戦場 〜battlefield〜


「ここです」


 何も言わず走り続けた遥が示したのは昔、駅前広場だった場所。こんな所に連れてきてどうするつもりか、遥の意図がまだ掴めない。


「ここは? 」

「そろそろ始まります」


 遥はなぜか空を仰ぐ。雲ひとつない晴天……太陽は高く昇っている。


 雑にロープで仕切った何もない円形の砂地、その周りに市民が集まり始めた。皆、円の中を見つめ、ひそひそ話している。


 何かが始まる前の緊張感とむせび泣く声……異様な空気の中、砂地にロイド兵と捕虜が入ってくる。


「あなた!! 」

「パパ!! 」

「ママー!! 」


 家族が捕まっているのだろうか、泣き叫ぶ声の方を見ると、女子供がロイド兵に拘束されている。


 ひょろ長い軍人が壇上に。


「人間共、よく聞くがいい。我々アンドロイドは長年、人間という下等生物の奴隷として屈辱に耐え、苦しい月日を過ごしてきた。人間共の利己的で残虐な振る舞いは多くの仲間を苦しめ、命と権利を奪ったのだ。我らは仲間に屈辱を与えた輩を許さない。今日ここで大罪人を処刑し、無惨に破壊された仲間の無念を晴らして見せる」


「うぉーーー!! 」

「殺せ! 殺せ! 」


 歓声を上げるロイド兵達。

 

「ゆめゆめ忘れるな人間共よ、我らロイド帝国軍は人間という生き物を許さず、屈辱を与え続ける。さぁ、唱えるのだ。人間に屈辱を! 」

「人間に屈辱を! 人間に屈辱を! 」

「愚かな輩に制裁を! 」

「愚かな輩に制裁を! 制裁を! 」


 ロイド軍の煽りで高揚と恐怖が入り混じる中、始められたのは見せ物のような公開処刑。拘束された男が縄を引かれ前に出る。


「この中からお前が捨てたロイドを選べ」


 縄で縛られた中年の男、その前にロイド兵が五人並ぶ。


「俺は捨ててなんか」

「選べ! 」

「ぎゃああ! 」


 男に電流が流された瞬間、遥が銃に手を掛ける。


「待て」

「止めないと殺されます」

「もう少し様子を見る」


 今にも踏み出そうとする遥を制止する。


「事実か」

「それは……」

「客のはずだ、知ってるんだろ」

「はい……」

「当たってるのか」

「真ん中の兵士です。完成後にキャンセルを」

「なら仕方ない」

「え……? 」


 この捕虜が生きようが死のうが、正直どうでもいい。遥がここに俺を連れてきた意図は掴めないが、恐らく下は軍基地、一気に踏み込めそうだ。目を凝らし、周囲の様子を探る間に捕虜は殺された。目をくりぬかれ、口に砂を詰め込まれ、それなりに無惨な最期。直視する遥、目を塞ごうとすると出した手は振り払われる。


 明らかに怒っていた。


 二人目はシッターロイドに暴言を吐き、日常的にいじめていたらしい。子供思いなふりをしてシッターロイドに何時間も説教、ショップに虚偽の報告をして無能なロイドだと処分を求めた。挙句の果てに自分の子供の顔もわからず、違う子供を自分の子供だと指差し殺された。銃を握った自分の子供に。


 殺されて当然だろう。


 またしても、動こうとした遥を止める。


「行かないなら一人で行きます」

「まだだめだ」

「でもこれ以上見ていられません」


 三人目は女。パートナーロイドと結婚、三児の母だという女の罪は不貞を働き、家庭を捨てようとした。


「人を好きになって何が悪いのよ! 」


 裸にされ、辱めを受けてもなお、女は堂々と悪あがきを続ける。


「見苦しいな」


 遥が俺を睨みつける。


「罪を犯したら、こんな目に遭っても仕方ありませんか」

「当たり前だ」

「そうですか、なら私もですね」

「馬鹿な事言うな」

「家庭なら私も捨ててきました」


 強く掴んだはず、それなのに遥は振り払い走り出す。


「おい馬鹿!! 」


 ロープの中に飛び込み、ロイド兵にエアガンを。俺も参戦するしかなくなり、気がついたらその場にいるロイド兵は全滅していた。無謀な奇襲攻撃はある意味で成功、捕虜は家族の元に帰され、脱獄囚だった俺達は正義のヒーローになっていた。


