髪色が理由で捨てられたのでのんびり山奥暮らしをしていたのに

mio

第1話


「こんなところに一人きりでどうしました?」


 かけられた声に顔を上げる。顔を濡らしているものが雨なのか、涙なのか。もうわからない。それほど長い間雨に打たれていたし、泣いていた。


「ああ、こんなに濡れてしまって。

 ほら立てますか?」


 そう言って手が差し伸べられる。この手は僕に……? わからない。けれど、この手を取らないともう差し伸べてもらえない気がして、ぎゅっと強く握った。


「良かった、まだ力は入るようですね。

 狭いですが、私の家に来なさい。

 何か温かいものを」


 どうしてこの人がほっとしたように笑うのかがわからなかった。だって、僕とは初対面。それになにより、僕は無価値な人間だ。だから親と呼んでいたあの人たちも僕を捨てた。もういらない、そう言って。


「どうしました?」


「ついていって、いいの?」


「ええ、あなたが嫌でなければ」


 まだ、涙が出るのだと心のどこかで驚いた。あんなに泣いたのに、まだ。ああ、ほら。と声がして体が浮く。気がついたときには視界が高くなっていた。


「もう連れて行ってしまいましょう」


 少し意地が悪い笑みを浮かべて、その人はそう言った。そして、僕のせいで体が濡れることも厭わずにぎゅっと抱きしめてくれた。年上の人に抱きしめてもらうなんて初めてだ……。両親も皆も、僕のことをずっと冷たい目でただじっと見てきたから。この初めて会ったお兄さんはどうしてこんなにも優しくしてくれるのだろう。そんなことを考えながら、だんだんと強い眠気に襲われた。


「あら……、寝ていていいですよ。

 おやすみなさい」


 どうして、そんな疑問は言葉にならずに消えていった。


***

 ふぁー、と大きなあくびを一つ。扉代わりの布を押し上げて、キッチンへと入っていく。外はまだ明るくなり始めたばかりで、誰も起きていない。しん、と静まりかえった家の中、かまどの中の木材に火を灯す。


 まだ朝は肌寒い。部屋を暖める準備ができたら、外へと出た。何度も怒られたからだろうか。いつのまにか朝も静かに鳴くようになったリクルたちの小屋に行き、卵を拝借する。今日は2個。まあまあだ。


 卵をかごの中に大切にしまってから河原へと向かう。念のため、と指先を水に浸し、ぺろりとなめてみる。濁りも味も特に問題がなさそうなことを確認して、水を汲む。それらを一度キッチンへと置くと、今度は野菜の様子を見に畑へと向かった。うまく育ってくれているようで、朝露にぬれた野菜がつやつやとしている。思わず口元をほころばせながら、よさそうなものを取っていく。今日はいいご飯がつくれそうだ。


 キッチンに戻ると、さっそく汲んできた水を鍋に移し、よく洗ってから野菜の皮をむき始める。お湯が沸いたところで野菜の皮を鍋の中に移してしばらく煮込む。その間にお昼の準備を手際よく進めていった。薄く切ったパンとそれに挟まれた野菜でどれほどお腹が満たされるのかはわからないが、ないよりはましだろう。肉も気持ちばかりの量だが入れておく。


 野菜の皮を取り除いた後に少しだけ鍋に塩を加えて、味見をするとなかなかいい味にできあがっていた。そこに溶いた卵と少しの野菜を回し入れて、朝食は完成。食べ盛りには足りないかもしれないが、これで我慢してもらうしかない。


 そろそろチビたちを起こさないと、と思ったところでキッチンに誰かが入ってきた。盛大な寝癖を残したままのシャレットだった。


「おはよぉ、ミルにい。

 うわ、いい匂い」


「おはよ、シャレット。

 寝癖すごいぞ」


「いつものことじゃん。

 あとで直す」


「そうしろ。

 俺はチビたち起こしてくるから、よそっててくれるか?」


「ん。

 任せて」


 まだ目が開ききっていないところが心配だが、まあ大丈夫だろう。そう思って大部屋へと向かうと、まだまだ夢の中にいるチビたちを起こすために思い切り息を吸い込んだ。


「おきろー!!!

 朝だぞー!」


「うわっ!?」


「っ!」


「もぉ、ミルにぃまた……?」


「おう、起きろ」


 不満たらたらな顔をしながらも起きだす。今日は下街のロアンさんのところに手伝いに行く日だから、いくら不満げな顔をしても容赦はできない。


「ほら、シャレットが朝食よそってくれてるから」


「んーー……」


「行くぞ、ラン」


 まだ眠そうなやつを起きたやつが引っ張っていく。そんないつもの光景。そのあとは難関ともいえるパルキを起こしに次の部屋へと向かった。


***

 ここで暮らすのは身寄りを失った子供たち、6人ほど。増えたり減ったり、人の出入りはある程度ある。その中でも現状最年長である俺はいつの間にか周りのやつらからリーダー扱いされていた。リーダーと言っても何かあるわけではない。ただ一人では生きるのが難しい子供たちが身を寄せ合って、日々を生きているだけの集団。ただ、それだけだった。


 身寄りを失ったと言っても、両親が亡くなっている奴は珍しい。それよりも5歳を迎えるタイミング、またはその前に捨てられることが多かった。原因は馬鹿らしいことにこの髪色。ここにいる奴らはほとんどが薄い髪色をしていた。


 かくいう俺も薄い青の髪。この髪色が原因で親からどういった扱いをされていたのか、よく覚えている。この国では髪色は能力の高さを表すと信じられている。幼い頃から読まれる本のせいで、この意識が強く根付いている。確かに使える魔法の種類は少ないのかもしれない、威力は弱いのかもしれない。それでも、それ以上に得意なことがある。だから、誰一人として劣っている、なんてことはないのだ。



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