破滅のオーロラ 〜aurora of destruction〜


 それは音もなく忍び寄る

 蒸し暑い夜に


 人知れず立ち上る桃色のもや

 甘く鼻をくすぐる香り

 次第に濃くなり形を変えて

 やがて広大な夜空へ

 たなびく光の帯となる


 鮮やかに色を変えながら

 天と地を繋ぐオーロラ

 人々は誘い合い外に出て

 見惚れるように空を見上げる

 それを止める者はない


 妖艶ようえんな光の帯に

 誰もが生きる苦しみを忘れる

 突如、現れた宇宙の神秘

 人はそれを吉兆と崇める


 これこそが神の啓示だと


 ──啓示──


 確かに、何かの「啓示」が迫っている

 確かに、終末が迫っている


 終末──その言葉を聞くやいなや

 恐怖が不安が頭をもたげ

 いくつもの顔を持った化物が

 断末魔の叫びを上げる


 やがて闇が去り灰色の朝

 魂は昇り、残るは静寂







「静かだな」


 内藤が呟く。約束の日が過ぎてもあの執事は迎えに来ない。数日は……約束を破り三人は地上へと上がる。



「何これ……どういうこと? 」


 3日ぶりの地上は見渡す限り白く、あったはずの瓦礫も、かろうじて燃え残った木々も人の姿もない。


「オーロラ……」


 リンは呟いて言葉を失い、内藤は拳を握りしめ遠く地の果てを睨む。


「オーロラって……リンちゃん達の見た」

「破滅のオーロラ、大陸ではそう呼ばれていた。地下にいた奴は生き残ったが、オーロラを見ると言って外に出た人間は皆……灰に変えられた、空を見上げたままの姿でな」

「やめて!! 」


 うずくまり泣き出すリンは恐怖に震えている。内藤はしゃがむとさらりと灰をすくう。


 灰の中に光る、半分だけ残った金の腕時計。それは、執事と名乗ったあの老紳士がつけていた物によく似ている。


「爺……」


 彼は恐らく……手の中の灰がさらさらと風に吹かれる。かつて緑に溢れ人が集い賑やかだったこの街は死に、白い灰に変えられてしまった。


 もう、絞り出す声もない。




 それは、悲しみというにはあまりに大き過ぎる絶望。


 どこまで歩いても人の声は聞こえず、白い砂漠が広がるだけ。洋司と子供達がいたシェルターも同じように、巨大な灰の山と化していた。


「大丈夫だ、見ていなければ助かる。きっとどこか他の場所に避難したんだ」


 座り込む遥、瞳を大きく見開いたまま抜け殻となり、声も届いていないようだ。


「戻ろう。ここにいても仕方ない」


 気丈に振る舞う背中、しかしその声は震えている。



 “世界の終わり”


 

