想い熟して 〜me thoughts are ripe〜


 いつの間にか眠っていた。


 まだ芯に残る熱と鈍くうずく身体。最後まで……許してしまった。手を伸ばし抱きしめて、自分から求めたりして。シャツの襟から覗く素肌が恥ずかしい。


 “奏翔かなとさん……”

 “名前、覚えてくれてたんだな”


 嬉しそうに、大切そうに髪を撫でられてキスをした。長くて深いキス。あんな風に、誰かに求められるのは初めてだった。


 “惚れてんだよ、5年前からずっと”


 どうして……私なんか。


 長い前髪、隙間から見えたあどけなくて孤独な瞳。寂しさや傷を、慰めあっただけかもしれない。


「寒くないか」


 背に腕が回り包まれる。温もりに溶かされ、背中に手を回すと花火のような傷跡に触れる。


 “死にかけたんだ、爆弾の破片で。その時……お前に会いたいと思った”



 知らなかった……何も。



 熱い瞳に見つめられてまた唇を重ねる。絡み合う舌、熱くなる身体……きっともう戻れない。


「んっ……あっ、はぁ……あん」


 とめどなく押し寄せる波のように迫る快感、胸に触れる手は優しく強く緩急をつけて私を揺さぶる。


奏翔かなとさん」

「遥」


 切なくてもどかしい。首筋に触れ髪を撫でると耳元に熱い吐息がかかる。


「あっ……」


 甘く噛まれて舐められて一度目より二度目より、激しく強く、私は女にされていく。


「あぁ……」


 優しくて、深くて濃い触れ合いを続けるうちに奥深くまで……繋がっていた。海斗も触れたことのない所まで……自分から出ている淫らな声が恥ずかしくて見つめられてもそらしたくなる。


「かわいいよ、遥」


 ぎゅっと身体が密着する。こんなふうに一つになるのは、きっといつか海斗とだと思っていた。これが運命なのかもしれない。


 彼に抱かれなくても、あんな事された私は海斗の元に戻れない、だから……そんな言い訳を必死に考えている。


 でももう必要ない、私は海斗の妻じゃないから。誰に抱かれようと誰と生きようと勝手にしていい、あれはそういう事だから。


 海斗だって今頃、由茉さんを抱いているかもしれない。愛していると囁きながら。


 涙が頬を伝う。


「ごめん……悪かった」


 拭ってくれる彼、傷ついたのが表情でわかる。

 

「違う……そうじゃないの」


 何が違うんだろう、彼に抱かれながら海斗を思い出していたのに。背中に回していた手を首元へ、また髪を撫でると顔が近づいてくる。


「愛さなくていい」


 自分を傷つけるように言う彼は、きっと海斗より私を想ってくれている。


 微笑んで自分から唇を重ね、舌を入れると一瞬の躊躇いの後、さらわれる。恥ずかしい音を聞きながら、快楽の海に溺れていった。


 


 遥が眠りについたのを確かめ、髪を撫でる手を止めた。消えないようにぎゅっと抱きしめると、起きているのか背中に手が回る。


 愛する遥が受け入れてくれて思わず抱いてしまった。あれが事実なら……恐怖でしかない行為を強いた自分に軽蔑しかない。


 俺もあいつらと同じか……だとしたら俺に出来るのは、側にいて遥を大切にすることくらいだ。

 

 かわいすぎて、愛おしすぎて無理させてしまった。ぐったり脱力する身体とあの涙に胸が痛い。


「愛してる」


 そう言えば言い訳になるだろうか。


 “あいつは俺達に汚されて悦んだ女だぜ”


 耳に残る下卑た笑い。


 “初めてがよっぽど気持ちよかったんだろうなぁ”


