第18話

「あの、リフェシェート様は無事なのですか?」


 どれほど馬車を走らせただろうか。特に休憩をとることなくずっと走っている。そして、目の前のこの男は馬車に乗り込んでから一度も口を開いていなかった。沈黙に耐えかねた、というわけではない。だが、ふと、そんな言葉が口をついた。

 

 急に話しかけたからだろうか。男が、こちらを見てくる。お? 一応反応返してくれるんだな。


「お前が気にすることではない」


 ほほう。そう来たか。


「ですが、俺のこと、王太子の暗殺未遂という名目で探していたのですよね」


 こちらを見ていた目が、その圧力をました気がする。それが意図することはわからないが、なんだかそらしたら負けな気がして、じっとその目を見つめてみる。


「お前には、関係がない」


 え、またそう来るの? てか、俺に勝手にかけていた容疑に対して関係がないって……。さすがにそれは意味が分からないだろう。


まあ話す気がないということはわかった。それならなぜ返事をしてくれたのか、と思わなくもないが、まあいいか。別に円滑な会話をする義務もない。結局こうして短い会話も終了し、そのあとはひたすら互いに無言だった。


 ようやく、と思わず言ってしまいたくなるような時間をかけて、馬車は止まった。それでもかなり急いでいたのだろう。窓から見える景色は目まぐるしく変わっていたし、馬車もがたがた揺れていた。ある意味会話なくてよかったかも。舌噛みそうだったわ。


 降りろ、と言われて降りると、そこにはいい感情など何もない王城が広がっていた。もちろん正門からではなく、使用人などが出入りできる門から入っていましたとも。周りを囲まれていたせいでほとんど見えなかったけれど、たまたま近くを通った人がぎょっとしたのは見えてしまった。すみませんね。


手に枷をつけられたまま、俺はまたもや周りを騎士たちに囲まれながら歩きだした。もう逃げないと思ったのか、今度は引かれることはない。騎士たちが視線除けになってくれているから、ある意味良かったのか、これ? そんなくだらないことを考えて必死に気を紛らわせていても、緊張はほぐれない。今から、本当に陛下に会うのか……?


立派な扉の前に立つと、あの男が扉の前のものに声をかける。一度、一人が扉の中に入って、出てくると、扉が開いた。


なるほど、ここはおそらく謁見室だろう。部屋の中半分から伸びる階段の先には立派な王座あった。今は特に誰もいない。ここで立っていろ、と指定されると、俺を囲んでいた騎士たちは左右に分かれて列になった。


「国王陛下が参ります」


 侍従がそう言うと、騎士たちはいっせいに反応する。おーおー、ずいぶんと揃っているようで。ちなみに俺はと言うと、適当に頭下げています。だって、拝謁の礼とかもう忘れたよ。いきなり連れてこられて、きちんと貴族らしくしろと言われてもね?


 少しして、国王が現れた。そして、玉座へと腰を下ろす。パルキの言っていた通り、どことなく顔色が悪い、か?


「皆、楽にしてくれ」


 その声に顔を上げると、国王の顔がきちんと見えた。その目には明らかに侮蔑が混じっている。ま、この髪色だもんな。だが、呼び出したのはそっちなんだが。


「そなたが、ストレグス家の次男、ミベルフェートか。

 なるほど、リフェシェートとどこか面影が似ておる。

 が……」


 はっ、と笑われる。いや、まあ気にするまい。早く帰してくれ、と言いたいところだが、発言は許されていない。ひとまず様子を見ることしかできない。


「そなたには、あー、リフェシェート暗殺未遂の疑いがかけられておる。

 その疑いのためにこうして王城までエプロシアが連れてまいったわけだが。

 入れ違いで先日、かの犯行を犯した者が捕縛され、本日刑に処された」


 ……は? え、何言っているの、こいつ? なんかひどく面倒そうに話しているけど、こっちはついていけないのですが。てか、犯人捕まったなら俺のこと解放してくれない? まあ、そんなことするわけないとわかってはいるが。


 でも、てっきり王太子暗殺未遂でなんかこう、いろいろ吹っ掛けられるのかと思っていたから、この展開は意味わからない。この後一体何を言われる?


 俺の警戒などお構いなしに、話は続けられる。


「まあ、だがせっかくこちらに戻ってまいったのだ。

 しばらく滞在するがよい。

 そなたの兄もおる。

 特別に詫びも含め、こちらに滞在する許可をやろう」


 言うだけ言うと、国王はさっさと席を立つ。え、は? 何一つ理解できないのだが。用事が終わったならさっさと返してほしいんだが。こんなわけがわからない茶番に付き合うために、シャレットはあんなにも泣かされたのか?


「王城に滞在できるとは、またとないご配慮。

 国王陛下に深く感謝せよ。

 そして、陛下のお役に立つのだ」


 困惑とか怒りとか、いろんな感情が胸の中を渦巻く。それにうまく対処できていない中、ようやく名前が判明した(おそらく)エプロシアが、そう言う。だが、なぜ感謝しないといけない? そして、俺の腕にある枷を外す。ようやく手首が解放された。


「ご案内いたします」


 いつの間に近づいたのだろう。侍従が2人、すぐそばにいた。まだまだ言いたいことは多くあるが、こいつは初めから俺と会話する気はない。エプロシアはさっさと部下たちを連れて部屋を出ていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る