第11話
やめておけばよかった。油断してはいけなかった。シャレットを背負った背中が濡れていくのを感じながら、ただ後悔だけが頭を占める。パルキもいない状態なのに!
「あ、おかえ……シャルにぃ⁉」
「え、どうしたの……?」
「シャルにぃ?」
テントに戻ると、元気な様子の3人にほっとする。これで目を離していたことで3人にも何かがあったら立ち直れない。
「ボアにやられた。
ポール、湯を沸かして清潔な布をそれに浸して絞ってくれないか?
やけどには十分気をつけろよ」
「わ、分かった」
「ぼ、僕たちはどうしたらいい?」
「2人はちょっと大人しくしていてくれ」
焦った状態で他を気にする余裕はない。強めの口調になってしまったことを後悔しながらも、言い直す時間も惜しい。テントに入ると、自分がつくった薬を手にした。これを飲ませようと、シャレットの方を見ると、コボッという音と共に血を吐いたのが見えた。まずい……。
これだと飲ませることはできない。かけるやり方もあるが、それで治りそうでもない……。迷ったのは一瞬だった。この怪我は俺の責任だ。なら、俺がどうにかするしかない。
『これは、絶対、誰にもばれてはダメだよ』
幼い日。唯一俺のことを案じてくれた人の声が聞こえた気がした。その言葉に従って、あの日から今日まで一度もこの力を使ったことはなかった。でも、今使わなくてどうする。
一度大きく息を吸って、吐く。今もこの力をうまく使えるかはわからないが、できる気がした。ほかの魔法よりよっぽど俺になじんでいる力。練習なんてしなくても、当たり前のように扱えた。だから、きっと大丈夫。
シャレットの腹に手を置く。生暖かい液の感触は思わず手を引きたくなるものだ。だが、ここで引くわけにはいかない。目を閉じてイメージをする。目には見えない魔力を細い糸のようにして、怪我をふさぐイメージ。いつもの攻撃とは違う、もっと優しいもので包み込むように。ごっそりと体内から力が抜けていくのを感じる。汗が吹き出し、息が切れる。それでもやめるわけにはいかなかった。
どれくらいそうしていただろうか。手先から伝わるイメージのような傷を何とかふさげた気がする。そっと目を開けると、今だに顔色が悪いものの、穏やかな寝息をこぼすシャレットがいた。良かった……、これできっと大丈夫、だ。
手を離すと一気に体が重くなる。そのままひどい眠気が襲ってきた。ああ、でもチビたちをあのままに、しておく、わけには……。理性が働いたのはそこまでだった。どうしても抗うことができない眠気に、結局は瞼を閉じてしまった。
***
近くで聞こえる泣き声に、沈んでいた意識が浮上していく。あまり感じないほどの重い体に一体何をやっていたのか、と思考を飛ばしながら目をゆっくりと開けると、そこには涙で顔を濡らしたチビたちがいた。
「おまえ、ら……。
重い……」
「み、ミルにぃ⁉」
「起きた⁉」
「よ、よがったぁぁ」
「え、ちょっ⁉
なんでそんなに泣いてるんだよ……」
言いながら、周りを見渡してみる。そこでようやく何があったかを思い出した。
「シャレット!」
シャレットを慌てて探すと、すぐ隣にいた。どうやらまだ眠っているようで、穏やかな寝息を立てている。良かった、無事だ。後は起きてから回復薬を飲ませてやろう。
魔力を使いすぎたのか、まだくらくらする。でも、さすがにそろそろ起きて夕飯の支度やらをしなくては。何よりチビたちを落ち着かせないとだめだな。
「ごめん、ごめん。
不安にさせたな」
まだぐすぐすと鼻を鳴らしているチビたちの頭を少し雑になでてやると、双子は俺の腰に抱き着いて強く抱きしめられた。つ、強い……。ぐえっと出てはいけない声が出そうになるのを何とか耐える。それだけこいつらに心配かけてしまったからな。ポールは、と思って見渡してみると、服の裾をぎゅっと握ったまま、うつむいて固まっている。
「ポール?
お前もこっち来いよ」
そう言って手を差し伸べると、ようやく顔を上げてくれた。その顔は涙でぬれていて、声に出さなかっただけで、同じくらい心配してくれていたことが伝わってきた。
「ほら」
「う、ううっ!
み、ミルにぃ~!
怖かったよぉ」
「うん、ごめんな」
「シャルにぃも、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。
もう少ししたらきっと目を覚ますから」
「よか、良かった」
よしよし、と頭を撫でてやると、また涙があふれてきたようで、泣き声を上げる。それにつられて双子たちもまた泣いてしまったのだけれど、ゆっくりと頭と背を撫でてやっている間にようやく落ち着きを取り戻してくれた。こんなにテントの中は騒がしいのに、シャレットは目を開ける様子もない。それに不安を感じながらも、今度こそご飯の用意をするために、テントから出た。
「あー、しまった。
忘れていた」
テントの前には狩ってきたボア。そうだった、まずはこいつをどうにかしないと。なんか食べてからやりたいが、ただでさえ結構時間が経っている。一つため息をつくと、さっそくボアの解体作業に取り掛かった。
せっかくだからと肉を多めに鍋に入れて煮込む。残りは干し肉にして、と。本当は風の力とか借りて一気に仕上げたかったが、さすがに今日は無理だ。少しは回復しているが、何かの時のために残しておきたい。ひとまずできるところまで終えると、ちょうど鍋の中もいい感じに煮立っていた。
「おーい、ご飯食べるぞ」
「やった、おなかすいた」
「早く食べよ」
「シャルにぃとパルにぃの分も残しておかないと」
さっきまで大泣きしていた痕を目元に残しながらも、もう泣いていたことなどすっかり忘れたかのように嬉しそうな笑顔を見せてくれる。いろいろと不安なことも多いが、この笑顔を見れるだけで少しの間だけでも心が穏やかになってくれる。
「よし、いっぱい食べろ」
それを改めて伝えることはないけれど、その分の気持ちを込めてスープをよそってやる。早く、シャレットの目が覚めて、パルキが帰ってくればいい。そうして、また日常に戻れたら。そんなことを考えながら、スープに口をつけた。
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