第6話
「ただいま、パルキ」
面倒になって結局市場で夕飯も買いこんできたから、思ったよりも遅くなった。すっかり暗くなった室内に足を踏み入れると、大きく声をかける。これはまた集中しきっているな。
荷物をチビたちに任せて、パルキの作業部屋へと向かう。案の定、パルキは集中して薬をつくっているようだった。その足元の木箱にはたくさんの薬がたまっている。今日一日でどれだけ作っているんだよ……。
区切りがついたのを見計らって、パルキの肩に手を置く。どうせ声をかけても気がつくわけがない。
「っわ、びっくりしました……。
帰っていたのですね」
「おう。
まーた集中しきっていただろ。
声かけたのに全然反応なかった」
「ああ、すみません」
「またたくさん作ったな。
明日一緒に売りに行くか?」
これだったらロアンさんも満足するだろう。そう思って声をかけると、パルキはうーん、と微妙な顔をしていた。
「でもこれあんまり質よくないですよ。
もう少しいいものをつくりたいのですが」
「まあ、今はそこそこのものでも買い手がつくだろ。
むしろ今じゃないと付きづらいかもな」
「ああ、確かに。
ちょっと前に採ってきた薬草が痛み始めていたので急いで作ったのですが、タイミングが良かったかもしれませんね」
「確かに。
で、どうする?」
「うーん……。
明日も作っていていいですか?
よければ、ミルフェにも手伝っていただいて」
その言葉にぱちぱちと目を瞬く。パルキ自ら俺に手伝ってもらいたいとは珍しい。もちろん、とうなずいた。ただそこそこ量があることを考えると、ひとまずシャレットたちにもっていってもらった方がいいかも、と言うと驚いたように木箱に目をやった後でそうですね、と返ってきた。
きっとどれだけの量をつくっていたかも把握していなかったのだろう。こいつ……。その集中力がうらやましくはあるけれどさ。
「ほら、夕飯食べに行くぞ。
みんなもう腹空かせてるから」
「あ、はい、今行きます」
手早く散らばった薬草などを片付けると、一緒にキッチンへと向かった。キッチンへ着くと、シャレットがすでに用意をすませてくれていた。ポールも手伝ってくれたようだが、双子ははしゃぎすぎて疲れたのか、もううとうととしている。これは早いところ食べさせて寝かせよう。
「お待たせしました」
「もう、また集中していたんでしょ」
「はは、まあ」
「ほらほら、ランたち寝ちゃいそうだから早く食べよ」
みんなで揃ってご飯を口にする。今日は夕食にパンもある。肉もある。昨日も狩ってきたもので豪華だったけれど、味付けはどうしてもシンプルなものになりがちだ。香辛料で程よく味付けされたものはそう用意できない。シャレットなんかはおいしそうにかぶりついているけれど、ランやリリは味付けが濃すぎるのかパンを多めに食べている。その違いがなんだかおもしろかった。
「ほら、それじゃあもう寝てこい」
夕飯の片づけをしながら、そう声をかける。眠そうな返事と共に部屋に戻っていくチビたちを見届けてから、俺は後片付けを始めた。ふわふわのパンはおいしいけれど、日持ちはしずらい。今日は日持ちする堅パンも買ってきた。それを丁寧に包んだ後床下へと収納。後は……。
「ミルフェ」
早く寝ようとやらなくてはいけないことをしていると、不意にパルキに声をかけられる。振り返ると、パルキの手元には例の王太子が描かれた紙があった。
「この人が王太子?」
「そう」
「ふーん……。
まあ、いかにも優秀そうですね」
「優秀らしいぞ、噂だと」
「噂って……。
あてになりませんよね」
「まあ。
でもどっちにしろ俺たちにはあまり関係ないだろ?」
「なくはないのでは?
ひっどーい政治するなら、こっちにも影響あるでしょう」
「そんなことあるか?
今よりもひどくなることが」
俺の言葉にパルキがきょとん、とこちらを見た。一拍置いた後に大きな笑い声が響く。
「あ、はは、そうですね、そうそうないですね」
「だろ。
ほらお前もサッサと寝ろ。
今日はちゃんと寝ろよ」
「うん、わかってます。
お休みなさい」
現王は弱きものを切り捨てる人だった。特に髪色が薄いものを。前王の時代もおそらく楽ではなかったはずだが、今は加速している。俺たちがろくに嫌悪の目にさらされないのはこの街の特性が大きく影響している。良くも悪くもこの街に暮らしているのは商売人だ。見た目とかそんな不確かなものじゃなくて、実績の方が重要。だからきちんと言われたことをこなしている分には受け入れてくれる。
とはいえ、仕事を割り振ってくれるロアンさんの存在がかなり大きいけれど。実績も最初に示す場がないとどうしようもないからな。ただ、今は街にいろんな人があふれている。そういう意味では嫌な眼にさらされる可能性も高い。
俺たちは、落ちこぼれじゃないのに。まあパルキはこの家では珍しく特段に濃い髪色をしているから、本当だったら一人で余裕で暮らせるんだけど。それでも、パルキは俺たちと一緒に居てくれる。髪色じゃない、中で判断してくれる人が増えたらいいのに。肖像画をひと睨みしてから、俺も休むために部屋へと向かった。
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