第16話

「パルキ、起きれそうか?」


 いまだベッドの中にうずくまるパルキの姿に申し訳なく思いながらも、声をかける。すると、一度眉根をしかめてからそっと目を開けた。


「皆寝ましたか……?」


「うん、もう寝たよ。

 明日街に行けるのが楽しみみたいで、いつも以上にすんなり寝てくれた」


「ふふ、そうですか。

 ふぁ……、キッチンに行きましょうか」


「大丈夫か?」


「ええ。

 さすがにお腹がすきました」


 まだ少しぼんやりとしている様子のパルキを連れてキッチンに向かう。夕飯の残りを温めなおして出してやると、パルキは嬉しそうにそれを口にした。食べ終わるとようやく落ち着いたようで、お待たせしました、と表情を改める。これからする話が真剣なものであると、その表情が物語っていた。


「まず、ロアンさんも自分の情報網を使って王都の様子を探ってくださったようです。

 王都でも同様に特徴を上げて犯人探しが行われているようですが、どうにもいい加減と言うか……。

 あまり真剣に探している様子ではないようです。

 王都からの人の出入りを制限している様子もないみたいですし」


「は……?

王都で犯人探しをする意図はないってことか?」


 意味が分からない、と口にすると、パルキがうなずく。なんだそれは。王宮にいる王太子を害したのなら、犯人は少なくともその瞬間は王都に居たのだ。それなら王都をまず封鎖でもして外に出さないのが優先だろう? 普通は。


「それなのにここを含めた王都から外れた場所ではいまだに犯人探しにご執心なのです。

 ほかにも過去に特徴に当てはまる人が目撃された都市では貴族を派遣してまで探しているみたいですから」


「それって……」


 言いたいことは伝わったのだろう。パルキがうなずく。つまり、わかっているのだ。王都に探している人物はいないであろうことが。それどころか、本当に王太子が害されたのかも怪しい。無事でいてくれるのなら、それはそれで嬉しいのだが、それにしたって……。これは、危惧していたことが現実となっている、そう考えた方がいいのだろう。


 はぁ、とため息が漏れてしまったことは許してほしい。本当に、どうしてこうなった。


「ミルフェ、何か心当たりはありますか?」


 そっとうかがうようにこちらを見るパルキ。もう話す覚悟はしていたのだ。俺は一つうなずいた。


「一つだけ。

 もしこの捜索が俺を探してのものなら、心当たりはある。

 ただ、どうして俺を探しているのかはわからない」


 あえて挙げるのなら一つあるが、この秘密は漏れていないはずだ。なにせ、このことを唯一知っている人は、決して漏らしはしない人だから。


「それは……?」


「俺の出生に関する話だ。

 俺がこの薄い髪色が原因で捨てられたことは知っているな?」


「ええ、まあ」


「その捨てた親っていうのが、ストレグス公爵なんだよ。

 俺は公爵家の子息で、現王の甥なんだ」


「え、は、は……?

 では、刺されたという王太子は、もしかして」


「俺の双子の兄なんだ。

 蔑んだ目で見られていたあの家で唯一俺の味方でいてくれた人」


「本当に……?」


「残念ながら」


 長く、息を吐きだすパルキ。困惑させたようで申し訳ない。だが、ずっと口に出さなかった事実を明かせてどこか肩の荷が下りた気持ちになっていた。ま、あんな奴らが血のつながった家族と認めたくないけどな。俺が本当に血のつながった家族と認めるのは、一人だけだから。


「そう、でしたか……。

 それなら納得です。

 おそらくあなたを探すためにこんな芝居を打ったのでしょう」


「でも、なんで今更」


 ずっと疑問に思っていること。もうあの日から何年経ったと思っているんだ。


「確かなことはわかりませんが……」


 そこまで言って、パルキはより声を潜めた。内緒話をするようなその様子に、パルキに近づく。


「王が、病に侵されているという噂が」


 王が病に。その言葉を聞いて思い出したのは、直系王族を襲ったものだった。そうだ、直系王族がバタバタと倒れたから、甥であるリフェシェート様が王太子に即位したのだ。それと同じものが王を襲っている、かもしれない。


「でも、俺には何もできないぞ?」


「まあ、どんな考えでこんなことをしているかはわかりません。

 せっかく立太子されたリフェシェート様を囮にしてまで何をしたかったのか。

 はぁ……、本当にどうしてそうなったのか」


「なんか、ごめんな」


 俺にはどうしようもない問題ではあるが、それに巻き込んでしまったことは申し訳なかった。そう思って謝罪を口にすると、困ったような笑みを浮かべてこちらを見た。


「あなたが最たる被害者ではないですか。

 ……話して下さり、ありがとうございます。

 勇気が、ほしかったでしょう?」


「パルキ……。

 そう、だな。

 正直ここに来る前のことはあまり思い出したくないこと、だしな」


「ええ、そうでしょうね。 

 ……、さて!

 今日はもう寝ましょう。

 どうやら明日も引率をしなくてはいけないようですから」


「はは、よろしく頼むな」


「ええ。

 おやすみなさい、ミルフェ」


 立ち上がって自室へと向かうパルキを見送る。そのつもりだった。だが、パルキは何を考えたのか、こちらにやってくる。そしておもむろに抱きしめてきた。


「パルキ……?」


 こんなことをされるなんて初めてで、思わず不審に想って問いかける。パルキはしばらくそうしていると、何もなかったかのように俺から離れていった。


 そしてもう一度おやすみなさい、と言うと今度こそ自室へと戻っていく。一体何だったんだ?


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