Chapter Ⅰ

再会 〜reunion〜


「ねぇママ、お星さまはどうしていつもキラキラしてるの? 」


 耳に残る愛らしい声。蓮、美蕾……こんな私をママにしてくれた、愛しい二人。


 美味しいご飯を作ってあげられなくて、一緒にいられなくて……ごめんね。


 “離婚してほしい”


 遠ざかる背中……愛していた、一番近くていつの間にか、一番遠くなっていた人。


 さよなら。


 もし……もし私が星になれたなら見守っていてもいいかな。邪魔はしない、遠く離れた空の上からこっそり応援させて。


 どうしても、みんなの事が……大好きだから。


 







 死に損なって、気付いたらここにいた。工場のような所で大勢の人と同じ薄い服を着せられて、絶え間なく動くベルトの前で、ひたすら働かされている。


 今日が何日なのか、いつの間にか考えなくなった……朝か夜か自分が誰かすらも、もうよくわからない。


「ギィヤァァァ!! 」


 もう何度目だろう。聞こえる断末魔の叫び、今日は隣の人。


 倒れるまで労働を強いられ、水も食事も睡眠も一分の休憩すら与えられない。それどころか監視ロイドの気まぐれで鞭を打たれたり、殴られ蹴られ電流を流されて……まるで地獄のよう。


 そうして毎日、何人もの人が死んでいく。


「連れて行け」


 衰弱した身体に大量の電流を流されてショック死、遺体は引きずり蹴られ廃棄処分、それがここで死ぬ人達の最期。


 きっと、私もそう。


「手を止めるな!! 」

「うっっ……」


 一瞬、手を止めてしまい鞭で打たれる。もう……いっそのこと死なせてほしい。


 バスン!!


 突然、大きな音と共に辺りが暗くなる。


 鳴り響く、けたたましいサイレン。


「何だ? 」

「停電だ、チャンスだぞ! 」

「逃げれるぞ!! 」


 周りが騒がしくなり、逃げようとする人の勢いに踏み潰されそう。


「行くぞ」


 誰かが耳元で囁く。それが誰かも分からないまま腕を掴まれて、私はここから引きずり出された。







 リンと話した後、想定通り通信を傍受した奴等に捕まりここに来た。ロイド軍の第三捕虜強制収容所だ。


 あそこみたい……だな。


 確かに景色は似ているが、俺達は虐待などした覚えはない。修理センターにいたロイド達はみな丁寧に管理され充電もされていたし、清潔で整っていて、こんな悲愴感は漂っていなかった。


 それに、ロイドには痛みや苦しみといった感覚がないはず。鞭を打ち、電流を流し……それを苦痛と思うは人間の発想だ。俺の推測もあながち間違ってはいない、この戦争はロイドが起こしたものなんかじゃない。


 人間がロイドを操り、起こした侵略戦争……裏で操っている黒幕は必ずいる。


 とめどなく動き続けるベルトコンベアの上を流れていく部品。恐らくロイドに組み込む自爆装置や、レーザー銃の部品を作っているのだろう。


 それにしても身体中が痛い。


 捕まった時、服を脱がされ暴行を受けた。ここにいる奴等も同じ事をされたのか……皆、死んだ目をして朦朧もうろうとしながら、逆らいもせずに手を動かしている。


 監視の目を盗んで周囲の様子を盗み見ると、向かいに一人だけ……極端に華奢きゃしゃな体格の奴を見つけた。


 あいつ……!?


 まさかこんな所にいるはずがない、一般市民……しかも女のあいつがなぜこんな所で。ここは、ロイド軍に逆らった男達が収容され、拷問のあげく殺される残酷な場所。


 それなのに……何故だ。


 作業をする手に視線を落とす。


 笹山遥ささやまはるか


 今も左手に残る傷痕のせいで、俺はあいつを5年もの間、忘れられなかった。


 何の因果だ、覚悟を決めてここに来たのに何でまた……あいつも暴行を受けたのか、あざと傷にまみれた痛々しい顔は既に血色を失い、死人のようだ。


 あいつもあんな風に……想像しただけでここの奴等を皆殺しにしたくなる。逃さなければ殺される。こんな所で死なせてたまるか。


 今もくすぶる想い、そのせいで任務が一つ増えた。


「ギィヤァァァ!! 」


 また響き渡る断末魔の叫び、今度はあいつの隣だ。


「手を止めるな!! 」


 鞭で打たれたあいつの顔が苦痛に歪む。あのクソ野郎、許さん。


 一瞬、監視の目がそれて運は俺に味方した。密かに持ち込んだ武器で停電を起こす。


 バスン!!


