(後編)妬みの炎 〜flame of envy〜


奏翔かなとさんっっ!! 」


 叫ぶ声は光の先、内藤へ届いただろうか。成瀬を追いかけ行ってしまった。


「殺してやる…殺してやる」

「目を覚ましなさい、利用されているのがまだわかりませんか」


 緑の光線が楓に、水野は敢えて出力を下げたレーザーを放ち彼女の手だけを狙った。弾かれ床に転がる銃。


「うぅ……何であんただけいつも……」


 圧倒的な強さを見せつけられ楓の中にいる悪魔がうめき声を上げる。まるで悪魔祓いの儀式、睨み合った後……逃げ出す楓。


「恨んでるのは私だけじゃないんだから!! 」

「待ちなさい! 」


 二人の前に立ちはだかる大勢のロイド。


「ロイドステカタデ…ケンサク……シマス」

「ヤメテ……タタカナイデ…」

「ナンデ…ステル…」


 壊れかけ、途切れ途切れの音声で責めながら襲ってくるロイド達。強い心で反撃し倒していく水野、しかし遥は交わすこともままならず投げ飛ばされ首を。


 ガシャン!!


 水野がレーザーで一撃、ロイドは崩れて遥の身体にのしかかる。助けに行こうにも他のロイドに攻撃され水野も動きようがない。


「しっかりしなさい、遥!! 」


 水野がそう呼ぶのは初めてかもしれない。


「まだ終わっていません、あなたの仕事は! なのにこんな所で死ぬつもりですか! 」


 ロイドの残骸、その隙間から光が。遥は光線を放ってはねのけ、よろよろと立ち上がる。


「無茶しますね」


 遥は水野の言葉に答えなかった。ロイドより表情のない顔で襲ってくるロイドを倒す。右手に銃を、左手には残骸から出た長い棒を持ち剣のように振り下ろし。


「行きますよ」


 楓の去った後を追う。爆撃で一度焼けた建物、残っている部分はそう多くない。瓦礫を掻き分け楓の歩いた後の道を地上へと向かう。




 その時地上では。


「思い出したぞ、その卑怯さ。お前ラーメンか、羽島の腰巾着の! 」

「それを言うな! 俺は翡翠ヒスイだ。跡継ぎに媚び売れば出世できると思ったんだよ。お前ら追い出してな」

「成瀬様っっ! 」


 殺す前に吐かせる、内藤が成瀬を問いただそうとしていたその時、現れたのは楓だった。


「成瀬様もう逃げましょ、羽島様は死んだの。こんな国どうでもいいじゃない」

「おい、やめろ。離せっ! 」


 瓦礫を登り地上に、逃げようとする成瀬の足にしがみつく楓。


「ひどい成瀬様、結婚してくれるって言ったじゃない」

「うるせぇっ、重いんだよデブ!! 」


 足にまとわりつく楓、必死に振り払う成瀬、内藤の眼差しが冷たくなる。そこに巨大な球体が現れる。


「やっと来たか」


 ニヤリ笑う成瀬、楓を殴り突き落として球体から垂れ下がる白い階段に飛び乗った。


「させるか」


 レーザーを放ち、球体の墜落を試みる。しかし、何度当てても傷一つつかない。


奏翔かなとさんっ! 」


 楓の落ちた先に遥と水野も合流、今落としたら危ない。考えた内藤は助走をつけて跳び上がり白い階段へ。球体の中で決着をつけると決めた。


「ひどい……裏切るなんて……」


 落とされ額から血を流す楓、駆け寄る遥を突き飛ばし睨む。


「まだ、遥に逆恨みを? 」


「こうなったら……もう……」


 水野の言葉に返答はない、何かぶつぶつと倒しきれない悪魔が呟く。


「道連れに……死んでやる」


 楓は胸から黒い塊を投げた。


「伏せなさい! 」


 響く爆発音、楓はロイド軍で配られた手榴弾しゅりゅうだんを投げ爆発を起こした。


 凄まじい音と震動が止み、土煙のなか頭を上げる。そこに楓の姿は見当たらない。


「楓さん、楓さん」

「やめなさい」


 楓を探しうろうろと歩き始めた遥を水野は止める。


「吹き飛ばされています。亡骸なきがらなど探しても無駄」


 焦げ臭い匂い、辺りを見回すと既に火に囲まれている。


「来なさい。火が回り始めています」


 あっという間に燃え広がり広大な炎へ変貌する。ショップが、修理センターが、水野が築き楓や遥が受け継いできた、その場所が燃えている。


 座り込み呆然とする遥を引きずり避難させようとする水野、しかし遥は遠くを見たまま動こうとしない。


