心の音 〜sound of heart〜
久しぶりに訪れた穏やかな夜。
湿ったシェルターの床に食料が並べられてろうそくが灯り、気の滅入る景色もいくらか明るく見える。
「
好物に喜ぶ子供達を眺め、洋司は感傷に浸る。会わせてやりたかった……遥が本当に浮気で家族を捨てたならこんな事はしないだろう。箱にぎっしり詰められた食料は子供達や海斗の好物ばかり、お腹をすかせてはいないかと、どこかで家族の心配をしているに違いない。
「
「ママにあげるの」
「え? ママにか」
「うん、ママとパパが帰ってきたらあげるの。ぜんぶ食べちゃったらママとパパ帰ってきたときにこまるでしょ」
ニッと歯を見せて笑う表情に胸が締めつけられる。何日もまともに食べていない子供が両親の為に我慢する姿は、あまりに健気で何とも言えない気持ちにさせられる。
「はやく帰ってこないかなぁ~」
「そうだな……早く、帰って来るといいな」
子供達の頭をくしゃっと撫で、遥と海斗の無事を願う。
願いは届くだろうか。
遥と海斗……その姿は、地上のどこにも見当たらぬようだ。
「ここに、新しい帝国の樹立を宣言する」
『皇帝陛下、万歳! 皇帝陛下、万歳! 』
おびただしい数のロイド兵が一秒の狂いもなく声を上げる姿は異様、その様子を上から眺め皇帝となった男は悦に浸る。
白い壁に囲まれた空間、床にはアンドロメダ星雲の輝き。天と地が逆さに返った議場に集まるのは数名のロイド軍幹部と議長達。なぜか全員、羽根と宝石で飾り立てられたマスクを身に着け、声も変えている。
「これより我等の独立戦争は最終段階へと移行する。まずは今宵、人類を根絶やしにする一掃作戦を実施。人体に有害な物質を照射する為、それまでに皆様方には地球を脱出していただく」
ざわめく議場、知らされていなかったというように戸惑う声。
「間もなく地球は滅びる。その為、先見の明をお持ちの陛下が地球に代わる新しい星をご用意くださった。そこに陛下と共に移っていただく」
説明するのは皇帝ではなく、幹部の一人か。白髪をなびかせ、顔を黒いマスクで覆う姿は強烈な印象を放っている。
滅びゆく地球を捨て新しい星へ……突如、もたらされた突飛な提案も幹部達に拒否権はなさそうだ。
「地球はもう古い! これからは第二の地球となるH202星にて我等の帝国を築くのだ!! 」
歓声はやがて新たな皇帝を讃える声へと変化し、凄まじい勢いとなって議場を揺らす。逆らう訳にはいかない……ロイド達に扇動させ、脱出計画の実行が決まった。
「ここまでうまくいくとはな」
ガハガハと下品に笑う男は皇帝。仮面舞踏会のようなサファイアブルーのマスクで顔を隠し、頭上にはきらびやかな王冠を重そうに載せている。黒マスクの男と共に議場を出て、どこかに向かうようだ。
「船は既に整備を終え、兵達に見張らせている。幹部達には金や女をあてがい了承を得た。地上の準備はこれで全てだ、オーロラの手配はお済みか。皇帝陛下」
「もちろんだ、強力な味方に頼んである。大陸では絶大な効果を発揮したからな。しかし、今夜でいいのか? まだ攻撃を警戒して穴蔵に籠もっているかもしれんぞ」
黒マスクの男は、特に皇帝を敬う様子もなく、マスクも金の縁取りや羽根飾りで装飾されている。あの幹部達より高い身分、側近中の側近といったところだろうか。
その口元が、ニヤリと片側だけ上がる。
「季節が変わり、狭い穴蔵の中は蒸し風呂のように暑くなるだろう。涼みに出てきた一定数の連中に見せつけるだけでいい。次第に誘い合い数は増え、朝には灰の山だけが残る」
笑い合う皇帝陛下と黒マスクの男。
あまりに恐ろしく、残虐な戦争。人類の破滅はこの男達によって仕組まれていたのだろうか。
辿り着いた先に金の扉、そこは贅の限りを尽くし造られた皇帝の居室。
「お待ちしておりました、皇帝陛下」
ルビーレッドのドレスに黒い長髪をなびかせた女がひざまずく。
「おぉ、確かに似ている。でかしたぞ、ヤブ」
「ヤブではない。いいかげん覚えろ。新しい名はオニキスだ」
どうでもいいと言いながら、皇帝の目はもう女しか見ていない。ひざまずく女の手を取り、いきなり唇にキスをする。
「焦ることはない、その女は陛下の
「相変わらずお前の作るロイドは人間さながらだ。兵器には向かんが
「そのうち捕らえて連れていく。これはそれまでの
「楽しみにしているぞ、さぁ、祝杯を上げよう、いいワインが入っているのだ」
二人と一体は部屋に入り、金の扉は閉された。
「御苦労だったな、バカ息子」
