俺のボッチ生活に未来の妻が押し入ってきた――2

 三限目が終わり、休み時間。俺は自分の席でノートと参考書を広げ、次の授業の予習にふけっていた。


 休み時間を、俺は基本的に予習や復習に費やしている。ボッチで友達がいないからではない。いや、そういった側面もあるが、おもとなる理由は、一流大学に合格するためだ。


『学歴なんて関係ない』が世の風潮だが、『少なくとも、ないよりはあったほうがいい』というのが個人的な見解だ。山吹グループの会長を目指すのならばなおさら。学歴のないリーダーより、学歴のあるリーダーのほうが信頼できるだろう。そういうことだ。


 がやがやと賑やかな教室内で、俺はひとりで黙々と、ノートにペンを走らせる。


「これ見て、月見里さん!」


 そんななか、不意に聞こえた声に、ペンを握る手を止めた。


 蓮華の名前が出たからだろうか? つい、俺は声のしたほうをうかがってしまう。


 俺の視線の先では――教室前方の窓際では、数名の女子がたむろしていた。そのなかには、蓮華や、先日俺を遊びに誘ってくれた鈴代さんの姿もある。


 蓮華は、鈴代さんが差し出したスマホを眺めていた。どうやら、先ほど蓮華に声をかけたのは鈴代さんだったらしい。


「このMV、スゴくない?」

「そうですね。迫力満点です」

「だよね!」


 ハイテンションに絡んでくる鈴代さんに、蓮華はおっとりと対応していた。俺とふたりきりのときに見せる、輝くような笑顔や、イタズラっぽい態度や、ぶっ飛んだ発言は、鳴りを潜めている。


 蓮華には、俺にしか見せない姿があるんだな。


 そんなことを考えて、そこはかとなく優越感を覚えてしまい――俺はハッとする。


 な、なにを考えているんだ、俺は! 蓮華との婚約はあくまで政略結婚だろ!


 まるで恋をしているような感情を追い払うべく、俺はブンブンと勢いよく首を振った。


 蓮華は約束通り、以前と同じように、俺と別々に過ごしてくれている。それなのに、俺がこんな調子ではいけない。『学校中に俺との関係を広めたい』という蓮華の願望をいさめた手前、俺たちの関係を臭わせるような言動をしてはいけないのだ。


 心を落ち着かせるため、俺は深呼吸する。


 そんななか、蓮華に見てほしいかのように、鈴代さんがスマホの画面を指さした。


「特にボーカルのこのひと! カッコよくない!?」

「ええ。わたしもそう思います」


 同意を求める鈴代さんに、蓮華が和やかな表情で頷く。


 ……モヤァ


 途端、俺は謎の不快感に見舞われた。苛立ちに似ているけれど、どこか違う。苛立ちのように激しいものではなく、ジメッとした感情だ。


 なんだこれ? こんな感情ははじめてだ。それに、なぜいきなり? なにがきっかけで湧き上がったんだ?


 謎の不快感は収まらず、胸の内側でくすぶり続けている。その不快感に刺激されたかのように、自分の顔つきが渋いものになっていった。わけがわからない。


 喉に小骨が刺さっているような気持ち悪さに、俺は頭をきむしる。その折り、俺と蓮華の目がはたと合った。


 俺が見ていることに気づいた蓮華がニッコリと笑い、声を発さないまま唇を動かす。


(一番カッコいいのは秀次くんですけどね)


 締めのようにウインクをひとつ。


 大胆すぎるメッセージに、俺は赤面せずにいられなかった。


 な、なにを伝えてくるんだ、あいつは!?


 照れくささのあまり蓮華と目を合わせていられず、俺はパッと顔を背ける。そんな俺の反応を面白がっているのか、蓮華がクスクスと笑みをこぼした。


「どうしたの、月見里さん? なにかおかしなことでもあった?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 いきなり笑いだした蓮華の様子に、鈴代さんをはじめとした友人たちが不思議そうにしている。


 まったくもって曲者くせものだよ、きみは。


 心のなかで毒づき――俺は気づいた。先ほどまでくすぶっていた謎の不快感が、嘘みたいに消えていることに。


 眉根を寄せて、首を捻る。


 突然湧き上がったかと思ったら、なんの前触れもなく消えていった……なんだったんだ、あの感情は? 収まってくれてありがたいんだけど、最後まで正体がわからなかったのはモヤモヤするな……。


 いまひとつスッキリしない気分になりながら、俺はノートに視線を戻した。

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