第3話
家へと帰ると、すでにパルキは帰っているようだった。作業部屋前にかけられた薬草たちを見るに、これは相当前だろう。あいつ……。
「あ、遅いじゃないですか。
採取したものが腐ってしまいます」
「お前なぁ……。
面倒だからって俺に押し付けすぎなんだよ」
「何のことでしょうね。
ほら、外で処理しますよ」
「……」
怒りを込めてジトっと見ても、パルキはダメージを負わない。そうだよな。こいつにこういうのは無駄だったな。動物たちは食べれそうなところと薬に使うところに分けていく。一応やった時に最低限の下処理だけはしてきたから、何とかだめにはなっていなさそうだった。
「相変わらずきれいですよね。
助かります」
「それは良かったよ。
今日の夕飯は大きめの肉を食べさせてやれそうだな」
「皆喜びますよ。
私はこれらの処理をしてしまいますね」
「ああ、頼んだ。
俺は夕飯作っちゃうな」
あと干し肉も作っておくべきだろう。うーん……、やっぱりまた明日肉の確保だけはしておくべきか。そんなことを考えながらキッチンへと入っていく。保存が効くものはさらに丁寧に処理をして干し肉に。効かないところだけ、適度な大きさに切って、そのいくつかを鍋へと放り込んだ。朝に採ってきた野菜はまだ残っている。これも皮をむいたところで一緒に鍋へと放り込む。最後に貴重な調味料を使って味を調えたら完成だ。
もっと豪華なものを食べさせてやりたい。もっとお腹いっぱい食べさせてやりたい。でも、それにも限界はある。自力で肉をとり、お手伝いで稼いだ金で調味料とパンを買い。そんな生活をしている以上、何とか少しずつでも3食、日によっては2食が限界だった。
「ただいまぁ、ミルにぃ、パルにぃ!」
「ただいま!」
「ただいま」
元気な声が家に響き渡る。今日も無事に帰ってき声だ。それにほっとしながらチビたちを迎え入れてやると、皆ヘロヘロに疲れていることが見て取れた。それはそうだ。慣れないことを一日やるなんて、疲れるに決まっている。
「お帰り、夕飯できてるぞ」
「わ、やったぁ。
あ、ミルにぃ。
これ今日の分」
「ありがとう。
あれ?
何か多くねぇか」
「今はどこもお祭り騒ぎで人手が足りないんだって。
多めにやるから明日も来てくれって。
ミルにぃにも来てもらいたがっていたよ」
その言葉にああ、とうなずく。そうか。そう言えば今はようやく王太子が決まったことで国中がお祭り状態なのだった。こんな山奥ではその喧騒は届かない。あまりにもいつも通りの時間が流れていたから頭から抜けていた。
「王太子様が決まったこと、何がそんなに嬉しいんだろうね」
「別に僕たちの暮らしは変わらないのに」
「変わらないのにね」
そんな会話をするチビたちに思わず笑ってしまう。そうだよな、こんなところに暮らす俺たちには特に関係のない話だ。でも、きっと王族にとってはそうではない。そして、貴族にとっても。
今の王族は直系が少なかった。その数少ない王族すら、ある時バタバタと倒れてしまったのだ。そこで持ち上がったのが後継者問題。もう王妃が子を産むことは望めない。王も年を取っていてなかなか難しい。
そんな王族のごたごたは俺たちには関係がないように見えても、そう言うわけにはいかない。だから、やはり国民にとって関心は強いのだろう。今回小耳にはさんだ情報では、王太子となったのは、直系に近いとある公爵家のものらしかった。どうやって情報が流れるのかはわからないが、周りからの評判も良いと聞く。その分、期待も大きいのだろう。決まったことが周知された昨日から国中お祭り騒ぎなのだ。
と、そんなことは置いておいて。金は稼げるときに稼いでおくべきだろう。明日の予定を軽く頭の中に思い浮かべてから、とくに問題ないことを確認する。よし、金を稼ぎに行きますか。
「明日は俺も一緒に行くよ」
「あ、ほんと?
