第10話
「それでは行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい。
気をつけてな」
いつものようにフード付きの上着を羽織って、パルキがそう言う。ひとまず必要そうなものを持たせて、それでも心配だけれど、今はパルキに任せるしかなかった。
ここに避難してきてから数日。今日はパルキが街に降りる日だった。王太子の暗殺未遂事件が落ち着きを見せているのか、いまだにざわついているのか。ここにいる限りは何も伝わってこない。さすがにこのままずっと引きこもるわけにはいかないので、情報収集をしてもらわないといけない。
本当はそういうのは俺の方が得意なのだが、まあ、絶賛容疑者に上がる俺が街に降りるわけにはいかないからな。この髪色をどうにかできればいいのだが、髪色を変えることは禁忌と言われている。だから、髪色を変えるためのものはそもそもないし、さすがに変える気にならないからな……。
「そんなに心配そうな顔をしないでください。
大丈夫です。
無事に帰ってきますよ」
ね、と頭をわしわしと撫でられる。そんなチビたちにやるみたいに、と拒否したらにこりと笑っていた。わかっている。パルキは戻ってくると。それでもこびりついた不安はぬぐえない。それでも無理に笑みをつくってパルキを送り出した。
「ミルにぃ、そんな不安そうな顔をしないで。
皆怖がっちゃうよ」
「シャレット……。
そうだな。
さて、今日は何をしようか!」
シャレットに気を使わせて申し訳ない。ここは気持ちを切り替えるしかないな!
「うーん、俺狩りできるようになりたいな……」
シャレットの言葉に思わず瞬きをする。初日に双子たちを怖がらせてからその言葉は口にしないようにしていたんだが。そっと近くにいた双子に目を向けると、少し目を潤ませている。ああ、やっぱり。
「か、狩りは……」
「シャルにぃ、狩り……?」
「殺しちゃう……?」
「お前ら、おいしそうに肉食っておきながらそれはないだろう。
ミルにぃにばかり負担かけるのも申し訳ないし、できたらこれを機に学んでおきたいんだよね」
「シャルにぃ、勉強熱心だね……。
すごい」
「ポールも一緒にがんばる?」
「えっ、その」
「ポール、無理する必要はないぞ」
どうしてやる気に満ちているかはわからないが、シャレットに教えるのはまあいい。だけど、殺生に関しては無理に勧めるものでもない。そう思ってポールの肩をたたくと、ううう、と目をつむったあと、ごめんなさい、とだけ口にした。
「んー、こいつらだけ残していくのも不安だが……。
ポール、少しの間ランとリリを頼めるか?」
「う、うん!
それだったら僕頑張れるよ」
「ありがとう。
ラン、リリ、おとなしくしていられるな?」
「もう、それくらいできるよ」
「僕たちだってできるもん」
心強い返事が来たところで、今日の予定は決まったな。ひとまずシャレットと森に入って、戻ったら狩れたものがあったら処理してご飯。
「じゃあ、準備していくか」
「え、本当にいいの?」
「もちろん」
「ありがとう、ミルにぃ!」
にこり、とシャレットはいつもよりも幼い笑みを見せた。きっと普段はそれほど我慢させていたのだろう。今は非常事態なこともあってシャレットだけに時間を割くのはなかなか難しいが、落ち着いたらもっと甘やかしてもいいのかも、なんて。それに何よりこいつの将来もしっかりと話し合わないとな。
シャレットはあまり魔法を使えない。だから何か武器を持たせないとだが……。まずは弓か? 距離をおけるものがいいよな。本当はきちんと弓の練習をしてから実践なんだが、ま、一度どんなものかやってみるのも手か。
「シャレット、これをやるよ」
「弓?」
「そ。
使いかたはわかるな?」
「え、うん、一応」
「まずは試し打ちしてみるか」
シャレットの背後に立って、手を添えて弓を引かせる。細かい修正をしながらではあるが、一応大丈夫そうだ。一人でもやらせてみると、センスがあったようであっさりと的代わりの木に弓を的中させていた。
弓を十分に補充してから、森の深いところに入っていく。足音一つにも気を立てながら、先へと進んでいく。途中獣の足跡を見つける。そこまで大きいものではないから、いい標的だろう。視線だけでシャレットに指示を出すと、小さくうなずきを返してきた。
少し進んだ先にはボアがいた。凶暴だが大きさもちょうど的になりやすいし、攻撃も一直線でわかりやすい。うん、いい獲物じゃないかな。
「シャレット」
「うん……」
草を食んでいるらしいそいつに矢じりを向ける。視線はまっすぐ、ボアから動かない。生物に向かって初めて矢じりを向けたからだろう。手が震えている。しかし、ひとつ深呼吸をした後はその震えも収まっているように見えた。
その瞬間。手を離した弓から矢が飛んでいく。それは見事に的中した。だが、その一本の矢で絶命するはずがない。怒り狂ってこちらに向かって来ようとするボアにもう一度矢を放つように指示をする。シャレットは思ったよりも落ち着いていて、流れる動作で矢をつがえると、次々にボアへと当てていった。そして、当初の位置からこちらまで半分を超えたころ、ボアはその体を地面へと横たえた。
「や、やった!
できた!」
「うん、すごいぞ!
初めてでここまでやれるなんて」
2人でボアへと近寄ってみれば、確かにボアは息絶えていた。持ちやすいように、その手足を棒に括り付ける。初めて獲物をやれてシャレットも、そして俺も、どこか気分が上がっていたのだろう。荒い息遣いに気がついたときには、もうそれはすぐ近くにいた。
「うぐっ!!」
「シャレット⁉」
気がつけば、少し離れたところにいたシャレットが吹き飛んだ。慌ててそちらを見ると、そこには怒り狂った様子の一匹のボアがいた。もしかして……。って、今はそんなことを考えている場合ではない。
ボアは倒れこむシャレットに追い打ちをかけようとしているところだった。
慌ててボアに焦点を当てると、風の刃でその身を切り裂く。すぐに絶命したボアを横目に
シャレットへと駆け寄った。
「シャレット、シャレット」
「う、うう……」
呼びかけにわずかにうめき声をあげるも、目を開ける様子はない。最初に食らった一撃がかなりおもかったのだろう。腹からはとめどなく血が流れていて、危険な状態であることはすぐにわかった。このままだと、血の匂いにつられてほかの獣がやってきてしまう……。
腹を強く縛って応急処置を終えると、地面に付いた血を埋めることをかろうじて思い出して、雑な動作で土をかぶせた。そうして、シャレットとボアをもってテントへと急いだ。
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