第14話

 家は少し埃をかぶっているものの、おおむね変わらない様子でそこにあった。軽い掃除を終えるとさっそく手紙を書こうと紙とペンを用意する。しかし懐かしいな、ワガルトさん。もうずいぶんと会っていないが、元気だろうか。


 さて、何から書き出そうか……。


「ミルにぃ……?

 夕飯の時間だよ」


 いつの間にか没頭していたのだろう。聞こえてきた声に顔を上げると、いつの間にか外は暗くなっていた。何枚か書き直しつつようやく書き上げた手紙に封をすると、呼びに来てくれたシャレットと共にキッチンへと向かった。


「あれ……?

 もしかしてこれ、シャレットが?」


「ううん。

 俺じゃなくてパルにぃがつくってくれたの!」


「パルキが!?

 珍しいこともあるものだな」


 パルキも料理がうまいくせに、あいつ全然作ってくれないんだよな。まあ、その時間があれば研究を進めたい、というのが主な理由だとわかっているから俺も止められないんだがな。


「失礼な……、私だってそれくらいやりますよ」


「え、お前普段の言動思い出してもそれ言える?」


「それはそれ、ですね」


「ひどっ。

 まあ、いいや。 

 ありがとう、助かったよ」


 ちらりと鍋を覗いてみると、昨日パルキが持ち帰ってくれたミルクがたっぷりと使われたシチューが入っていた。ここ数日ろくな手入れができなかったから畑は少し廃れていたが、無事でいてくれた野菜も入っている。


「おいしそう」


 安心できる家に、豪華な食事。警戒しきりだった心が緩むのを感じる。チビたちも呼んできて、みんなで食卓を囲んだ。


「そうだ、手紙書き終わったから今度出しに行ってくれよ。

 さすがに俺はまだ街に降りるわけにはいかないだろ」


「あ、それだったら俺が行こうか?

 さすがにそろそろ何かやりたいし」


 うーん……。少し不安ではあるが、いつまでも閉じ込めておくのもかわいそうか。パルキの方を伺うと、パルキもうなずいている。


「よし、それじゃあ頼む。

 気をつけてな」


「うん!」

 

 自分にできることがあるのが嬉しいのだろう。勢いよくうなずいたシャレットに笑みがこぼれる。それを見てチビたちが自分も、と手を挙げたのには少し困った。うーん。ずっとテントで暮らしていて、きっと体力が余っているのだろう。シャレットとはまた違った理由で、外に出て自由に動きたいと願うのもわかる。でも、大丈夫だろうか。まだ街は安全とはいいがたい。それなのに、こいつらを行かせて……。


「ポール、リリ、ラン。

 あなたたちはもう少し我慢しましょうね。

 まずはシャレットが街に降りてから、です」


 戸惑っていると、ね、とパルキがチビたちの頭を順になでる。不満そうにしているものの、珍しくパルキに頭を撫でてもらえてうれしかったのだろう。しぶしぶと言った様子で、はーい、と返事をしていた。


「ありがとう、パルキ」


「いいえ。

 シャレット、明日は私と一緒に行きましょうか。

 さ、そうと決まれば早く寝るのですよ」


「はーい。

 って、それをパルにぃに言われるとは……。

 パルにぃこそ早く寝るんだよ」


「これは……、はい、そうですね。

 そうします」

 

 困ったようにパルキが笑う。心配していたはずの相手に心配されてしまっては笑うしかないだろう。パルキ、それはお前のいつもの行動の結果だよ。


「シャルにぃずるいー」


「リ、リリ、ラン……。

 困らせちゃいけないよ」


「ポールはいい子ですね……。

 まあ、子供はこれくらい言える方が素直でいいと思いますよ。

 ほら、あなたたちももう寝ますよ」


 ぶー、と文句を言う双子を寝室へと誘導するパルキ。今日はなんだか珍しい姿ばかり見ている気がする。どした? 無理をしていないならいいのだけれど。キッチンを出ていったパルキたちに続いて、シャレットももう寝るね、と部屋を出ていった。


 久しぶりに1人きりになったキッチンで、上半身をぐったりと机に付ける。疲れたな……。いろいろとありすぎて毎日ばたばたしていたから、休む暇もなかった。それに自分の油断のせいでシャレットが……。


 はあ、うまくいかないことばかりだ。王太子の暗殺未遂だって、絶対に俺は関与していない。していないのに、どうして俺を狙う? 心当たりがない、わけではない。だが。


 どうして今更関わろうとするんだよ。もう放っておいてくれ。俺に才能がないからと放り出したのはそっちだろうが。やっと手に入れたんだ。平穏な生活を、大切な仲間を。それなのに、また奪おうとするのか? 山奥で静かに暮らしているだけで、迷惑なんて全くかけていない。


 ぐっと握り締めたこぶしが痛い。はぁ、ほんと何やっているんだが。言うべき、なのだろうか。せめてパルキには。もう捨てた過去だからと、口にしたことはなかった。だが、その過去によって今みんなに迷惑をかけているなら、伝えるべき、か。


「何をそんなにため息をついているのですか?」


 もう一度はぁ、とため息をついていると急に後ろから声をかけられる。無事にチビたちの寝かしつけは成功したのだろう。


「パルキ……」


「まあ、何となく察することはできますが。

 ……ミルフェ、私は待ちますよ。

 あなたから話してくださるまで。

 でも、話さなくてもいいのです。

 その選択の自由はあなたにあるのですから」


「パルキ……。

 うん、ありがとう。

 もう少しだけ、もう少しだけ、待っていてもらえるか?」


「はい、もちろんです」


 きっと話す。話すけれど、もう少しだけ待ってほしかった。もう少しだけ心の準備をさせてほしかった。別にそんな隠すことないんだけどな。ないんだけれど、こう、いざ話すとなると何かな……。


「おやすみなさい、ミルフェ。

 今日はまずゆっくり眠ってください」


「うん、お休み、パルキ」


 はぁ、こうやって穏やかに暮らせるだけでいいのに、な。


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