良かった。
ロアンさん圧強かったから」
「はは、想像できる」
「ついでにいろいろと買い込んでおこう。
荷物持ち頼んだぞ」
「うわっ、仕事終わりの買い物ってきついんだよな」
「ま、明日は俺もいるから」
それだったらまあ、と不満げに答えるシャレットに笑みがこぼれる。まあ、どれだけ嫌でも生活のためには仕方ないのだ。
「パルキはどうする?」
「んー、今日素材もいろいろ手に入ったし、ここで薬作っている予定です。
今だったら少し高めでも売れると思いますし、今のうちに売った方がいいでしょう」
「わかった。
よろしくな」
これで明日の予定も決まった。ごろごろと入った肉は、すでにチビたちの手元にはない。空にした器を前にうとうとと船をこいでいる奴もいる。これはさっさと寝かしてやった方がよさそうだ。
素早く、でも味わって肉を口に放り込むと、夕飯を食べきる。そこから汲んできた水を軽く温め、布を浸す。しっかりと水気を切ってから半分以上眠りの世界に意識を飛ばしているチビたちの体をふいてやって、寝室へと送り届けた。やっぱり疲れていたようで、最年少組はベッドに横たえたころにはすっかりと寝てしまっていた。その幼い寝顔はやっぱりかわいい。思わず手を伸ばして軽く頭を撫でてやると、2人ともふふっ、と口角が上がった。その時、ママ、と小さい声が聞こえた。ああ、こいつらは今でも親の影を探しているのだろか。もう迎えに来ることはないというのに。
息を長く吐き出して、暗い気持ちを何とか押しやる。このあとは片づけをして、俺たちも体を拭かないと。明日も忙しくなる。早めに休もう。
寝る準備を整えてからパルキの部屋を覗くと、さっそく薬づくりに取り掛かっているようだった。こいつはなんだって夜にこういうことをやるのか。
「パルキ」
「っわ、びっくりしました。
もう寝るところですか?」
「うん、そう。
お前もほどほどにしておけよ」
「わかっていますよ。
あ、そうだ。
ついでにこの辺りの薬草、乾燥させてくれませんか?」
「ついでって、お前……」
明らかについでではない難易度だろ。こうやって何度パルキの無茶ぶりを振られてきたことか。もともと魔法を使うのはかなり不慣れだったのに、こいつの無茶ぶりのせいで鍛えられた気がする。薬草が乾燥するのが待てないから、とこうやって依頼されるのは何回目だろうか。
「ミルフェなら簡単でしょう?」
「いや、簡単ではないからな⁉
はぁ、分かったよ」
これ、と指示された薬草に向き合う。元々水を扱うのが一番得意だった。きっとほかの火や土とかだったらこんなに微細な調整はできない。目の前の薬草に集中する。適度に水を奪わなくてはいけない。奪いすぎてもよくないことは初めの方に失敗しまくって学んだ。
薬草の中をめぐる水を想像する。それらが葉からじわじわと出てきて、空中に溶けていくところまで。そうして意識を集中していると、本当に薬草の中の水分が見えてくるような気がするのだ。
じわり、と額に汗がにじんだ頃、ようやく作業を終える。せっかく汗を拭いたのに、なんて不満を押し込んで終わったぞ、と声をかけた。パルキは確かめるようにしばらく薬草を手に取った後に、満足げにうなずいた。
「うん、完璧。
さすがですね」
「お前に無駄に鍛えられたからな……」
「無駄ではないですよね。
これでコントロール力上がったんですから」
「誰も薬草を乾燥させるためにコントロール力上げないと思う」
「まあまあ、いいじゃないですか。
明日早いんですよね?
ありがとうございました」
「おう。
パルキも今日は早く寝ろよ」
「はい」
うなずくものの、これは今日も遅くまで起きているな。どうせどう言ったってこっちの言うことなどろくに聞きはしないのだ。こんな時、ルータさんがいてくれれば、と思わないことはない。でも、それを言ったって仕方がない。
「おやすみ」
それだけを告げて、俺はパルキの部屋からでた。
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