第4話
またいつものように一日が始まる。今日は昨日とった果物が残っていたから少しだけ豪華だ。朝食と一緒に昼食も完成。今日はシャレットも起きてきていないから、全員を起こさないといけない。初めにシャレットを起こしに行ってから、チビたちを起こす。そしてやはり昨夜も遅くまで起きていたらしいパルキも起こしに行く。
何とか支度を終えると、今日は昨日の約束通り俺もロアンさんのところへと向かった。
朝の市場は活気がある。そういえば街に降りるのは少し久しぶりかもしれない。少なくとも王太子が決まってからは初めてだ。どうやらちょうど昨日、正式に立太子されたらしい。紙に人物画が書かれたものが配られていた。リフェシェート様、と王太子となった人物の名と共に書かれていたのは、濃い青の髪を複雑に結った青年の姿だった。
「はぁ、この人が王太子様。
俺たちとは全然違う世界の人間なんだよね」
「さすが、髪色も濃い。
かっこいいなぁ」
「ほら、そんなこと言っていないで行くぞ」
しっかりとその紙を受け取ったらしいチビたちを急かすと、ロアンさんのところへと足を進めた。
ロアンさんはいろいろなお店を展開している商団長だ。食事処から雑貨、服飾、とにかく多い。そんな立場にいると偉そうな態度をとってもおかしくないが、この人は『いい人』だった。親から見捨てられるほど髪色が薄い俺たちを見て眉をしかめるでもなく、人手が足りない時なら、と仕事を割り振ってくれる。しかも金払いもいい。こんな人早々いない。ロアンさん曰く、パルキの兄であるルータさんに恩があるのだそうだ。そのルータさんが面倒を見ていた俺を、こうして支えてくれている。
ロアンさんの商団に着くと、すぐに団長の部屋へと案内してもらう。特にためらうこともせずにノックをすると、すぐに返事が来た。扉を開けると朝から山盛りになった書類と格闘して言うるロアンさんがいる。相変わらずこの人は忙しそうだ。
「お、来たな。
ミルフェも来てくれたのか」
「そりゃ、先払いみたいにお金持たされたら来ないわけにはいかないですよ」
「はは、助かる。
パルキはどうしている?」
「今日はせっせと薬をつくっているそうです。
また近々渡せるかも」
「お、それは助かる。
パルキがつくるものは効能がいいって人気だから。
そうだ、その時は久しぶりにお前も来いって伝えておいて」
「はは、わかりました。
それで、今日は?」
「えっと……」
パラパラと何かを確認した後に向かってほしい場所を伝えられる。チビたちだけにするのは不安と思っていることは理解してくれているのだろう。シャレットたちはまとめて昨日と同じ食事処へと向かった。
「ミルフェには別のことを頼みたくてな。
お前、確か水魔法得意だったよな」
「まあ。
でも、そんな得意と言えるほどではないですよ」
そう言って、ほらと髪をいじる。そんな俺の様子にロアンさんが眉根を寄せた。
「そうやって自分のことを下に見せようとするな。
お前の魔法は十分素晴らしいよ」
「……ありがとうございます」
それはまあ、平民に比べたらまだ才能があるのだろう。きっと。それ以上何を言うでもなく、ロアンさんの言葉の続きを待った。
「魔法で出した水が、湧き水よりも優れているのは知っているだろ?
そこでな……」
にやり、とロアンさんが笑う。え、この人俺に何させるつもりなんだ。
「馬の世話を頼みたくてな」
「……は?」
え、それ水魔法何か関係ありました? しかも馬の世話ってできるのか? 商団のかなり重要な資材だと思うんだが。
「ふ、は、はははは!