 赤黒い炎、揺れる蜃気楼しんきろう、轟々と凄まじい勢いで瓦礫を飲み込み歴史を消し去っていく。


 その燃え盛るスピードに違和感を覚えた。あそこだけ……一際ひときわ勢いよく燃える箇所を見つけた。何かの気体に押し上げられるように赤くのぼる。


 ガスだ、気づいた水野は焦る。


「来なさい、爆発します」


 なぜか遥は、ふっと微笑んだ。


 煤けた頬、哀しい微笑み……もういいと言われている気がする。


 炎が遥に迫る。


 瞼を閉じ、まるでその時を待つように。


「来なさい、ここで死なせるわけにはいきません」


 力をなくした遥の身体を抱き上げて、水野はその場を離れた。去り際、大きな爆発を起こす。地下から引いていたガスに引火したのだろう、心の中にある憎くも懐かしくもあるあの場所は今、大きな炎に包まれ消滅していく。


 ──こうして滅びてゆく、ロイドのいた時代は──


 燃え盛る炎を背に、水野が振り返ることはなかった。







「消滅しました。どこかにメインがあったとしても、もう燃え尽きているでしょう」


 水野達の少し後、内藤も隠れ家に戻ってきた。


「あいつ……メインは乗っ取られたとか言ってやがった。嘘だと思うがオニキスの仕業だと。それから遥と成瀬に面識はない。鈴木楓、あの女が勝手に妬んでただけで成瀬自身、遥に興味はないそうだ」


 報告の裏に隠れる意図を感じてか、水野は呆れるような視線を内藤に向ける。ためらいもなく素肌に触れ、火傷で負傷した身体を手当する遥の事も、見ている方が恥ずかしくなってしまうほどだ。


「オニキス……何なのです、それは」

「あんた羽島の女だろ、知ってんじゃねぇのか」

「知りません。羽島の宮殿に行けば女など腐る程います」

「ほんと……クソみたいだな、あんたら。羽島は幹部やキーパーソンにジュエルとか言うコードネームを付けていたらしい。成瀬は翡翠ヒスイ、鈴木楓は琥珀アンバー、俺はアメジストであんたはルビーらしい」

「それでオニキスは」

「さあな。まだ他にいんだろ、俺等の知らない幹部って奴が。どうせ成瀬のように組織で相手にされなかったの集めたんだろう。ちなみに俺等の狙う皇帝はサファイアだ、やはり羽島なんだろうな」

「なぜそう思うのです」

「ルビーとサファイアは元はコランダムという鉱物からできている、同じものだ。つまりあんたへの特別な想いが込められている」

「くだらない」


 一蹴し、情報のやり取りをやめた。


「変わりましたね……そんな邪推をするなど。遥も、いい加減やめなさい。そのくらいの怪我、どうという事はありません」


 遥に手当をやめさせて、見つめ合う二人に釘を刺す。


「内藤はともかくあなたまで、どうしたのです。まさか本気なわけではないでしょう」


 心の内を聞きたいと願っていた。何が起きているのか……前は気づきもしなかった内藤の想いを受け入れるなど、水野にとってはとても信じがたいこと。


「すみません、水野さん。でも今の私にとって奏翔かなとさんはとても大切な人です」


 手を握って見つめ合う……見ていて恥ずかしくなるほどに熱い二人。厳しい現実を前に壊れてしまったか、先程の遥とも違う微笑みに不安がたちのぼる。


「同じなんです、楓さんと」


 遥はそこで初めて打ち明けた。海斗と別れ家を出てきた事、死にそうな程の暴行から助けられた事、五年越しの想いを打ち明けられ受け入れた事。


「一緒に、終わらせると誓ったんです。早く戦争を終わらせてあの子達に平和な時間を取り戻してあげたい、そう思っています」


 その言葉に、水野ははっとした。


「子供達にとって必要なのは母親のはず。帰るべきです」


「私は子供を捨てたんです。もう母ではありません……帰る場所なんてありませんから」


 突き刺すような言葉、遥は立ち上がりどこかへ。


「遥」

「見張り行ってきます」


 珍しく強く言い放ち遥は立ち去った。



「遥には、もう無理です」


 炎の中、遥は死のうとしていた。


「あなたも潮時では」


 水野は内藤に決断を迫る。

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