第17話
「それでは行ってきますね」
「行ってらっしゃい。
気を付けてな」
「はーい」
元気よく手を振っていくチビたちを見送ると部屋の中に入る。こんなに家の中が静かだと落ち着かない。チビたちだけで仕事に街に降りることも多々あるから、別に珍しいことでもないのに。そうだ、でもパルキまでいないのは珍しいか。
「はぁー、本でも読むか?」
誰も聞いていない。そんなことはわかっている。でも、何となく口に出さないとやってられない、そんな気持ちになっていた。こんなにも日常に面倒を見るべき誰かがいることが普通になっていたのだ。パルキも含めて。
なんとも言えない気持ちを抱えながら、パルキの部屋に入る。まだ読んでいない本はいっぱいある。ありすぎて何から読んだらいいのか……。たくさんある本の中から一冊を抜き取ると椅子に座り本を開く。
そこからはもう、ただ集中していた。その集中がふいに途切れたのは、乱暴に扉をたたく音が聞こえたときだった。こんなたたき方、あいつらは絶対にしない。そもそも勝手に入って来る。
この家に訪問者は居ないと言っても過言ではない。つまり、これは何かいつもとは違うことが起こっているのだ。どうする、と考えている間にも、再びたたく音が響く。これ以上やられたら扉壊れないか?
おそらく、相手はまだ家の中に誰かがいるのかもわかっていないはず。逃げ出すのもありだし、出てみるのもありか……。ゆっくりと考えている時間はない。逃げ出したいところだが、それでチビたちが帰ってきた後に何かされても面倒だ。一つ、深いため息をつくと、扉の方へと向かっていった。
「そんなに強く叩いて、何事……」
ですか、と続くはずだった言葉は音にならなかった。
「シャレット⁉」
「み、ミルにぃ……。
ごめん」
扉をたたいていたのは、騎士団の制服をしっかりと着こんだ男だった。その男の後ろには手を後ろで抑えられているシャレットの姿。
「シャレットを離してくれませんかね?」
男は俺が出てきた後も一言もしゃべらず、ただじっとこちらの方を見てきていた。それに負けじと睨み返すも、大したダメージにはなっていなさそうだ。
「なるほどな……。
面影はあるな。
おい、お前が大人しくついてくるなら、こいつは解放してやる。
どうするべきか、わかるな?」
「ミルにぃ、だめだよ!」
「うるさいな……」
ぼそりと男がつぶやくと、シャレットの隣にいた別の男がシャレットの口をふさぐ。なんだ、これは。一体何が起こっている。
「わかった、付いていけばいいんだな。
早くシャレットを離せ」
そう言うと、シャレットを押さえていた手が乱暴に離される。シャレットの瞳からは涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
「ごめん、本当にごめん、ミルにぃ。
俺が、つけられているのに気がつかなかったから」
「シャレット、お前のせいじゃない。
ほかの皆は?」
「まだ街にいる。
俺だけ先に帰ってきたから」
そうか……。パルキがいるからめったなことは起きないと思うが、無事でいてくれ。そう願うしかなかった。
「おい、行くぞ。
急げ、陛下がお待ちだ。
ああ、一応丁重に扱えよ」
最後の一言を嫌な笑みを浮かべて付け加える。きっと普通の意味の『丁重』ではないのだろう。そう思っていると、おもむろに枷をつけられた。ズシリと重い枷はそれだけで手首が痛くなりそうだ
はぁ、とわざとらしくため息をつく。それからシャレットの方に視線を向けた。はは、号泣じゃん。絶望、という言葉が似あうその目にひたすら申し訳ない気持ちになる。本当に、シャレットは何も悪くないのに。
「シャレット、ちょっと行ってくるな。
皆によろしく」
「ミル、にぃ……」
行くぞと、引っ張られる。これ、本当に罪人の連行みたいじゃん。思っていたよりも他人事のように感じながら、山を降りて馬車へと詰め込まれた。
馬車の中では転がされるのかと思っていたのに、案外普通の対応をされた。馬車は貴族向けのようでそれなりにふかふかだし、普通に椅子にだって座れる。目の前には不機嫌そうな顔を隠しもしない、リーダー格の男性が一人。
それ以外の人たちは乗馬して馬車の周りにいるようだった。これではぱっと見は貴族の遠出だ。ひどい扱いをされるよりもよっぽどいいはずなのに、こう、なんか気味が悪い。一体、何が目的なのか。こいつ、さっき『陛下』って言っていたから、俺を探しているのは現王で確定として、その用事は何なのか。
……あいつら、大丈夫かな。特にシャレット。気にしていないといいけれど。
はぁ、と思わずため息が漏れる。またあの家に、パルキたちのところに戻れるのか、いや、戻れるわけがないか。あの日、泣きながら去ったところに、まさかこんな形で戻ることになるなんて思わなかった。あの時はあれほどまでに戻りたいと思っていたのに、今となっては二度と戻ることも、関わることもしたくない。
それほどまでにあの家での日々は楽しかったのだ。楽しいだけではなく、辛い思いもした。悲しい思い出もある。それでも、すべてがかけがえのないもの。それがまさか、こんな形で去ることになるとは全く思っていなかった。
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