いい驚きっぷりだな」
「からかっているのですか?」
「いや、からかってない。
本気だ。
専門家もいるから安心してほしい。
ただ、お前には魔法で水を出してサポートしてもらいたいんだ。
今はいろんなところから人も馬もやってくるし、これからいろんなところへ行ってもらわないといけない。
だからまあ、少しお試しも含めてな」
「本気ですか?」
「ああ、本気だ。
報酬は弾むぞ」
「……、わかりました」
専門家もいるというしきっと大丈夫、だよな? こうなったらもうやるしかない。
「報酬、期待していますよ」
「おう!」
不満はあるものの、しぶしぶ案内された馬小屋へと向かった。それにしても、専門家の方も俺が来たら不満あるんじゃないか? 一体どういう人がいるのか……。
「すみません、ロアンさんに紹介されてきました」
馬小屋へと着いた後、そっと扉を開けてそう挨拶をする。少しすると、奥の方から人がやってきた。
「あーー、もしかして君が水魔法の使い手?
はは、本当に来たんだ」
「お、お邪魔します」
「ロアンさんも面白いこと考えるよね。
入って入って」
ずいぶんと明るそうな人だ。よかった、俺のことを見ても嫌がらない人で。小屋の中では馬がたくさんいた。その空き具合を見ていると、本当に今はここに馬が集まっているのだろう。ここからまた荷物を運んでいくのか。大変だな、とねぎらいを込めてみるも、馬に伝わるはずもなかった。
「そうだな、まずはこいつに水をあげてもらえるか?」
そう言って案内されたのは、他の馬よりもぐったりとしてる馬のところだった。明らかに消耗している様子に、可哀そうにという感想が浮かんだ。
言われるまま、新しく用意された桶に水を出していく。ある程度たまったところで男性が桶を馬の口元へと持っていった。初めは少し警戒していたものの、次第に馬は水を飲み始める。え、何か少し感動するんだが。
「はは、うまそうに飲んでいる。
少しは元気になった、か?
すごいな……」
俺に聞かせているようではない微かな声。それでも喜んでいることが確かに伝わってくる。よくわからないけれど、どうやら役にはたてたようだ。
「あの、ところでお名前を聞いてもいいですか?」
桶を置き、手が空いたであろうタイミングでそう話しかけると、きょとん、とされてしまった。あれ、聞いていないよな、この人の名前。そして何なら俺の名前を言ってすらいない。
「え、あ、ああ!
そういえば言っていなかったな。
俺はベラーシ。
馬屋番をやっている」
「ベラーシさん、よろしくお願いします。
俺はミルフェです」
「ミルフェ……、ああ、よろしくな。
こいつ、今回だいぶ急がされたみたいでここに来たときは虫の息だったんだ。
これでもまだ回復してたんだけど、ずっと元気がなくて。
だけど、ほら」
そう言って示された馬の方に視線をやると、ぶるる、と体を震わせているところだった。先ほどまでのぐったりとした様子はもうない。
「魔法で出した水ってやっぱり特別なんだな。
人はあまり口にしない方がいいっていうけれど」
「そう、なのですね。
今までこれを飲もうとしたことがなくて」
「ま、普通そうだよな。
俺は馬に飲ませようとしたこともないさ。
魔力もちはこんな風に魔法を使うことも嫌がるだろうし」
その言葉にああ、とうなずく。平民でも魔法を使えるほどの魔力もちはもちろんいる。だけど0から馬に十分に上げられるほどの水を出せる人は少ない。どちらかと言えば、元あるものをコントロールする方がメインだろう。そんな状態だからある程度使える人はプライドがあるらしかった。ま、俺には関係ないけど。
「あ、こいつの名前はアークだ」
「アーク……。
元気になれよ」
そっと頭を撫でてやるとアークは嬉しそうに鳴いた。
「よし、それじゃあ、まだ出せそうならほかのぐったりしている奴にもお願いしていいか」
「もちろんです」
途中しっかりと休憩をはさみながらも馬の世話をしていく。ベラーシさんはこちらを過剰に頼ろうとはしない人で、具合の悪い馬たち以外に俺の水を与えようとはしなかった。その代わりに丁寧に、丁寧に世話をしていく。傍で見ていると、俺にも世話の仕方を教えてくれた。
「今日はありがとう!
助かったよ」
「こちらこそありがとうございます」
ベラーシさんから今日の報告を書いた紙を受け取り、ロアンさんのところへと戻る。馬の世話なんて初めてだったけれど、なかなか楽しかった。いまだにぎわっている市場を通り、ロアンさんのところへと急ぐ。チビたちももう戻っているはずだ。
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