ChapterⅡ

共鳴 〜resonance〜


 地上の大半を焼き尽くし、ロイド軍は姿を消した。


 人々は警戒しながらもごうから出て来て、砂埃だらけの荒れ果てた土地で、日常を営み始める。


 川から水を汲んできて洗濯をし、火を起こして水を煮沸し分け合って飲む。食料が手に入らない中でも生き残った者達は皆、逞しく日々を生きていた。


 そして、その中には洋司や子供達も。


 病院にいた所を空襲に遭い、街の地下シェルターに逃げ込んだ三人は、他の市民と共に避難生活を送っている。



「じぃじー、だれかくるよ? 」


 れんの一言で顔を上げた洋司は、帽子を目深に被った男に気付く。確かにこちらに歩いてきている。


「じぃじのおともだち? 」


 砂埃で濁る視界、目を凝らしているうち眼の前に現れる姿。


「お久しぶりです、草野先生」


 特徴的な低い声、目を合わせず話す姿に洋司は驚きを隠せない。


「生きとったか、よく来てくれたな」


 周囲の緊張を察し、軽く会釈する内藤。周囲にはさり気なく武器を構えた男達が、会話を盗み聞きしようと耳をそばだてている。うかつに遥の名は出せない。物憂げな表情を崩さず、内藤は大きな風呂敷包みを差し出す。


「何だ……まさか……」


 洋司はうろたえた。大きさに骨壺を連想する。恐れていた事が起きてしまったか、震える手で包みを受け取る。


「おじちゃん、だあれ? 」

「パパとママのおともだち? 」


 見上げるあどけない瞳に内藤は戸惑う。しかし、無視することはできなかった。


「じいちゃんの仕事を手伝ってる」

「じゃあ、おじちゃんもお医者さんなの? 」

「まぁ、そんな所だ」


 子供達を納得させ、周囲の警戒を解くと洋司に一言。


「少ないですが、子供達にあげてください」


 “遥”その名を使わずに、彼女と会った事をさり気なく知らせる。会っていなければ、遥に子供がいる事を知っているはずがない。


「では」


 長居は無用、そう悟った内藤はきびすを返し歩き出す。


「待ってくれ」


 意図を理解した洋司は背中を追い掛け、懐から白い小袋を取り出し握らせた。


「これを、渡してやってほしい。困っているはずだ」


 そして、周りに聞こえぬよう接近し一言。


「逃がしてやってくれ、街にいたら殺される」


 それだけ言うと、洋司は子供達を引き連れ建物の中に入っていった。その姿を見送り、内藤は深くため息をつく。


 遥を家族の元に……送り届けるつもりだった。


 それどころか、たった一度、子供達に会わせることすら難しそうだ。


 まだ感じる視線、壁には指名手配犯のビラ……俺や遥、その他ロイド産業に携わった者の似顔絵。ロイド軍だけでなく、人間側にも遥は狙われている。ここに返したら容赦なく殺されるだろう。


 どちらからも追われる身……遥の言葉は事実。味方どころか遥の居場所は、この街のどこにもなかった。







「どうだった? 」


 リンの問いに首を振り、眠る遥の傍らに腰掛ける。幸い、シールドに守られ傷は浅く、出血も大した量ではなかった。


「でも話くらい出来たでしょ? どこかで待ち合わせる約束とか」


 それにも首を振るだけで、内藤は何も答えようとはしない。


 眉間にしわを寄せ、深く考え込む様子にいつもおしゃべりなリンでさえ、何も言えない。


 やがて、気まずい沈黙に気づいた内藤が一言。


「帰れば殺される。人間側にもロイドの側にも、遥の居場所はない」

「そんな……どうして? 遥さんってそんなに危険な人なの? 」

「一般市民だ」


 リンの疑問を打ち消すように矢継ぎ早に出る言葉。


「先生……遥さんのこと、どれくらい知ってるの? 一緒にいて大丈夫なの? 先生……私、先生がどんな遥さんを知ってるかわからない。でも先生の事は知ってるつもり、先生が想う遥さんと今の、本当の遥さんは」

「それ以上言うな」


 静かだけれど圧のある雰囲気、でもリンも引くわけにいかない。


「リン、先生とならどこだってついてくよ。何だってする。だから……先生の気持ちくらいわかってる。でもリンの事、もうちょっと見てほしいよ……先生が思うより、リンだって大人だし遥さんみたいな人が好きならリンがそうなる。だから、ね……」


 傍らで遥が寝ている、にもかかわらずリンは内藤の手を取り自らの胸に。わざと強く押しつけ、弾力のある柔らかな膨らみに大きな手が沈み込む。


「リンの方が……おっきいでしょ? 」

「やめろ! 」


 即座に手を離して内藤は動揺を見せる。その声で、遥が起き上がった。


「内藤さん……リンちゃん……ごめんなさい、足手まといで」


 体を起こし、もう動けるからと立ち上がる遥の細い腕を、大きな手が引き止める。


「預かってきた物がある、話したいんだ」


 沈黙と、時が止まったように動きも止まる。


「見張りの後で。私も二人に話したい事があります」

「あっ、見張りならリンが行くね」


 遥はリンを制止して、足早にその場を去っていった。


「起きてたのかもね……遥さん」


 リンの言葉は宙を舞い消えていく。リンを拒み、遥に拒まれ、気まずさを紛らわすよう目を閉じ寝た振りをする内藤、その手に残る感触はどちらのものだろうか。

 



