第8話

 家に帰ってからは砂の上に枝で文字を書いてチビたちに教えていた。一文字ずつ、声に出して読み上げるとそれを真似してかわいい。シャレットはもうこの辺りは完璧で、本を渡して読んでてもらう。ポールはもう少しか?


 日が暮れてきて、パルキ遅いね、なんて言っていた時。今までに見たことがないほどに焦った様子のパルキが帰ってきた。


「み、ミルフェ……!」


「そんなに慌ててどうした?」


 どれだけ急いできたのだろうか。息が上がり切っていて、肩が大きく上下している。慌てて水を渡すとそれを一気に呑み込む。


「急いでここを出ましょう」


「え……?」


「理由は後で説明しますから!

 早く!」


「ぱ、パルにぃ?」


「シャレット、必要なものを集めてきてください。

 ミルフェ、急いで。

 食べ物とか、薬とか、とにかく集めて森に入りましょう」


「何がどうなっているんだよ……」


「う、うわぁぁぁぁ、パルにぃ怖いぃぃぃぃ」


「怖いよぉおお」


「ああ、ほら泣かないでください」


 意味が分からない。わからないけれど、パルキが妙に真剣に言うから無視もできない。泣き出した双子をひとまずパルキに任せて、食料などをかき集めてくる。冬支度をしていたから、保存用の食料はそこそこある。何がどうなるかわからないから、ひとまずそれを全部カバンに突っ込む。後は服とか、俺がつくった薬とかをとにかく入れる。


 そして入り口に戻ってくると、双子は未だぐずっているものの一応泣き止んでいた。


「私も少し荷物をまとめてきます。

 すぐに出られるようにして待っていてください」


 そう言うなり、パルキも中に入っていく。本当に急いでいるようだ。


「ミルにぃ、ここ出ていくの?」


「僕たち、どうなるの?」


「俺にも、わからない……。

 でも多分出ていくことになると思う」


「い、一緒?

 それでも、一緒に居られる?」


「うん、もちろん」


「絶対だからね」


 ぎゅっと抱きしめられる強さに、2人の想いが伝わってくる。あまり理解できていないとは思うが、それでも親に捨てられた記憶と言うのは根深く残っているのだろう。そんな2人を安心させるように頭を撫でてやった。


「お待たせしました。

 行きましょう」


 かなり重そうな荷物を背負ったパルキが家から出てくる。その後ろにはシャレットやポールも。俺も荷物を詰め込んだリュックを背負って、森の中へと入っていった。


 あの日からずっとこの家で暮らしていた。ルータさんに拾われたあの日から。それがどうしてこんな風に逃げるようにここを後にしなくてはいけないのか。何もわからないまま、ただパルキについていくしかなかった。


 森へ入ってしばらく歩き続けると、いつも水をとる川のさらに上流に行きつく。そこに簡易的なテントを建てて、今日はそこで休むことになった。獣除けに薬を撒いたらそこそこ安心して休むことができる。またもや風魔法で補助をしていたとはいえ、重すぎる荷物をようやく下ろすことができた。ずっとバタついていたからだろう。テントに入ると、すぐにポールたちはうとうと船をこぎだした。


「3人はもう寝かしてしまいましょうか」


 困ったように笑いながら、パルキがそう言う。なんとか夕飯を食べさせると、3人はすぐに夢の世界へと旅立っていった。


「それで、何があったんだ」


「あの、俺も聞いていいの?」


「ええ、シャレットもぜひ聞いてください。

 私にも正直何が起きているのかあまり理解できていないのです。

 でも、そうしているうちに身動きが取れなくなりそうでしたので、ひとまずこちらに。

 何もなければ、もちろんそれが一番ですが……」


 言葉を探すようにパルキの視線が揺れる。何をそんなに迷っているのかもわからないが、俺もシャレットもただパルキの言葉の続きを待った。


「実は、あなた方が帰った後に街中にとある一報が届けられたのです。

 王太子が刺された、と」


「……は?」


「え、王太子様って、あの?」


「ええ、おそらくシャレットが思い浮かべている人物です。

 リフェシェート・ストレグス。

 先日立太子された方です」


「え、どうして……」


 あまりの事態にそれしか言葉が出てこなかった。王太子なんて厳重な壁に守られてしかるべき存在だろう。それがどうして刺されているんだ。え、だめだろう。周りの人たちは何をやっているんだ。


「理由はわかりません。 

 ただ、犯人について……、その容貌のお達しがありました。

 それが、薄い青の髪、紺の瞳の男性、だと」


 ちらり、と俺の方をパルキもシャレットも見る。それだけでたった一人が特定されるわけではないが、かなり絞られるだろう。そして、俺はそれに当てはまる数少ない一人だった。


王太子がいる首都からここまではかなり離れている。だから、疑われる理由はない。そう思うのに、どうしてか嫌な予感がする。顔から血の気が引いていくのを感じた。ありえない。ありえないと思いたいのに、そう言い切れない。


「私たちはあなたが犯人ではないことを知っています。

 でも、万が一のことを考えてここに避難してきたのです。

 リフェシェート様は、ようやく決まった王太子。

 その方が倒れたとあれば、多少強引な手を使ってでもこの事件を解決しようと謀るかもしれません」


 その言葉の意味を、正確に理解する。それも、十分にあり得る。現王にとって俺たちみたいなやつは捨て駒も同然。俺はあの街では普通に髪色も目の色も晒している。それに今は高位貴族が来ている。嫌なコンボが決まっているな……。


 それにしても、刺されたなんて大丈夫なのだろうか……。最後の記憶に残っている濃く青い髪を持つあの人の姿を思い浮かべる。落ちこぼれだと、価値がないと言われていた毎日の中で、唯一優しい目を向けてくれたあの人。幼い子らしく丸かった頬は、すっかりとシャープになっていて会わなかった期間の長さを感じた。


 もう二度と会うことはない。それでも、幸せになることを心のどこかでは願っていた。それなのに……。せめて無事でいてください。今の俺にはそう願うことしかできなかった。

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