 鳴り響くサイレン、混乱に乗じて作戦を開始する。まずは監視ロイドを攻撃、武器を奪い投げ倒すと、身体を真っ二つにへし折る。次々と襲ってくるロイドをレーザーで自爆させると、他の奴等も巻き込まれ、ひと思いに吹っ飛んでいく。


 あいつのせいで二人分だ、向かってきたロイドから装備を奪い抱えると、ベルトコンベアを飛び越えて腕を掴んだ。


「行くぞ」


 声も出さない無反応なこいつを連れて走り出す。生きていると感じられるのは、かろうじて触れる脈だけだ。


 走る間、理由わけのわからない感情が押し寄せてくる。会えて嬉しいのか、こんな形で会いたくなかったのか……よくわからない感情の波に襲われている。


 やたら曲がりくねった廊下を走り、崩れかけた螺旋階段らせんかいだんを駆け上がる。施設の構造は把握済みだ、ロイド達の目を逃れて目指すは屋上。鳴り続けるサイレン、停電は解消されたのか先程までの暗さはない。


 柱の陰に潜むロイド、狙っている。


「伏せろ! 」


 声と同時に光線が抜けていく。


「当たってないか」


 問い掛けるけれど返事はない。反応もなく、ただひたすら付いてくる。まるで人形みたいだ。昔のこいつはもっとお喋りで、言いたいことを素直に口に出す奴だったのに。


 時が経つにつれ、ロイドの数が増えてくる。


「追え! 」

「逃がすな! 」


 怒声の響く中、時折、物陰に隠れてはロイド兵をやり過ごしながら先へ進む。


「大丈夫か」


 走りすぎたせいか、遥の息が上がっている。返事もできないほど苦しそうだ。


「しょうがねぇな……しっかり、つかまってろ」


 盗んだ装備を後ろに背負い、戸惑いを無視して抱き上げる。横抱きなんて速度は出ないし、両手はふさがって使えない。こんな効率の悪い方法を俺がとるとは……でも、助けないと今度は後悔どころでは済まない。


 想像以上に軽い身体を振り落とさないように、力を込めてまた走り出す。


 階段を上がり、目指すは屋上。


 屋上まで上がれば地上に出られる。本来、収容所の入口は地下五階にあり、ここを知らない捕虜達は一斉に地下へと向かっている。兵士達は地下へ向かい捕虜の流出を防ぐのに必死だろう。


 上へ向かうほど追う兵も少なく、安全に逃げられるはずだ。


 まだ苦しそうな息遣い、髪が頬に触れる。大丈夫だ、屋上で着替えてここを離れれば逃げられる。必ず、助けてやる。死なせたりしない。


 心の中で話し掛ける。


 早く話したい、こんな形だけど5年ぶりの再会だ。最後の角を曲がり、突き当りに向かって走る。


 しまった!!


 あと少しで階段が見える、その直前で囲まれた。


「そこまでだ」


 全方位、逃げ場がない。立ちはだかるのは人間の兵士。四方から突きつけられる銃、遥を抱いている俺は銃を持つ事ができない。


「女を返せ」

「断る」


 引き金を引く音が、やけに響く。


「おろして」

「動けば撃たれる」

「大丈夫、前の人を」


 腰から銃を抜く感触とほぼ同時、二発の銃声が響いた。するりと降りた遥が後ろに回る。


 倒れる二人の兵士。

 

「死にたいか」


 前方の人間に一言だけ発する猶予を与えた後、発砲するとやはり汚い血が飛び散った。


「なんで……」


 震える遥の声、か細さに反して今の動き、俊敏かつ無駄がなかった。こんなに動けるのになぜ捕まったりしたのだろう……戦闘経験があるかのようだ。


「行こう、話はそれからだ」


 まだ息の荒れる遥の手を取る。ためらっているのはわかる、でも今度は離さないように強く掴んで階段を駆け上がった。


 追ってくる気配はもうない。


 二人で目指す階段、そこには一筋の光が射していた。

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