英嗣の罠 〜Eiji's trap〜


 部屋を出た羽島はどこかに向かい歩きながら、誰かに連絡を取っていた。


「あぁ、私だ。大佐から連絡はあったか」


 相手の声は聞こえてこず、表情からも内容は読み取れない。


「腕まで折られればその気になるかと思ったが、想像以上に腰抜けだったようだ。あぁ、私もそちらへ移る、ダイヤもアメジストもヒスイも、どうせ死ぬのだ。“最期の日”が来ればな」


 不気味な高笑いは成瀬にも、もちろん遥や内藤にも響かない。そうして辿り着いたのはあの議場。真っ直ぐ奥へ進むと隠し扉が現れ、そこに吸い込まれていく。


 英嗣の用意したシャトルに乗り込み、羽島は地球から離れようとしていた。


 バンッ!!


 突然、響いた銃声。


 走り去る長身の後ろ姿。その横顔は……サファイアの仮面マスクをつけた海斗。


 シャトルが飛び立つ気配はない。




「なぜ羽島様がダイヤアメジスト内藤を殺しに? 」

「さあな」


 二人はベッドに横たわっていた。天井を見つめ呟く琥珀アンバーに背を向けたままの翡翠ヒスイ。いつもの通り、かんしゃくを起こした彼をなだめ叩かれて、ごめんと謝られ、そして抱かれた。


 “琥珀アンバー


 そう呼ばれる事はあっても、楓と呼ばれた事はない。野心家で身勝手で、でも自分では決して動かないこの人に、愛など求めるだけ無駄なのかもしれない。それでも。


「成瀬様……」


 頬をすり寄せ媚びてしまう。


「あの二人はオニキス様とカイトが殺すはずでしょう? 貴方様が行く必要も羽島様が行く必要も本来ないのでは……」


 振り払われた腕、飛び起きた翡翠ヒスイは脱ぎ捨てたシャツを羽織りモニターに。


「でかした、琥珀アンバー。俺とした事が駒を忘れていた」


 オニキスとカイトの様子を探る背にため息など伝わるはずもない。急いで着衣を整えて隣に。


「オニキスは外に出ているらしい。カイトは……なぜだ、なぜ繋がらない」

「本物の方は? 」

「本物は軟禁されたままだ、モニターが使い物にならないと知ってかうなだれている」


 成瀬は画面を凝視した。


「どうかしましたか? 」


 琥珀アンバーも画面を見て止まる。


 裏切られていた、よく知っているはずの場所にあった隠し扉、知らないシャトル。そして……英嗣から奪ったはずのアンドロイド、カイトが命令にない行動を取り羽島を殺害したという事実。


 血塗られたシャトルと羽島の惨殺体がそれを示していた。




「カイトは回収できたか」

「いや……まだだ」

「まさか、あいつまで渡したのか。翡翠ヒスイとかいう奴に」


 皇帝の居室、海斗は英嗣に連絡を取る。


「お前と同じだ、カイトは俺に操られながらも自由意思で動いていると思い込んでいる」


「いいから早く連れて来い」


 口を開く度、海斗を傷つける言葉ばかりの英嗣。この親子関係が変わる事はなさそうだ。


「残念だったな、海斗。何をわめいてもお前はそこにいるしかない。お前達の愛や思いやりなど所詮、その程度。愛する家族の最期を、そのモニターで見届けるがいい」


「何を言っている……おい! 答えろ!! 」


 通信は途切れ、猛烈な胸騒ぎが海斗を襲う。




 何が待っているかもわからないまま、遥と内藤は宮殿を目指していた。山を越え市街地に戻ってきた所を再び大勢の兵に囲まれる。


 手を取り合い、共に戦う二人。


 引き離そうとしている、その狙いに気づいている内藤は遥から目を離さず守る。


「大丈夫」


 それだけ言うと微笑んで自ら敵に向かっていく。内藤から離れ、大勢の兵を引きつけて。


「おい、待て!! 」


 基地の中心地へ、銃で兵をのけながら突き進む。なぜ……なぜ遥はそこまでして命を危機にさらすのか、秘密を知らない内藤にはどうしても理解できない。


 海斗のいない人生はそんなにもつらいか、死にたいほど。


 やるせない気持ちと無力感が募り溢れ出る。止めたい、受け止めてこの胸で……燃え盛る想いは心を乱し、視界を眩ませる。


 落ち着け、珍しく自分に言い聞かせ戦う内藤。首謀者の目星はついている、恐らく羽島とあの女……水野沙奈だ。組織の力がなければできない。羽島は馬鹿だが水野や海斗の親父や切れ者の部下がいれば……それなら、世界中の人類を滅ぼしたとしても遥は助かる。