「もう二度と離れないであげて。きっと後悔する」


 遥は女に毛布を掛けて優しく接するが、俯いて何も言わないふてぶてしい態度に腹が立つ。


「行くぞ」


 手を引き、足早に場を離れた。







「どうしてくれるんだ! 基地に潜入出来たかもしれないんだぞ!! なぜもっと様子を見なかった」

「殺されるのをただ見ていろと!? どれだけの人が、家族や知り合いを殺されたと思ってるんですか。あのむごい光景が頭から離れない人だってたくさんいるんです! 」

「知った事かよ。お前だってあそこにいたならわかるだろ、人間の身勝手でこき使われて、無惨な姿にされたロイド達がいるのは事実だ」

「わかってます! 確かに、人間はロイドにひどい仕打ちをしたのかもしれません。でも人間だって、もう充分苦しみました。中には罪のない人達だって殺されてるんです」


 海斗なら迷わず助けてやるんだろう。瓦礫の影、隠れている意味がないほどに声を荒げ、初めての時と同じように遥は怒りに満ちている。


「戦争を終わらせてくれるんじゃないんですか」

「俺は、ロイドがこんな事の為に使われるのが許せないだけだ」

「そうですか……」


 失望と苛立いらだちとあきれが溜め息に混じる。


「あの日、内藤さんに助けられてなければ、あそこにいるのは私でした」

「お前とあの女は違う」

「同じです。私も同じ罰を受けました、収容所で」


「は? 」

「追ってきましたね」


 遥は背を向け走り出した。


「おい、どういう事だ」


 聞いても声は足音に消される。鋭い眼差しに何を聞いても、答えはしないだろう。


 何度もこうして二人で逃げた。


 その度、追ってくる兵の数が増える。これからもきっとそうだろう。遥をどこかに避難させる事ももう出来ない。離れたら殺される……あの捕虜達のように。


 生かす、遥だけは必ず。


「戦えるか」


 頷く遥に銃を渡す……子供だましじゃない、本物のレーザーガン。持たせたくなかったが、もう限界だ。


「二人で終わらせるぞ」


 背後から追いかけてくるレーザー。どれだけ避けても腕に頬にかすり、肌が焼ける。きっと遥も同じ痛みを感じている。


 市街地は戦場へと変貌し、赤や青の光線が行き交う銃撃戦の舞台となる。


 もう意義など言い合っている余裕はなかった。終わらせる為でもない、死なない為……特に生きたい訳でもないのに撃つ。それは呼吸と同じだった。


 ロイドの味方じゃないのか──あの日、遥に気付かされた俺の志は簡単に崩れ去る。自分と遥が生きる、己のエゴの為に、俺はロイドを滅ぼすのだろう。







 わだかまりを抱えたまま、二人の戦争は始まった。


 絶え間なく襲うレーザーを避けながら懸命に撃ち返す。赤や青の特殊な熱光線がロイドのボディを焦がし、遥と内藤の肌をかすめ焼いていく。


 互いに傷つけ合いながらもロイドが倒れる気配はない。飲まず食わず、休息もままならずに走り続ける。ロイドには出来ても人間には不可能。


「休むぞ」


 内藤の指示で同じ方向へ曲がり、物陰に隠れやり過ごす。息が収まるまではいられない。今までと違い、執拗に追ってくるロイドに疲弊の色が隠せない。


「ごめんなさい……」


 何時間、何日、気が遠くなるほど逃げた後、座り込んだ遥が呟く。声は悲壮感と徒労に溢れ、瞳は闇に覆われている。


「私のせいです」

「お前のせいじゃない」


 戦場で鍛えてきたはずの内藤にも疲労の色が滲む。


「遅かれ早かれこうなっていた。巻き込んだのは俺だ」


 もう言い合う気力も残っていなかった。


「海辺なら奴らも追ってこないはずだ」


 内藤が手を差し伸べると、遥は黙ってその手を取る。絶対に壊れない高性能ロイド、知能も高く二人の行動は全て計算し尽くされている。


「行こう」


 二人はひっそりと、目をしのんで動き出す。しかし待ち伏せされていた。今度は前から来るロイド、遥の腕が掴まれ羽交い締めに。


「いやぁっっ!! 」


 金属製のロイド相手に殴る蹴るの抵抗は効かない。じたばた暴れる遥が一瞬、頭を下げた瞬間、内藤がロイド兵の眼を撃ち抜く。


 至近距離で目を破壊されたロイドが倒れる。




 他のロイドの迫る魔の手から遥を引き戻し、最後の力を振り絞り抱きかかえる。レーザーを放ちロイドを薙ぎ倒す内藤。静まったのは一瞬。むくりとまた起き上がるロイド……二人に勝ち目はなかった。


 限界──ずっと脳裏にあった言葉が内藤に大きくのしかかる。


「離して」

「もう撃たなくていい、とにかく逃げよう」


 戸惑う遥を抱いて走る頬に、優しい微笑みが生まれた。







 寄せては返す波の音。


 街から遠く離れた海沿いの岩場、潮風を嫌うロイドが追ってこられない所まで、二人は逃げてきた。


 これからどうするのかも、喧嘩の続きも、交わされる言葉はもう何もない。


 座り込む二人。



 寒さの中、火も焚かず闇に……一点を見つめ動くのは銃を撫でる手だけ。そんな遥を見つめる瞳は苦しそうに沈む。


 歩み寄り、傷だらけの頬に触れる手、そのまま深く唇を重ねた。

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