「行ってみたいんです、ショップの跡地に」


 日付が変わる頃、見張りを終えた遥は内藤とリンにそう告げる。思いがけない言葉に二人は戸惑う。


「調査済みだ、あそこに何もない事は見ればわかるだろ」

「それは地上の話です。修理センターの地下に基地が」

「ダミーだ」


 戦いを終わらせる──同じ志を持つ者同士、しかし考え方はそれぞれに違う。


「素人をそんな場所に連れて行くはずないだろ、あれはあくまで修理センターの一部。お前に緊張感を持たせるため脅しただけだ」

「水野さんと共謀して? そんなはずありません。修理センターの一部ならなぜ形跡が消されていたのか」

「夢でも見てたんだろ」

「現実です。確かに私達はあそこにいました。寝る間もなく調べ物をしたり、あれこれ議論して」

「それと今起きている事は関係ない。あれだってお前が無茶ばかりするから」


「ちょっとふたりとも! ケンカはやめて仲良く、ね! 」


 言い合い、溝を深めていくように見える会話。でもそこにはリンの知らない二人の世界が散りばめられている。



「リン、少し外してくれ。それから遥、話があるって言っただろ。全てはそれからだ」


 リンは黙って見張りに行き、そして遥は。


「これ、おっさんから」

「渡してくれたんですね。ありがとう……あんなこと頼んですみませんでした」


 内藤はあの白い小袋を渡し、遥はそれを受け取ると静かに開けて紙を取り出し、読み始める。


「逃がしてやってくれ、そう頼まれた……生きてさえいればいつかまた会える。そういう意味だと、俺は思ってる」


 遥は黙って紙を見せ、微笑む。


 “全て忘れて、好きなように生きてくれ”


 思いやりか体の良い捨て台詞か判別がつきにくい言葉。続けて遥は裏面を見せる。そこには指名手配犯の似顔絵と名前。名字は笹山に戻っている。


「きっと、離婚が成立していることを知らせたかったんですね。もういいんです……あの子達がお腹さえ空かせてなければそれで。好きな物たくさん詰めたから、きっと今頃、喜んでいると思います。内藤さんのおかげで」


 ロイドからも人間からも恨まれ、海斗と洋司と、生まれ育ったこの街からも捨てられた。


「本当に、それでいいのか」

「はい」


 遥の返事に、内藤はもうそれ以上なにも言わなかった。


 薄暗闇の中、伝わるのは悲しみだけ。


「それは何の薬だ」

「頭痛薬です。よく効くのでいつも処方してもらっていて」


 遥は嘘をついた。


「同じこと言うんだな、あの人と」

「あの人……」

「水野沙奈だよ。あいつも英嗣から頭痛薬を。まぁ、今思えばカモフラージュで英嗣側のスパイだったんだろうな」


 その嘘のせいで、もう一つの裏切りを知る。


「それはいつの……昔の話ですよね」

「いや、英嗣が死ぬまでずっとだ」


 騙されたと聞いていた。あの日、あの人と心通い合ったと思ったのに、初めて本音で話せたはずのあの内容すら嘘だった。


 遥は悲しみと失望でまた一つ何かを失う、でももう悲しみに暮れる様子はない。


「何も、知らなかったんですね。私」


 魂の抜けた瞳、こらえきれず内藤は遥を抱き寄せる。


 髪を撫で、何度も深く唇を重ね合う二人。やがて遥も広い背中に手を回し、彼を受け入れた。







「とても綺麗なピンクのオーロラだったの」


 薄暗い闇の中、まだ忘れられないというように、リンはあの夜見たオーロラについて話し出す。


 そして内藤は組織の話を、遥はショップにいたこの5年について……互いの知っている情報を共有し、首謀者について思い巡らせる。


「当時、組織を継いだ羽島という男は消息不明だ。水野と共に今も行方がわかっていない」

「じゃあ、その人が……」

「いや、まだ決めつけるのは早い。羽島と水野の関与は確実だが、オーロラだけは解せない。確かにロイドやAIだけでなくワープや多くの衛星技術があいつらの手にある。だが、羽島にそれを使いこなし、オーロラを産み出す頭脳はない」


 結論は出ず、再びの沈黙。


「とにかく体制を立て直す。行くぞ!! 」


 三人は頷き、食料倉庫を後にした。




「裏切られるのはさぞかし苦しいだろう……もっと苦しめ。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死んでいくがいい」


 ロイドと人の戦争の影、地下奥深くで煮えたぎる憎悪にまだ誰も気づく気配はない。

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