第19話

「こちらの部屋をお使いください。

 ご用意しているものはなんでもご自由にお使いくださって構いません」


 一礼して侍従たちは去っていく。こちらって……。嫌になるほど立派な部屋だ。公爵家にいたときに与えられていた部屋よりもよっぽど。ひとまずソファーに腰を下ろし、用意されていたお茶に少し口をつける。


 少し待ってみるも、特に異常はない。さすがに毒を仕込むようなことはしていないよな。馬車ではほとんど何も口にしていなかった。さすがにのどが渇いていたこともあって、お茶を飲み干してしまった。ついでに用意されていた菓子にも手を伸ばす。


 ああ、なんだか久しぶりだな。この甘ったるい感じ。自分たちの裕福さを示すために味は度外視でとにかく甘い。甘いものを摂取するという目的は達せるが、おいしくはないよな。これよりもよっぽどみんなと食べたものの方が温かくておいしかったな……。


 はぁ、なんか一気に気分が落ち込んだわ。


 さて、これからどうするか。犯人じゃないというなら今すぐ帰らせろ、ともちろん思うわけだが、こういう態度をとってくる以上帰れるわけがない。んー、でもひとまずリフェシェート様に会っていいというなら、会わせてもらおうか。せっかくなら挨拶したいし。


 あとは……、正直こちらから打てる手はほぼない。権力もろもろあっちの方が当然上だし、ここはあっちのおひざ元。許可がなければ王城を出ることすら難しい。しっかし、本当に何がどうなっているのか。


 犯人だと呼び出しておいて、犯人じゃなかった。とか。……、いや、もう今日は寝るか。馬車に揺られ続けていたから、さすがに疲労が蓄積している。正直眠い。軽食も置いてあったのでそれを拝借。もうこの際だ、いいと言われたからにはとことん使ってやろう。


 軽く体を拭くと、布団に入る。うん、さすが王城。いいものそろえているわ。これはさすがにあの家で使っていたものよりもはるかに手触りがよく、ふかふか。横になって目をつむると、疲れもあってすぐに眠りへと落ちていった。


***

 なんか外明るくないか……? 慌てて窓の外を覗いてみると、陽はもうかなり上っていた。さすがに疲れていたらしく、眠りこけてしまった。しかし、こういうとき普通起こさないか?


 ふと机の上に視線を向けると、そこには食事。これ寝ている間に入っておいていったってことか? たぶん朝食だろうけれど。スープに口をつけてみると、すっかり冷めている。いや、おいしいはおいしいけれど。やっぱりなんか声かけろよ……。


 文句を言っても仕方ない。ひとまず用意されたものを完食すると、これまたいつの間にか用意されていた服に着替えた。少し大きいけれど、全然着れる。しかし、こんないい生地使っているもの用意されるとは思わなかった。本当に俺の扱いってどうなってるんだ?


 さて、そしたらまずはリフェシェート様に会えるか聞いてみるか。昨日のあの子たちに聞くのがいい気がするが、どこにいるのかわからない。そっと扉を開けてみると、そこには騎士がいた。ばちり、と目が合う。


「どうされましたか?」


「あ、そのリフェシェート様にお会いしたくて」


「リフェシェート殿下に?

 お待ちください、交代の際に聞いてみます」


 いや、交代の際っていつだよ。しかも俺を目にした途端またこの目だ。ほんと、王都って生きづらいところだよな。俺たちみたいなやつらにとっては。


「わかりました。

 外に出ても?」


 不満はひとまず押し込めて、にこやかにそう聞いてみる。すると、向こうは嫌そうな顔を隠そうともしないで答えた。


「部屋の中にいてください」


 あっそ。さすがに息詰まるんだが。わかりました、とだけ答えて、もう一度部屋の中に戻った。さて、これから何をするか。何もすることないしな。せめて材料さえあれば調合の練習とかできるんだけど。


 あの家では毎日やることだらけだったのに、ここではなにもない。なんか面白いものがないか、と部屋の中を見て回ってみる。意外にも、本棚には本がしっかりと詰まっていた。たわむれに一冊手に取ってみる。それを見て、ああ、と一気に気分が落ち込んだ。


 それは幼い時何度も何度も読まされた本。この本は貴族から平民に至るまでこの国で広く読まれている。知らない人はいない本。この本によって国民はこの薄い髪色を蔑むのだ。あの家にいた人たちのほとんどは、この本によって不幸にされた、そう言っても過言ではないのだろう。


 ぺらり、とページをめくってみる。重厚な表紙のわりに薄いその本には、子供が読みやすいようにだろう。可愛らしい絵が添えられていた。

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