 誰もが感じずにはいられない。未だ正体の見えぬ敵は、途方もなく強大で残忍で不気味で、手にする武器がちっぽけに思える。


 動かない遥をリンが支え、三人は無言で隠れ家へと戻る。陽の射さない空間でそれぞれが少し距離を取り、膝を抱えて黙り込んでいる。



 過ぎていく時。



 やがて、銃を手に内藤が立ち上がる。


「行ってくる。これ以上、勝手はさせない」

「行くってどこに……まだ何もわからないのよ? どこに拠点があってどれだけのロイドがい」

「正面突破だ」


 遮る声が響き渡る。


「危険だから、リンも遥もここにいてくれ」


 一点を見つめたままの遥が立ち上がる。


「行くわ」


 銃を手に、初めて聞くような遥の声。こもるのは怒りか悲しみか、怨みか。


「しょーがないなぁ、ふたりともせっかちさんなんだから。リンも仲間に入れてよね」


 わざと明るく振る舞って立ち上がるリンは笑顔を見せる。


「ぶっ潰してやるんだから」


 覚悟は決め、三人は再び走り出した。







 遥達の動静も地上の出来事も耳に入らない地下牢で、海斗は時を遡っていた。



「少し、勉強してから寝るよ」


 あの日、遥の後ろ姿に声を掛けて俺は部屋にこもった。伯父さんに頼まれた患者の治療法を検証していて、気づいたらうたた寝を……うかつだった。


 起きると目の前にあいつがいて、カチカチと脳が鳴って、ロイドだったあの頃に引き戻されていた。


「久しぶりだな、海斗」


 7年前、死んだはずのあいつは何者かの力で蘇り、より強くなったと自らを誇示していた。怨みを果たすため、地獄の底から這い上がってきたと。


「信じていないようだな、だがこの音を知っているのはお前と俺だけだ」


 カチカチカチカチカチカチ……。


 この音に長年、支配され続けてきた。ロイドだった頃よくつけられていた、ミッションをクリアするまでの時限装置。確かに、俺と英嗣だけが知っている音。


「もうお前の指図は受けない。今の俺はロイドじゃないんだ」


「あぁ、そうだな。白衣を着て医者の真似事をさせられ、血の繋がらない子供達に手こずり、お前にこの暮らしをさせている妻は意地でも仕事を辞めようとしない。さぞ苦しいだろう」

「黙れ! お前に何がわかる」


 図星だった。


 医師という仕事も……れん美蕾みらいの事も、遥との事も。何ひとつ出来ない自分が腹立たしく、許せない日々。


 そして知らされる真実。


「草野海斗、人の身体を手に入れたとてお前は人工知能により操られているサイボーグ。操られているのだ……全ては遥を手に入れる為、あの男が崩壊に向かわせようとしているのだ」


「あの男? 何のことだ」

「もう忘れたか。お前の妻と共にロイドを生み出している、センターのあの男だ。昼は仕事で、夜は男の住処で愛を育んでいる。お前が重圧に苦しむ間にな」


 ニヤリと片側だけ口角を上げ嘲笑う癖。


「そうだ、大事な事を言い忘れていた。うかつに触れると爆発するから気をつけろ。家族もろともこっぱみじんだ」

「何を、言っている」

「その音は時限爆弾のタイマー、お前のシステムをハッキングした。巷で流行っている自爆ロイドと同じように一定時間が経過すると爆発する。解除してほしければ、全て捨てて俺の元へ来い」


 嘲笑う声だけを残し、あいつはどこかへ飛び去っていった。


 あいつじゃない……あいつはあんなに饒舌でもなければ、誰かの力を借りるなんてしない。孤独を好み、人間を心底、軽蔑していた。


 きっと嘘だ。


 でももし……本当だったなら。


 俺も爆発する、煌雅こうがさんのように。



 カチカチと響く音は鳴り止まず、俺に取り憑いた。診察の時も家族で囲む食卓も、眠りにつく瞬間さえも。爆発する、家族と離れなければ……そればかりが頭をぐるぐると巡る。


 結局、俺は。


「こんな遅くにどこへ? 」

「えっと……ごめんなさい。仕事で急に呼ばれて」

「仕事? こんな時間にか」

「急な故障なの。ごめんなさい」


 誰かの元へ駆けていく背中……男の所か。記憶の中にうっすらと残る、眠る俺を見つめる遥を、心配そうに見つめるあの人。


 想いは永遠だと、そう思っていた。



「決心はついたか」


 しばらくして英嗣はまたやってきた。


「頼むから音を消してくれ」

「いいのか? 不用意に消すといつ爆ぜるかわからなくなるぞ」

「好きにしろ!! こんな身体いくらでもくれてやる。その代わり、家族にだけは危害を加えないと約束しろ」


 一生を終えても、俺は忘れないだろう。


 遥と子供達と別れ家を出たあの夜の冷たさを。



 シュー……バタン


 目を開くと地下牢、いつの間にか照明がついている。扉のスライド音、見るとあいつが壁にもたれうずくまっている。


「何してる」


「大した事ではない…酒を飲んだだけだ、いつもより……大量に……な」


「出してくれ、今すぐ。そのぐらい出来るだろ」

「確かに……お前には好機だ、俺を殺し外に出られる……またとない……好機だ」

「うるさい、早くしろ」

「出すわけに……無念を晴らすまでは死ねん」

「急性アルコール中毒は放置すると死に至る。死にたくないなら早くしろ」


 滑ってきた鍵で脱出し、英嗣の身体を抱えてソファーに。マスクを剥がし、毛布を掛けて水を飲ませる。


「何をすればいい」

「他に出来ることなどない。急性アルコール中毒は」

「復讐だ」


「何だいきなり……どう信じろと」

「お前のせいだ。お前が俺に怨みを教えた」


「議会に出ろ、1時間後だ」


 サファイアブルーのマスクを受け取り、怨みのため俺は鬼になる。

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