 あの人なら、遥を殺したりはしない。


「遥っっ! 」


 足を取られ転ぶ遥。駆け寄るもロイドに囲まれ近づけない。


 ババババババババ……


 銃弾が痛く胸の奥、自分が撃たれた錯覚に息が止まる。


「遥……」


 この街に帰り、何度その名を呼んだだろう。あの頃はまだ呼ぶ事さえ……思い出した、悲しげな瞳、震える肩。あいつがいない遥はいつも孤独だった。


 撃たれた……まさか……死なせてしまったのか。


 ドミノのように倒れていくロイド兵、うずくまる遥に一人の兵士が銃を突きつけている。


 遥は俺が守る、今度こそ絶対に。




「ママ……」


 泣き続けた蓮が、ようやく眠りについた。髪を撫で寝顔を眺めながら夢瑠はそっと溜息をつく。


 海斗の助言で街のシェルターは難を逃れ、地下でひっそりと暮らせている。その後、あの病院の看護師も戻ってきてシェルター内で診療所を、街の人達は助かった。でも家族は……もう二度と、元に戻らないかもしれない。


 最後に見た海斗の背中が、夢瑠はずっと気にかかっている。


 “遥が帰ってきたら渡してほしいんだ”


 預かった手紙は失くさないよう肌見離さず……胸元から取り出してじっと眺める。中を見るわけにいかない、きっとそこにはハルちゃんにしか言えない本当の気持ちが詰まっているのだと、夢瑠は感じていた。


「すまんな……」

「いえ、遅くまでお疲れ様です」


 診療に駆り出されていた洋司が戻ってきた。


「非常時とはいえかなわんな、年寄りにこんな過酷な労働をさせるとは……」


 ぼやきながら苦笑いする表情は酷く疲れて見える。傍らの蝋燭に火を灯しながら夢瑠は思う。


「休んでください。何かあったら起こしますから」

「あんたも休んだ方がいい」

「私は大丈夫です。ハルちゃんとカイ君が……夫も戻って来るかもしれませんし」


 子供達を眺めながら、洋司は深く溜息をつく。


「こんな可愛い子ほったらかして、どこで何をやってるんだか、あの二人は」

「きっと、何かに巻き込まれているのかもしれません」


 これでよかったのか、洋司の胸に去来する5年前のあの頃の事。


「だから言ったんじゃ。親になる責任は重いと……遥にいらん苦労をさせてしまった。狂わせたのかも、しれんな」


 後悔をにじませる洋司、夢瑠も何かを思い返すように子供達の寝顔を眺め、髪を撫でる。


「ハルちゃん……あの時、言ったんです。遺伝子とか、血の繋がりがなくても家族になれるって。きっとこれは運命で、この子達は神様からの贈り物なんだって」


 夢瑠はまた髪を撫でた。


 今度は蓮の隣にいる美蕾の。遥と海斗の遺伝子ではない金色の髪が、火に照らされて夕陽のように輝いている。


「不思議ですね」

「ん? 」

「この口……ハルちゃんにそっくり」


 母のごとく慈愛に満ちた微笑み、まだ見ぬ我が子を重ねるようなその視線に洋司は胸を掴まれて視線を落とす。


「やっぱり休んだ方がいい。皆が帰って来る前に力尽きては元も子もないぞ」


 順調だったはず、それなのに夢瑠と和樹の子は流れてしまった。それ以来、体調が思わしくないのは洋司も知っている。遠慮がちに頷いて横になる夢瑠に上着をかけた。


 

「どこで……何しとるんだろうな」


 色々と時間がない、寝顔を眺めながら深く咳き込んだ。




 英嗣の罠かロイド軍の作戦か、洋司達の心配も届かず遥は窮地に陥っていた。


 銃を突きつけられ、動きを止め時間も止まり。


「死にたいのですか」


 懐かしい声に固まる二人、兵士は首元から皮をはぎ正体をさらす。


 颯爽と登場し、銃口を向けたのは遥が待ち焦がれたその人だった。

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