数時間後、男は立ち上がる。テーブルに突っ伏し、眠る皇帝からマスクを剥ぎ取るも起きる様子はない。こぼれたワインが血のようにしたたり、絨毯にシミを作る。
「後始末を頼む」
「はい」
ロイドに命じると、男は一人部屋を出た。
死の危機に直面した人間達はその心のまま本性を現す。
どこから情報が漏れたのか、この星から脱出しようとしているのはロイド軍の関係者だけではない。カネや権力で長らく世界を支配してきた各国の政府関係者や富豪達の生き残りが相次いで、宇宙船に乗り無限に広がる暗黒の海へと飛び立っていく。
攻撃のなくなった街で、穏やかな日常を紡ぎ始めた市民達は知らない。
食料倉庫から食料を運び出し、水道局から再び水を流し始め、電気や通信網を取り戻す為、拠点を目指す。突然消えたロイドに怯えながらも、自分達の暮らしを取り戻そうと人々は再び動き出していた。
しかし偶然にも、遥達はそれを知ることになる。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
「リン、行かない! 先生といるの!! 」
お嬢様と呼ばれるリンに驚く遥、父親が中華一の資産家だと内藤が説明を加える。
「お父様が地球を発たれる事になり、必ず連れてくるようにと厳命されております。残るというなら親子の縁を切るとまで仰せで」
「勝手にすれば。最初から親子なんて思ってない! 」
「お嬢様……」
「帰れ」
「イヤ!! 先生といる! 」
だだをこねる子供のように抵抗するリン、気持ちを知っている遥は口喧嘩する二人を引き離し、説得しようと内藤の元へ。
「リンちゃんは、内藤さんの側にいたいの。そんなにきつく言わないで」
「帰るべきだ。あいつはまだ若いし、親といる限り生き残れる。死ぬ必要なんかない」
「大事な人と離れて自分だけ生き残っても幸せじゃない……だから危険な目に遭っても内藤さんの側にいるの」
身体を重ねた二人、でもそれだけで何かが変わる事はない。
遥の言葉に傷つく内藤は前髪で瞳を隠し、顔を背ける。遥の言葉に込められるのは未だ海斗への想いばかり。自分など見てもいない。それどころか他の女への想いばかり押し付けてくるなど。
「リンは中華一の資産家の一人娘、後継者として期待されているし、親の決めたフィアンセも別にいる。あいつはまだ17、自分が思う以上に親に大事にされてるって事に気づいてないんだ」
返す言葉がないのか、遥は下を向いて黙る。
「とにかく、あいつは親元に帰す。生かしたいんだ」
内藤はそれだけ言ってどこかへと出て行った。取り残された遥は少し顔を上げ、去っていく背中を見つめた。
“地球を発つ”
恋に翻弄される三人、その理由にまで思いを巡らせる余裕はなさそうだ。
“明後日、もう一度お迎えにあがります”
そう言い残し、執事は去って行く。
「皆様、数日は地下に籠もり地上にはお出になさいませんよう」
「どういう意味だ」
最後の言葉、内藤が問いを発した時には既に姿がない。
「何か起こるのかも……」
「でもそんなこと爺が知るわけない」
「地球を発つ……そう言ってたな」
遥の呟きに内藤とリンも反応。
「聞いてくる」
リンは立ち上がり走り出した。
「リンちゃん、待って! 」
遅れて走り出す遥の腕を掴み、内藤は引き止めた。
「俺が行く、お前は外に出るな。それと、悪かった……この間の事」
ずっとそらしていた瞳が再び遥をとらえ、見つめる。
「すぐ戻って来る。もし、あいつらにとっても危険な事なら俺が伝えに行く。だからここで待っていてくれ。これはチームとしての指示だ」
それでも遥は何も言わなかった。痛いなと言い掴んでいた腕を離すと、一歩、離れて距離を取る。
「気にしてません。早くリンちゃんの所へ行ってあげてください」
「あぁ」
やっと返事が来た、安堵した内藤はリンを追う、その背中に一言。
「本命は大事にしないと……私はただの道具ですから」
聞こえていたら、内藤はその場を去らなかっただろう。そして、内藤とリンが消えたのを確認した遥も外へ。
「うっっ!! 」
出ようとした瞬間、胸を押さえてうずくまった。
「待たせたな……準備は整ったか」
「はい」
暗闇の中、いくつもの機械がうごめく音がする。ブルーライトに照らされる白髪の横顔、目元には羽根飾りのついたあの黒いマスク。
そして、ニヤリと片側だけ上がる口角。
「今日から世界はお前のものだ、動き出せ……草野海斗」
最愛の人は最大にして最強の敵、になるかもしれない。
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