 なぜだ……挑発しているだけだと分かっていても気になる。海斗はお前を抱かなかったのか。


 そんな事、聞けるわけがない。


 身体に残る痛々しい傷跡。収容所で暴行を受けたからか、それともそれ以上の事を……だとしたらゆるせない。


 忘れさせたい、せめてそれだけでも。


 海斗の事は忘れられなくても。


「ごめんな……」


 遥の辛さを思うと涙が……俺も人間だったのだと、初めて思い知らされた。



 結ばれた二人は柔らかな寝床に包まれ、寄り添い合い眠る。敵のいない穏やかな時、朝焼け燃える地の果てで尽きた生命が昇っていく。



「順調ですな、皇帝陛下」


 ここは地下宮殿、皇帝の居室。玉座に座る海斗は、各地から入る作戦成功の吉報を虚ろな目で聞いている。


「陛下、ご報告が」


 また一人、ロイド兵が入ってくる。


「どうした」

「捜索していた侵入者三名ですが、山中で遺体が発見された模様。現在、別働隊が回収しこちらに向かっています」

「確かか」


 反応したのは側に仕える英嗣、ロイド兵もすぐさま答える。


「はい、長髪の女二名、男一名、服装など身体特徴が99.8%合致しています」


 ざわめく議場、海斗が口を開く。


「そうか、わかった。今夜、作戦を決行する。急ぎ配置につけ」

「了解しました」


 遥の遺体が見つかった、驚くべき情報を得たはずなのに、海斗に動揺はなく何食わぬ顔でモニターに向かう。


「待て」


 意外にも出ていこうとするロイド兵を呼び止めたのは英嗣だ。


「侵入者の身元を知っているのか」

内藤奏翔ないとうかなと、通称アメジスト。組織に背いた反逆者です」

「女の方だ」

「一人は知りませんが、一人は存じています。笹山遥ささやまはるか、通称ダイヤモンド。敵軍のスパイです」

「言葉を慎め。あれでも陛下の妻だった女性だ、良からぬ者達に洗脳され」

「やめろ」


 問答を一蹴し、海斗は立ち上がる。


「もう妻でも何でもない。そしてこの問題に割く時間も我々にはないはずだ。そうであろう、閣下」


 海斗は皇帝として英嗣を黙らせると、ロイド兵を解散させた。今夜、関東圏で行う総攻撃に配置し、部屋には海斗と英嗣だけが残る。


「話は済んだ、早く仕事に戻ってくれ」


 背を向ける海斗。


「いいのか? 大事だったのだろう」


 遥の事を聞いている、それは海斗にも伝わっているはず。しかし海斗はそれを切り捨てた。


「終わったことだ。それよりいいのか、総攻撃は目前。その前にカイトを回収しないと……灰にするぞ」


「相変わらず薄情な奴だ」


 そう言い残すと部屋を出ていった。


 一人残された海斗、その瞳に感情はなく死んだ魚のようだ。


「蓮、美蕾……ごめんな」


 視線の先には遥の持っていたあのブランケット。やはり心の中では遥を……ソファーまで歩いていき、おもむろに手に取る。


「陛下、別働隊が任務を終え戻りました」


 入ってきたロイド兵に声を掛けられ、海斗は振り返る。


「念の為、遺体の身元確認をお願いします」

「わかった」


 大きなため息の後、海斗はそのロイド兵をなぜかじっと見つめる。


「何か? 」

「配属は」

「衛兵です」

「衛兵……戦争の前は、何をしていた」

「修理センターにいました」


 海斗の眉がぴくりと動く。


「遺体の身元確認だな、ついてきてくれ」

「了解しました」


 ブランケットと共に部屋を出る。


「どうだ、見たことのある顔か」


 海斗は、内藤の身元確認を衛兵に任せた。試すような視線を衛兵に向ける海斗は、遥の事など考えてもいない。


「エラーコードD:99、損傷が激しく判別不可能です」

「こちらもだ」


 その視線は遺体ではなくどこか遠い所を、持っていたブランケットを衛兵に手渡した。


「遺体と、これも処分しておいてくれ」

「いいのですか? 」


 そのまま部屋を出ていこうとする海斗に問いかける衛兵。


「終わったんだ……俺と遥は」


 過去を捨て、新たな人生を……海斗も遥も胸に想いを残したまま、戦場と化した世界を生きる。大きな思惑に動かされているとも知らず。




「どう見る。あの遺体はアメジストとダイヤだと思うか」

「違うでしょう。恐らくあなたと同じ手だ。さすが、アメジストは手強い」


 煌々と電気のついた地下室でモニターを眺め話すのは、腕を折られたヒスイと死んだはずの元サファイア、羽島だ。


「しかし許される事ではありません、たかが一般市民が羽島様の座を奪うなど」


 怒るヒスイをなだめる羽島は、怪我も毒を盛られた影響もなく顔色もいい。


「まぁ、いい。あの御方の話では総攻撃も近い、それまで夢を見させてやろう」


「それにしても滑稽ですわね」


 どこからか酒を手に入ってきたのは琥珀アンバー、豊満な胸を揺らし笑う。


「羽島様の影武者を殺し、乗っ取りに成功したと思い込んでいるんですもの。本当の事など何ひとつ知らずに」

「面白いだろう、これが操る者の醍醐味だ。人が蟻のように逃げ惑い叫びを上げながら死んでいくのだ」


 翡翠ヒスイ琥珀アンバー、そして本物のサファイアである羽島、彼らこそ、ロイドや人の命を軽視し地球を我が物にしようと企む首謀者だ。


 そしてもう一人あの御方と呼ばれる何者かも。


「もうすぐ宇宙軍が来る。代わりに死んでもらおう」


 画面には英嗣と海斗の姿が映っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る