沈み込むと、いつの間にか意識は沈んでいた。


 次に気がついたときにはすでに外は真っ暗。机にはまたもやいつの間にか置かれていた夕食が。まあ、一日だけだがもう慣れたものだ。ちゃんと用意されているだけいいのだろう。もぐもぐと食べていると、控えめなノック音が響いた。


「なんですか?」


 なんだよ、もう夕食を下げに来たのか? 今食べ始めたばかりなんだが。そう思いながらもひとまず返事をすると、ノック音と同じようにそっと扉が開けられた。そこから見える顔に思わず目を見開いた。


「え、どうして……」


「ああ、本当にか……?」


「ワガルト、さん?」


 お互いに目が合う。見間違いじゃない。そこにいたのはワガルトさんだった。確かに王都で騎士団に入ったって言っていたが、王城に?


「ミルフェ、だよな?」


「はい。

 お久しぶりです、ワガルトさん」


 ずっと扉で固まっていたワガルトさんが、ここでようやく肩から力を抜いていた。そして一緒に暮らしていたころと変わらない、すこし気が抜けたような顔で笑ってくれた。


「久しぶりだな、ミルフェ。

 元気だったか?」


「はい。

 ワガルトさんは?」


「ああ、俺も元気だったよ。

 しかし、そうか。

 お前がここにいるのなら、手紙は全然間に合っていなかったんだな」


 きゅっと眉根を寄せてそう言うワガルトさん。なるほど、手紙はちゃんと受け取ってもらえたのだ。そして返事も出してくれた、と。だが間に合っていないのは当たり前なのだ。自分もまさか手紙を出してからすぐに王都に来ることになるなんて思っていなかったし。


「ミルフェ……、お前貴族の息子だったんだな」


「ええ、まあ……。

 ただとっくに見切りつけられていて、息子を名乗らせてもくれないと思いますが。

 親に捨てられて、それでルータさんに拾われたんです」


 なるべく重くならないように、軽い感じでそう言葉にするも、ワガルトさんの表情は変わらない。本当にこの人の優しいところはいつまでも変わらない。そんなんで、この王城でやっていけるのか、と少し心配になってしまうけれど。


「そうだったんだな」


「あの、俺の扱いって今どうなっているんですか?」


 このままだとワガルトさんが戻ってこれなさそうなので、とりあえず空気を変えたくてそう言うと、なんだか微妙な顔をされた。


「俺にもよくわからないんだ。

 陛下が招待された客がいるからその扉の前を守れ、と言われたんだが……。

 だが、基本2人組なのに1人しか配置されないし。

 扉から客人が出ようとしたら、絶対に止めろとか、変な命令されるし」


 ちょっと、ワガルトさん? それ言ってはダメな奴では? まあ、そんなところもワガルトさんらしいけれど。ははは、と苦笑いとしてとりあえずスルーしておく。


「そうだ、しばらくは俺が扉の前の警備していると思うからさ。

 何かあったら声かけてくれ」


「そうなのですか?

 それだったら助かりますが」


 ああ、なんか微妙な顔している。それでお察しです。はい。まあ、実際知っている人が警備してくれている方が安心できるのでありがたいということで。


「皆は元気か?」


「はい、元気ですよ。

 毎日にぎやかです」


「はは、そうだよな。

 こっちでの暮らしになれたら、遊びに行こうと思っていたがなかなか時間が取れなかったな」


「仕方ないですよ。 

 ロアンさんのおかげで、俺たちだけでもちゃんと生活できていますよ」


「ああ、そうか。

 ありがたいな」


 どれほど王都で苦労したのかはわからない。けれど、伝手もない状態での王都での暮らしはどれほど不安で大変だったろう。想像することはできても、実質俺にはわからない。それでも変わらない笑顔で、変わらない声で、こうして話しができることが嬉しかった。


「ああ、そろそろ戻らないとな。 

 また明日の夜に話そうか」


「はい、お願いします」


 入ってきたときのように、ワガルトさんはそっと部屋を出ていった。きっと、こうして話したことがばれてはまずいのだろう。それでも声をかけてくれたことが嬉しかった。庭園で疲れた心がだいぶ癒された。ありがとう、ワガルトさん。


 ……ってあれ? どうしてワガルトさんは中にいる貴族が俺だとわかったんだ? 確信していたわけではなさそうだったから、聞いたわけではないのだろう。だけど、俺だと思ったからノックしたんだよな? だってノックしたとはいえ、入ってきたわけだし。


 うーん? まあいいか。


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